「トゥモロー・ワールド」アルフォンソ・キュアロン 監督作品 | 水の中。

水の中。

海外小説のレビューと、創作を。

子供が生まれない未来――

エネルギー省の役人であるテオは、無気力な毎日を送っていた。

彼にコンタクトをとってきたのは、元妻であるジュリアン。

反政府組織のリーダーとなっていた彼女は、ある少女のために通行証を用意してくれと言うのだった。


P.D. ジェイムズ, P.D. James, 青木 久惠
トゥモロー・ワールド


「CHILDREN OF MEN(人類の子供たち)というP.D.ジェイムスのSF小説を映画化したもの。

……と言っても、設定からして相当違うものになっているので、「子供が生まれない未来」という基本設定を借りただけの、まったくの別作品だと思ったほうがよさそうです。



「いやー、ひどい話だった……」
劇場を出たダンナがしみじみ言ったものですが、この映画の感想はこれに尽きると思います。
ひどい、というのがどういう意味かというと。



荒廃した2027年。
子供がまったく生まれない……というのは大問題なのですが、それにしてもこの問題とは無関係(なのかそうでないのか説明不足でワカラン)に、社会が荒みすぎなんですよ。


世界が崩壊して(理由不明)、
イギリスだけが頑張ってて(説明ナシ)、
移民が大量に流れ込んでくるなかで、街中を武装警官が動きまわり、爆弾テロが起きて、簡単に人が射殺される。
国家からは、なんと無料で「自殺薬」と「抗うつ剤」が支給される。



そんな未来の見えない、すさんだ日常に、無気力になっていた主人公が、奇跡的に身ごもった移民の少女を連れて逃げることになるのです。
目指すは、海へ――<ヒューマン・プロジェクト>という組織へ、無事に彼女を引き渡すこと。



こう書くと、テーマ性のあるSFのようですが、これは脚本がよくない。
「子供が生まれる」
という、この未来にとっては、奇跡的な出来事が……なんにも救わないわけですよ。



主人公テオは、積極的にというよりは仕方なく、キーという少女を守って逃げる。
逃げて撃たれて裏切られて逃げて、同行者もそうでないひとも死んで死んで死んで、
埃っぽい廃墟の中を、ひたすら逃げ続ける。
そしてラストシーン、ようやく海へ逃れたボート上で、「トゥモロー・ワールド号」らしき船が見えてきたところで、撃たれた彼は力尽きて死んでしまう、


完、ですよ。
ここで完、なのですよ。


えー、待てよ。

ひどすぎる……これでは救いがなさすぎる。


「子供が生まれない未来に産まれた子供」という存在が、この悲惨な未来を照らす希望の光になる、とか、そーゆー話ではなく?
逃げ切ってホッとして、完、て。それはどういう……。



あのですね、これが戦争映画であるなら、これでもいいと思うのですよ。
大きな出来事の前には、個人がいかに無力であるか、それを描きたいのなら、これでいいのですよ。
しかしこれはSFです。
SFというのが結局なんであるかと言えば、現実でない舞台でのお話なのです。
現実ではない、あえて作り上げた設定の中に登場人物を立たせる、その意味は何なのか。
「世界を変える」
極論ですが、SFとは、世界を変える物語でなくてはならないと思うのです。



子供が生まれない理由も「原因不明」で終わってるしー。
キーという少女が、どうして妊娠できたのかも分からないしー。
この映画、これ、どっかの戦地で産まれた子供を守って逃げる話にしたところで、べつに違いはなさそうだなあ……。



というわけで、後味のよくない、全編ひたすら人が死ぬ映画でした。
こんなんならチェーンソーが出てくる、あのホラー映画にすればよかった(そっちのほうが救いがありそう……)。


しかし原作小説は面白そうなので、読んでみたいですね。