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AKBにはいわゆる「派生ユニット」というのがある。
ノースリーブスとかワロタとかそういうヤツ。たっくさんあって覚えきれないよ。ほら、最近では浦川、吉永、岡部がユニット組むっていうし。
ところでAKB初の派生ユニットは何でしょう?
AKB48トリビアにありがちな質問だよね。
あとありがちなのは「秋葉原48劇場のグランドオープンの日の干支と日家九星はなーんだ?」ってやつ(あるある)。
正解:干支は丙寅、日家九星は三碧木星。
え? 2005年だから乙酉で四緑木星じゃないの? ちちち。それは2005年の干支と年家九星だよ。引っかけだから気をつけようね。質問は「12月8日」の干支と九星。上級者なら間違えっこないね。
さて、ちょっとめんどくさいのは、何をもって「派生ユニット」と呼ぶか、という定義の問題なんだが、そこはみんな大好きエケペディアさまが取りあえずの答えを出してくれてます。
すなわち、
で、「派生ユニット」でないものを「カップリング担当ユニット」とか「企画ユニット」としている。ここでは下記の条件のうちいくつかを満たすものを派生ユニットと定義している。
1 レコード会社(AKB本体とは別のレコード会社の場合もある)と契約し、メジャーデビューをしていること。
2 期間限定ではない、長期的な活動であること(複数枚のCDリリース)。
3 芸能プロダクションが主導(メンバーの所属事務所が同じ)。
さて、この定義に従うと栄えあるAKB48初のスピンオフユニットは…ダラダラダラダラ(ドラムロールね)ジャン!
Chocolove from AKB48でした!
では聞いていただきましょう、曲は「明日は明日の君が生まれる」です。
ちょちょちょちょちょちょ、お・ね・が・い・ちょ待ってちょ待って。たったひとつの/空しかないよ…
話が再来年に向かってるって。それにまだその曲は聞けない聞けないって今聞いたら何かがまた止まっちゃうからヤ・メ・テってば。
Chocoloveがファーストシングルをリリースしたのが2007年6月6日。それに先立つこと約4ヶ月、同じ年の2月21日にファーストシングルを出した「ほね組 from AKB48」を忘れちゃいけません。
ほね組はTeam Kの小野、奥のランドセルコンビと、Team Aの板野、増山の4人からなるユニット。
そのデビュー曲である「ほねほねワルツ」はCD発売の3ヶ月前の2006年11月20日、K3の初日よりも前にNHKの番組で披露され、毎日オンエアされていました。
でもねえ、エケペディアではほね組は「企画ユニット」ってことになってる。上の定義でいうと、1と3はOKなんだけど、2の「複数枚のCDリリース」をクリアできなかったので、正式な派生ユニットとは認められなかったのね。
でもさあ、それは結果から見ての話でさあ、当時にしてみればこの先どうなるかわかんないけど、とにかく売れるためにいろいろやってこうって状況で「ほね組」が組まれたんだと思うよ。
ちゃんとデフスターのレーベルでCD出してんだし。
確かに「企画臭」ぷんぷんだし、結果「ほねほねワルツ」一発で終わっっちゃったわけだけど、もしうまく転がってたら「ほねほねタンゴ」とか「ほねほねフォックストロット」とか「ほねほね白拍子」なんかが生まれてたかも知んないじゃん。「ホネホネロック」は先にやられてたけど。
ということで僕としては、ほね組にこそ栄えあるAKB最初の派生ユニットの称号を与えたいわけですよ。
もっともメンバー4人のうち3人はいなくなっちゃったし、残った1人はこのユニットは「無かったこと」にしたいんだろうけど。
ふう、これでやっと本題に入れる。
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「泣きながら微笑んで」「MARIA」「君はペガサス」とシリアスなユニット曲が3曲続いた後にこの曲、初披露の時シアターは衝撃につつまれた(んじゃね?)。曲自体は前に書いたようにK3初日の1ヶ月前から流れていたから、知っている人は少なくなかったろう。でも衣装が!
当時奥が11歳、小野が13歳。これアグネス警報発令とかしないの?体操着。上は白の半袖シャツ、下はブルマタイプの短パン。
白シューズにピンクのルーズソックス。
カギさんいわく
もっともこの「ヒキョー」なコスチュームでの「ほねほね」は、ゲネプロを含めわずか最初の3回だけで、後はテレビでおなじみの骨衣装になったとのこと。小野さん・奥さんは 2 人で「ほねほねワルツ」を。衣装が狙い過ぎでハマり過ぎ(笑)。ああいうのは昔は「ヒキョー ( 卑怯 ) だ」みたいな言い方をしたんだが、今だとヒキョーという言い回しのニュアンスは共有されていなそうなのでやめておく。とにかくあれは、ファンの方がドキマギしてしまう。いやほんと、ツボを良く心得た作り。
だから「ヒキョー」なほねほねを見たことある人は今や超少数派ですよね。
あ、続きそうな予感。