広島たん熊北店 ~文豪も愛した京の味~ | pontaの街場放浪記

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さすらいの街場詩人pontaのライフスタイル備忘録です。
2012年に広島のリージョナル情報誌『旬遊 HIROSHIMA』のWebページでコラムを連載しました。その過去ログもこちらへ転載しています。

『旬遊』(vol.35)の特集「カウンターの心地良さ。」を読み、生まれて初めて割烹のカウンターで食事をした時のことを思い出した。

僕の割烹「カウンターデビュー」は、10年程前の冬の京都だった。
谷崎潤一郎の小説や随筆が好きだったので、ミーハー気分だが、彼がこよなく愛した京都の板前割烹に憧れていた。

いつしか辛抱たまらなくなり、冬の連休を待ち、もらったばかりのボーナスを握りしめて京都・四条河原町行きの高速バスへ乗り込んだ。

目的のカウンター割烹は、高瀬川に沿った路地にひっそり佇んでいた。
店の名前は〔たん熊北店〕。

扉を開く前は、手に汗かいてただただ緊張。

勇気をふるい、店名と千鳥模様が染め抜かれた紺色の暖簾をくぐると、風格のある一枚板のカウンターがお出迎え。

板前のきびきびとした動きが印象的で、カウンターの中は臨場感に溢れていた。
店構えは古いが、隅々まで磨き上げられ極めて清潔。
そして店内の至るところに、芸妓や舞妓の名入りの丸団扇がずらり。

まだ何も口にしていないというのに、僕は早くも老舗の雰囲気に酔いしれていた。

〔たん熊北店〕は、1928(昭和3)年に開店した老舗の板前割烹だ。

〔たん熊〕の創業者・栗栖熊三郎は、新鮮な旬の食材を客の目の前で手早く調理してみせ、「上品ではないが、旨い」料理で京都の旦那衆を虜にしたという。

そんな彼の料理の虜になった一人が、1923年の関東大震災後、関西に移住した谷崎潤一郎だった。

谷崎潤一郎が〔たん熊〕に通った半世紀後、僕もまた憧れの同じ空間、同じカウンターで食事を頂いた。

献立は、コースではなく食べたいものをアラカルトで。
かぶら蒸し、鴨ロースなどオーソドックスな京の味を燗酒と共に味わい、緊張しつつその旨さに舌鼓を打ち続けた。

中でも印象に残っている献立が、現在でも〔たん熊北店〕の看板料理として知られる丸鍋だ。

京都ではすっぽん鍋のことを丸鍋と呼び、〔大市〕など専門店ができるほど当時から人気の一品だった。

栗栖熊三郎は、丸鍋を〔たん熊〕の名物とするため、工夫を凝らし板前割烹ならではの一人鍋に仕立てた。

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丸鍋の味は、芳醇でありながら端正。
滋養豊富なすっぽんのスープは濃厚だが、日本酒をふんだんに使い煮切っているので臭みを感じない。

調理の仕上げにショウガ汁を絞るので、後口はさっぱり。
具材もすっぽんの身の他には、スープの持ち味を邪魔しない豆腐と餅とネギだけ。

箸を進めるごとに、身体の奥まで染み込んだ冬の寒さが、次第にほぐれてくる。

完食すると、心も身体もぽっかぽか。
滋養もついた感じだし、コラーゲンもたっぷり摂取できたと思う。

丸鍋効果で、仕事の疲れも吹っ飛んでいったような気がした。

〔たん熊北店〕の丸鍋に感激して、はや10年が経とうとしていた頃。

昨年の冬、広島市・福屋八丁堀本店の8階レストラン街に出店している〔広島たん熊北店〕を初めて訪問した。
カウンターではなく、座敷を予約して美味しく楽しい時間を過ごした。

大好きな燗酒と共に満喫したのは、待望の丸鍋の他、鴨ロース、野菜の炊き合わせ、青豆饅頭など、オーソドックスな京の味の数々。

$復活!pontaの街場放浪記-鴨ロース

$復活!pontaの街場放浪記-青豆饅頭

$復活!pontaの街場放浪記-炊き合わせ

丸鍋は臭みなく、やはり旨い。
10年ぶりの丸鍋は、緊張せずリラックスして頂くことができた。
そして〆のすっぽん雑炊は、満腹でお腹をさすりながらでも完食したい、いわば別腹の美味。

$復活!pontaの街場放浪記-すっぽん雑炊

次回は10年ぶりといわず、近々〔広島たん熊北店〕に丸鍋を食べに行こうかな。


(2012年2月3日執筆。「文豪も愛した京の味」として「WEB旬遊」にて初出)