当夜のシャンパーニュは「ポル・ロジェ/キュヴェ・サー・ウィンストン・チャーチル 1999」。

ネーミングは、ポル・ロジェのシャンパーニュを好んだウィンストン・チャーチル英首相にちなんで。
葡萄の出来の良い年だけ醸造される、ポル・ロジェ社の最高級シャンパーニュである。
一口味わうと、豊かな香りと味わいに感激。
偉大なシャンパーニュには、人間を心の底から感動させる力がある。
『シャンパーニュ基本ブック』(美術出版社)によると、シャンパーニュグラス一杯から出る泡の数は、1,200万個前後になるという。
地球から肉眼で見える星は約8,600個。つまり、シャンパーニュグラスの中には、夜空にきらめく星たちよりもたくさんの泡がある。
一杯のシャンパーニュグラスには、広大な宇宙が詰まっているということだ。
偉大なシャンパーニュはその味だけで満足できるので、本来食事を選りすぐる必要はない。簡素なつまみだって、シャンパーニュの友になる。
しかし、折角偉大なシャンパーニュを開けたんだから、美味しいお料理と一緒に味わいたいよね!
ということで、僕たちは、シャンパーニュグラスを片手に、広島・幟町のイタリア料理店〔リベロ〕の席の人となったのであった。

エントランスは瀟洒。
店内もこじんまりとして、落ち着く空間だ。
偉大なシャンパーニュと共に味わうから、という訳ではないのだろうけど、この日の西谷栄人シェフのお料理は「シンプル・イズ・ベスト」なものだった。
食べ手を驚かせる斬新さや、見た目の華やかさは見受けられない。
基本的には、イタリア料理の基本に則った上で、素材の持ち味を活かした、丁寧で食べやすいお料理だと思う。
だからといって、万人受けするお料理か?といえば、それはチョット違うように思った。
まさに「シンプル・イズ・ベスト」なお料理。
素直に美味しいお料理ではあるんだけど、ソースなどの味付けが必要最低限に抑えられているためか、食材の持ち味が力強く、明確に感じられた。
西谷シェフは、味付けをできるだけ「シンプル」にして、食材の輪郭をぼやけさせず、食べ手に食材の魅力をストレートに伝えようとしているのではないか、と僕は思った。
そこで重要となってくるのは、基本的な調理技術である塩加減やソース造りの腕だ。ソースで厚化粧したお料理よりも、ジャストな塩加減で、ソースを必要最低限に抑えたお料理の方が、真に造り手の技量が問われるのではないだろうか。
例えば、当日の冷たい前菜「蒸しあわびとういきょうの冷製トマトコンソメ仕立て」。
一瞬、日本料理の水貝を連想したが、味わうと随所にイタリア料理の技術を感じさせる爽やかな前菜だった。

また、この日のパスタの一皿「車海老とサルディーニャ産カラスミのカッペリーニ」は、車海老はお刺身の状態で登場。
しかも、頭の部分だけ炙っていて、頭の中の美味しいお味噌を頂ける仕掛けになっていた。

少し間違えれば、和食?のような正体不明なお料理になりかねないと思うが、西谷シェフの長年の経験とセンスで、見事なイタリア料理となっていた。しかも、車海老の甘さと味の濃さが、強烈に感じられた。
いや~、うまいのなんの!!!
シャンパーニュに続けて頂いた、エドアルド・ヴァレンティーニの銘醸白ワイン「トレッビアーノ・ダブルッツォ 2005」との相性も抜群だった。

続いては、事前に「鮎が頂きたいなあ」とリクエストしていたため、供された一品。
「鮎のリゾット 鮎の肝のソース」だ。

鮎一尾のお腹の中に、リゾットがたっぷり。
リゾット自体も美味しいし、肝のソースの豊かなコクが、さらにリゾットの美味しさを引き出してくれる。
そして、メインディッシュ「広島牛A5ランク シャトーブリアンの炭火焼 11年物のイタリアワインのソースで」と、メニューだけみればイタリア料理店で食べなくても、ステーキの専門店で食べても良いかな?と、ナイショだけど実は一瞬首を傾げてしまった。

しかし、お肉を一口味わうと、僕の考えが浅はかだったことに気付いた。
これほど肉の旨みを強烈に感じるお料理を頂いたのは、初めてではないかというくらいの衝撃だった。
炭火で上等の肉を焼き、焼き立てではなく肉汁を落ち着かせた後でカットするという、基本に忠実な調理。
そしてソースの味付けを必要最低限にとどめているので、広島牛の持ち味が、はっきりと、しっかりと舌に伝わってきた。
「目黒のさんま」じゃないけど、牛肉食べるなら〔リベロ〕に限る!と声を大にして叫びたい気持ちになった。それくらい圧倒的な旨さだ。
西谷シェフの確かな調理技術が、素材の持ち味を確かに活かしているからこその美味しさだと思う。
また、牛肉の炭火焼きには、ソースに用いたのと同じサンジョヴェーゼ種の赤ワインをグラスで合わせて頂いた。
西谷シェフの細やかな心遣いが、ここでも感じられた。
最後に一言。〔リベロ〕はお料理もさることながら、奥様が担当されるホスピタリティあふれるサービスと、手作りのパンの美味しさは、見事としか言いようがない。

ごちそうさまでした。まんぞく。まんぞく。
(2012年6月26日執筆。「Web旬遊」初出)












