pontaの街場放浪記 -10ページ目

pontaの街場放浪記

さすらいの街場詩人pontaのライフスタイル備忘録です。
2012年に広島のリージョナル情報誌『旬遊 HIROSHIMA』のWebページでコラムを連載しました。その過去ログもこちらへ転載しています。

休日の午前中、ふと街場に出かけたい気分になる。

どこに出かけるのか?特にあてもない。ただぶらり歩く。

なにげなく、街場の洋服屋や書店や雑貨屋やギャラリーを徘徊する。

ふと目にした看板やフライヤーがきっかけで、気になる映画や美術展を目指す時もある。

頭をからっぽにして、街場をひたすら歩く。

その途上で、店やギャラリーから漂う美しさの気配に反応する瞬間がたまらない。

徘徊の途中、ちょうど昼飯時になる。僕はブランチの代わりに昼酒を楽しむことが多い。

そんな時しばしば訪れる店が、AQUA広島センター街にある大衆酒場〔源蔵バスセンター店〕だ。

$復活!pontaの街場放浪記-源蔵入口

〔源蔵〕。

力強く、酒が飲みたくなるような店名だと思いませんか?

店名の由来は、「忠臣蔵」に登場する四十七士の一人・赤垣源蔵。講談「徳利の別れ」で知られる酒好きの赤穂浪士だ。

「忠臣蔵」が日本人の心情に根付いているように、〔源蔵バスセンター店〕もまた、地元に根付いた正しい大衆酒場である。

開店は午前10時。主に中高年のお客が「小原庄助さん」気分で、朝酒を楽しんでいる姿も見受けられる。

〔源蔵バスセンター店〕は、常にお客の喧騒と、ベテランの女性店員のきびきびとした接客が途切れることがない。朝は朝、昼時は昼時、昼下がりは昼下がり、夜は夜、常に料理の香りと活気と笑顔とに満ちている。

$復活!pontaの街場放浪記-源蔵の料理

〔源蔵バスセンター店〕は、飾り気のない実質本位の店だ。その飾り気のなさが、僕を含めた利用客にとって、くつろいで酒と肴を楽しめる空気感を醸しているのだと思う。


肩の力を抜き、リラックスして昼酒を楽しんだ後は、街場の店やギャラリーをほろ酔い気分で徘徊継続。徘徊を続け、足が疲れ、休憩したくなった昼下がり。最近は喫茶店ではなく、一杯飲める場所にピットインすることが多い。

〔源蔵バスセンター店〕でビールや燗酒、焼酎の湯割りを飲んだ後なので、次はワインが飲みたい気分だ。

ワインショップなら昼間から営業しているので、そこでの試飲も良い。

街場だと、本通〔広島アンデルセン〕、三越広島店内の〔エノテカ〕、幟町〔グランヴァン18区〕、そして、上八丁堀〔hanawine(ハナワイン)〕。どの店も、試飲メニューが充実している。

試飲ではなく、ゆったりとした椅子でくつろぎながらワインが飲みたい時は、袋町〔45(キャラントサンク)〕に行く。

$復活!pontaの街場放浪記-キャラントサンク

こちらのお店は11:00から通し営業なので、昼下がりのワインに打って付けだ。

モダンな店内で、ビニールのカーテン越しに燦々と輝く日光を浴びながら、昼ワインや昼シャンと洒落込むのも悪くない。

いや、今日は無性にビールが飲みたい!という日もある。そんな時は、同じく11時から通し営業をしている新天地のアイリッシュ・パブ〔モーリー・マロンズ〕の扉を開ける。

本場のパブを再現した店内で、自慢のドラフトギネスの生ビールを豪快に飲み干すと、パブってイギリスの大衆酒場なんだなあ!と実感できる。

街場徘徊と関係なく昼酒を飲みたいなら、街場から離れた住宅街にとっておきのスポットがある。

紙屋町から西広島方面行きの路面電車に乗り、観音町か福島町の電停で下車。住所でいえば小河内町。下町といった風情の住宅街に店を構える〔くりはら〕だ。

昔ながらの食堂のような雰囲気の店内は、いつも混雑している。しかも老若男女を問わず料理と酒を楽しむお客の、賑やすぎるほどの喧騒がまぶしい。

〔くりはら〕の名物料理は、ホルモン天ぷら。戦後間もないころから地元で親しまれてきた、いわばソウルフードだ。

$復活!pontaの街場放浪記-くりはらのホルモン天ぷら

様々な部位のホルモンがカリっと揚げられ、酢醤油に唐辛子を入れた独特のタレにつけて頂く。噛むとアツアツの肉汁があふれ出る。肉汁と酸っぱ辛いタレが好相性で美味。ビールが進むこと請け合いである。

ホルモン天ぷらを堪能し、ビールを飲み干した後は、お腹の具合に応じて、でんがくうどん、でんがく汁のいずれかを頂く。

でんがくとはホルモンの別名。煮込んだホルモンの出汁が、透き通った塩味ベースのスープにしみ渡り、旨い。ホルモン天ぷらとビールの〆に、格別の味わいだ。

$復活!pontaの街場放浪記-くりはらのでんがく汁

〔くりはら〕で昼酒を楽しんだ後、一つだけ困ることがある。酔いと満足感のせいで勢いがつき、もう一軒、二軒と昼のはしご酒を楽しみたくなることだ。


(2012年2月20日執筆。「WEB旬遊」にて初出)
予定の時間より30分早く〔ル・ココ〕の扉を開けると、店の中にあふれる香ばしい匂いに包まれた。チーズの焦げた、食欲をそそる香りだ。

カウンター越しの清潔なオープンキッチンでは、オーナーシェフの浅田浩司さんが、屈託のない笑顔を浮かべながら仕込みの真っ最中だった。

〔ル・ココ〕は広島市の中心部・じぞう通りのビルの1階にあるフランス料理店。といっても、場所は意外に分かりにくく、隠れ家の雰囲気がある。ビルの表には人気のお好み焼き店があり、その店の横の通路の奥にひっそりと佇んでいるからだ。

客席はカウンターとテーブル4卓。

$復活!pontaの街場放浪記-ル・ココカウンター

華やかさや洗練された雰囲気はないが、木目を基調とした、温かみがありくつろげる空間である。


この日は、数ヶ月前からずっと楽しみにしていたワイン会。

極上のワインと、ワインとのマリアージュを考え抜いた料理との邂逅を、心ゆくまで楽しむ贅沢な会である。

$復活!pontaの街場放浪記-当日のワイン

僕たちはまず、アミューズのタルトフランベを頂きながら、食前酒のシャンパーニュを楽しんだ。タルトフランベとは、チーズと細切りの玉ねぎやベーコンを、薄手の生地に乗せて焼き上げるアルザス風のピザのことだ。

なるほど。扉を開けてすぐ感じた香りは、タルトフランベを焼いたものだったのか。

タルトフランベは、焼き立てだからこそ香ばしさも格別で、シャンパーニュの味わいを一層引き立ててくれた。

その後、前菜3品、魚料理、肉料理、デザートをワインと共に満喫し、ワイン会が終了したのは、スタートから4時間以上経った後だった。


オープンキッチンで調理に没頭する浅田さんの表情は、屈託のない笑顔の時が多い。

その笑顔は、作り笑顔でも、もちろん気が抜けた笑顔でもない。
素材をいつくしみ、深い愛情を持って料理を楽しむからこそ、自然にあふれ出る笑顔だ。

〔ル・ココ〕でのワイン会の後、僕はデザートワインをたしなみながら、この日供された料理を振り返って思い出すと、自然に笑みがこぼれた。


素材の甘みとソースの繊細さが味わい深い帆立貝のポシェ。

$復活!pontaの街場放浪記-帆立の前菜


色も味わいも季節を先取りしていた春キャベツとサヨリのテリーヌ。

$復活!pontaの街場放浪記-さよりのテリーヌ


しつこさや雑味を排し、旨みのエッセンスだけ抽出したようなオマール海老のアメリケーヌソース。

$復活!pontaの街場放浪記-オマールエビ


そして、肉汁と旨みにあふれ、ボルドーの赤ワインと相性バッチリだったホロホロ鳥のロースト。

$復活!pontaの街場放浪記-ホロホロ鳥のロースト


すべてが素材の持ち味を活かしたシンプルな料理だが、計算しつくされた繊細さと驚きと美しさに満ちている。

料理を記憶の中で反芻してみる。すると、心の奥底から深い感激が波のようにわき上がる。

そんな感情を惹起する料理って、ありそうで、なかなかない。

僕は〔ル・ココ〕の料理を食べるたびに、作り手の優しさ、誠実さ、謙虚さが、料理から透けて見えるような気がする。

それ以上に皿の上からはっきり見えるのは、浅田さんの屈託のない笑顔だ。

皿の上にある素敵な笑顔を見たいから、また〔ル・ココ〕の料理を食べに行こう!って、いつも思う。

そんな風に思い〔ル・ココ〕に通うファンは、きっと僕だけではないはずだ。



(2012年2月15日執筆。「皿の上に、笑顔がある」として「WEB旬遊」にて初出。一部改稿)
『旬遊』(vol.35)の特集「カウンターの心地良さ。」を読み、生まれて初めて割烹のカウンターで食事をした時のことを思い出した。

僕の割烹「カウンターデビュー」は、10年程前の冬の京都だった。
谷崎潤一郎の小説や随筆が好きだったので、ミーハー気分だが、彼がこよなく愛した京都の板前割烹に憧れていた。

いつしか辛抱たまらなくなり、冬の連休を待ち、もらったばかりのボーナスを握りしめて京都・四条河原町行きの高速バスへ乗り込んだ。

目的のカウンター割烹は、高瀬川に沿った路地にひっそり佇んでいた。
店の名前は〔たん熊北店〕。

扉を開く前は、手に汗かいてただただ緊張。

勇気をふるい、店名と千鳥模様が染め抜かれた紺色の暖簾をくぐると、風格のある一枚板のカウンターがお出迎え。

板前のきびきびとした動きが印象的で、カウンターの中は臨場感に溢れていた。
店構えは古いが、隅々まで磨き上げられ極めて清潔。
そして店内の至るところに、芸妓や舞妓の名入りの丸団扇がずらり。

まだ何も口にしていないというのに、僕は早くも老舗の雰囲気に酔いしれていた。

〔たん熊北店〕は、1928(昭和3)年に開店した老舗の板前割烹だ。

〔たん熊〕の創業者・栗栖熊三郎は、新鮮な旬の食材を客の目の前で手早く調理してみせ、「上品ではないが、旨い」料理で京都の旦那衆を虜にしたという。

そんな彼の料理の虜になった一人が、1923年の関東大震災後、関西に移住した谷崎潤一郎だった。

谷崎潤一郎が〔たん熊〕に通った半世紀後、僕もまた憧れの同じ空間、同じカウンターで食事を頂いた。

献立は、コースではなく食べたいものをアラカルトで。
かぶら蒸し、鴨ロースなどオーソドックスな京の味を燗酒と共に味わい、緊張しつつその旨さに舌鼓を打ち続けた。

中でも印象に残っている献立が、現在でも〔たん熊北店〕の看板料理として知られる丸鍋だ。

京都ではすっぽん鍋のことを丸鍋と呼び、〔大市〕など専門店ができるほど当時から人気の一品だった。

栗栖熊三郎は、丸鍋を〔たん熊〕の名物とするため、工夫を凝らし板前割烹ならではの一人鍋に仕立てた。

$復活!pontaの街場放浪記-丸鍋


丸鍋の味は、芳醇でありながら端正。
滋養豊富なすっぽんのスープは濃厚だが、日本酒をふんだんに使い煮切っているので臭みを感じない。

調理の仕上げにショウガ汁を絞るので、後口はさっぱり。
具材もすっぽんの身の他には、スープの持ち味を邪魔しない豆腐と餅とネギだけ。

箸を進めるごとに、身体の奥まで染み込んだ冬の寒さが、次第にほぐれてくる。

完食すると、心も身体もぽっかぽか。
滋養もついた感じだし、コラーゲンもたっぷり摂取できたと思う。

丸鍋効果で、仕事の疲れも吹っ飛んでいったような気がした。

〔たん熊北店〕の丸鍋に感激して、はや10年が経とうとしていた頃。

昨年の冬、広島市・福屋八丁堀本店の8階レストラン街に出店している〔広島たん熊北店〕を初めて訪問した。
カウンターではなく、座敷を予約して美味しく楽しい時間を過ごした。

大好きな燗酒と共に満喫したのは、待望の丸鍋の他、鴨ロース、野菜の炊き合わせ、青豆饅頭など、オーソドックスな京の味の数々。

$復活!pontaの街場放浪記-鴨ロース

$復活!pontaの街場放浪記-青豆饅頭

$復活!pontaの街場放浪記-炊き合わせ

丸鍋は臭みなく、やはり旨い。
10年ぶりの丸鍋は、緊張せずリラックスして頂くことができた。
そして〆のすっぽん雑炊は、満腹でお腹をさすりながらでも完食したい、いわば別腹の美味。

$復活!pontaの街場放浪記-すっぽん雑炊

次回は10年ぶりといわず、近々〔広島たん熊北店〕に丸鍋を食べに行こうかな。


(2012年2月3日執筆。「文豪も愛した京の味」として「WEB旬遊」にて初出)