video
Tags:「僕」の歌、サヨナラ
「冬を運び出すには小さすぎる舟」2月が過ぎようとしてます。
A4公演「ただいま恋愛中」が始まったのが2007年2月25日、5年前の今日。当初はクリスマスくらいに「クリスマスがいっぱい」を書いて、2月末にはA4に入れるかな、当時の季節感もよく判るし、なんて目論見もあったんですけどね。
それなのに 「MARIA」だけで2ヶ月近くかかっちゃった。名曲だけにいっぱい書くことがあったし、何より途中いろいろあってぐったりしちゃった。それに仕事も忙しかったし(まじでまじで)。
ホント言うとまだ書き足りないこともあったのだけど、とりあえず進まなきゃ。
で、次の曲。
--
前曲「MARIA」を歌い終わり跪いた3人の後ろに、すっと現れた立ち姿の4人、秋元宮澤のツインタワーに佐藤(夏)、野呂のシルエット。
4人が頭サビの歌にあわせてゆっくりと前方に進んでいくのとシンクロして「MARIA」の3人が同じテンポで下がっていく。ここのところ衛兵交代みたいでカッコいいね。
頭サビ後の間奏でも後ろに下がった「MARIA」の3人はその間前4人のフリをなぞってから退場する。前曲とのこういう有機的な「つなぎ」はこれまでの公演では見られなかったけ試み。H1の「愛しさのディフェンス」から「向日葵」なんかでも効果的だった(おっとフライング)。
つばの広いマスケットハットに派手な羽根飾り。
「MARIA」が「華やかな喪服」ならば、「君はペガサス」はさしずめ「三銃士」。"Un pour tous, tous pour un"。人数も4人(三銃士とダルタニアン)と揃っている。
ツインタワーは白、佐藤(夏)は青、野呂は赤。ルイ13世御宇のフランス王国、戦争有り冒険有り陰謀有りロマンス有りの華やかな時代を偲ばせるいでたち。
男装の麗人とくれば秋元宮澤が似合わないわけはないの上に、意外と言っては失敬だが青佐藤(夏)と赤野呂もカッコイイ。こういうミリタリーなコスは、痩せぎすよりは野呂のようにちょっとぽっちゃり(おおってまた失敬)の方がミバがいい。
しかも全員160cmオーバーなんだよね、この4人。長い羽根飾りのせいでさらにでっかく見える。コリオグラフもダイナミックなこと華やかなこと。右手を振り上げながら反らせていく肩から腰のラインがきれい。宝塚風と評されたのもうなづけます。
衣装は17世紀フランス風なんだけれど、タイトルの「ペガサス」はギリシャ神話に出てくる羽根の生えた天馬。こんな感じの。
でもねえ、何かしっくりこないんだよなあ、歌の世界観と「ペガサス」が。
解釈はいろいろ出来るだろうが、歌のココロは大筋として「突然訪れた僕と君との別れ」という線で間違いないだろう。君の背中の/翼が折れて
夢はあっけなく終わる
この手を伸ばしても/愛は跡形もなくサヨナラ
そこに心変わりや憎しみがあったわけではないが、愛か若さか愚かさか、またはそれら全てのものゆえに自ら招いた何かによって引き裂かれた二人の姿が暗示されている。
でもそのメタファーとしてペガサスってのはどうなのよ。
多少の異同はあるだろうけど、神話によればペガサスは、ペルセウスによって首を切られたメデューサの血から生まれたと。一説には文芸の神ムーサに飼われていたとも言うが、残念ながら内田田名部中田仲谷は歌ってないのね「君ペガ」。
ペガサスはいろいろ仕事をして最後は星座になるのだけれど、その間ずっと翼は健在で、天馬のまんまで空を飛んで過ごしました。
ましてや
と、自分のせいで翼を失うことも墜ちていくこともなかった。乗っけてた人を振り落としたって話はあるけれど。君は自分で/翼を捨てて
まっさかさまに墜ちていく
そもそもタイトルが「君はペガサス」でしょ。相方を翼がついているとは言え、馬にたとえるってどうなの。
しかもその翼を失う、と。
ペガサスから翼を引いたら馬しか残らないじゃん。ますますどうなの。
ギリシャ神話の中には人や神様が動物に変化したりその逆だったりする話がケッコウあって、牛に化けたり白鳥に化けたりして夜這いをかけて、しまいにそのまんまの姿で星座になっちゃったり(これがホントの「さらし上げ」だよな)するわけ。でもペガサスってずっと翼付き馬のまんま。念のため岩波文庫版ギリシャ神話にあたってみたが、ペガサスが人に化けるまたはその逆ということはありませんでした。
で考えたんだけど、秋元先生これ神話の別のキャラクターと混同したりしてなかったかしら。
たとえば、イカロス。
おなじみイカロスの一席。ある年齢以上の人は、この歌に軽いトラウマがあるかもですよね。ダイダロスとイーカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮(あるいは塔)に幽閉されてしまう。彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、空を飛んで脱出したが、イーカロスは父の警告を忘れ高く飛びすぎて、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。彼が落下した海は、彼の名にちなんでイーカリアー海と名づけられた。
イカロスは高く飛びすぎ、太陽の熱のために翼を失って墜ちてしまった。
やってはいけない、と警告されていたことをしてしまった結果のことなのだから、自分のせいで翼を失ったってわけだ。
だからペガサスではなくイカロスだったら、「翼が折れて夢があっけなく終わる」のも「翼を捨ててまっさかさまに墜ちてく」のもわかる。
さらに第2スタンザ
も、「近づきすぎて傷つけあってしまった僕と君」を「太陽に近づきすぎて翼を失ったイカロス」になぞらえることができる。もっと 近づくことが/もっと 分かり合う
たったひとつの道と誤解していた
どうでしょ。「君はイカロス」。
しっくりくると思うんだけどなあ。
と思ってたら、古参の◎◎みすとさんは、2007年の時点であっさり気づいてらっしゃいました。
ねえ。ちゃんと見てる人は見ていると。天の下に新しきものはなにひとつもないねえ。「君はペガサス」元々ペガサスって、ゴーゴン(メドゥーサ説もあり)がペルセウスに討たれた時の血から産まれたんだそうだ。ちなみに太陽に向かって飛び、翼が落ちて死んだのは「イカロス」ね。
この解釈、難を言えば「僕」が主人公の歌にも関わらず神話のイカロスは男の子ということ。つまり男の子と男の子。そこにひっかかる人もいるかもしれないが、それを言ったらペガサスなんかキホン馬だしね。馬よかましだよね。
てか、妄想めいているんだけど、むしろ積極的にこれを「僕と男の子の恋の話」と解釈したって悪くはない。
男の子同士の恋だとすれば、歌の終わりの
あたりの「ふつうとは違う愛」についての「罪の意識」や「後ろめたさ」がすっきりと腑に落ちる。誰も見たことない/愛を思い続けた罰さ
そもそもギリシャ神話って少年愛に親和性が高いんだよね。
男装の麗人が歌う男の子同士の恋の歌。
腐の人にはとかく不評なAKBだけど、どうでしょうこの筋は。
え? 捻りすぎ?
何言ってるんすか、何度も言うけど「オトコ・オンナ・ゲイしかいない」のがAKBのデフォルトだってことを忘れちゃいけませんて。