カウンター越しの清潔なオープンキッチンでは、オーナーシェフの浅田浩司さんが、屈託のない笑顔を浮かべながら仕込みの真っ最中だった。
〔ル・ココ〕は広島市の中心部・じぞう通りのビルの1階にあるフランス料理店。といっても、場所は意外に分かりにくく、隠れ家の雰囲気がある。ビルの表には人気のお好み焼き店があり、その店の横の通路の奥にひっそりと佇んでいるからだ。
客席はカウンターとテーブル4卓。

華やかさや洗練された雰囲気はないが、木目を基調とした、温かみがありくつろげる空間である。
この日は、数ヶ月前からずっと楽しみにしていたワイン会。
極上のワインと、ワインとのマリアージュを考え抜いた料理との邂逅を、心ゆくまで楽しむ贅沢な会である。

僕たちはまず、アミューズのタルトフランベを頂きながら、食前酒のシャンパーニュを楽しんだ。タルトフランベとは、チーズと細切りの玉ねぎやベーコンを、薄手の生地に乗せて焼き上げるアルザス風のピザのことだ。
なるほど。扉を開けてすぐ感じた香りは、タルトフランベを焼いたものだったのか。
タルトフランベは、焼き立てだからこそ香ばしさも格別で、シャンパーニュの味わいを一層引き立ててくれた。
その後、前菜3品、魚料理、肉料理、デザートをワインと共に満喫し、ワイン会が終了したのは、スタートから4時間以上経った後だった。
オープンキッチンで調理に没頭する浅田さんの表情は、屈託のない笑顔の時が多い。
その笑顔は、作り笑顔でも、もちろん気が抜けた笑顔でもない。
素材をいつくしみ、深い愛情を持って料理を楽しむからこそ、自然にあふれ出る笑顔だ。
〔ル・ココ〕でのワイン会の後、僕はデザートワインをたしなみながら、この日供された料理を振り返って思い出すと、自然に笑みがこぼれた。
素材の甘みとソースの繊細さが味わい深い帆立貝のポシェ。

色も味わいも季節を先取りしていた春キャベツとサヨリのテリーヌ。

しつこさや雑味を排し、旨みのエッセンスだけ抽出したようなオマール海老のアメリケーヌソース。

そして、肉汁と旨みにあふれ、ボルドーの赤ワインと相性バッチリだったホロホロ鳥のロースト。

すべてが素材の持ち味を活かしたシンプルな料理だが、計算しつくされた繊細さと驚きと美しさに満ちている。
料理を記憶の中で反芻してみる。すると、心の奥底から深い感激が波のようにわき上がる。
そんな感情を惹起する料理って、ありそうで、なかなかない。
僕は〔ル・ココ〕の料理を食べるたびに、作り手の優しさ、誠実さ、謙虚さが、料理から透けて見えるような気がする。
それ以上に皿の上からはっきり見えるのは、浅田さんの屈託のない笑顔だ。
皿の上にある素敵な笑顔を見たいから、また〔ル・ココ〕の料理を食べに行こう!って、いつも思う。
そんな風に思い〔ル・ココ〕に通うファンは、きっと僕だけではないはずだ。
(2012年2月15日執筆。「皿の上に、笑顔がある」として「WEB旬遊」にて初出。一部改稿)