秋の夜長に「源氏物語」を読む
北海道では、みな自動車のタイヤを冬用のスタッドレス・タイヤに変える機会を伺っているところですが、皆様はいかがおすごしですか。
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最近は子育ても一段落して、以前は夢でしかなかった、自分のためのまとまった時間が少し取れるようになりましたので、いつか読んでみたいと思っていた本に手を出してみることにしました。
「源氏物語」
MMK(モテて、モテて、困る)な男の話なんて知らないよ、と思ってはいたんですけど、やっぱり日本人なんだし一度は読んでおこうと思いましたのでね。
長編小説なので、今ようやく3分の1か4分の1というところなんですが、けっこうはまっています。
ここの読者のかたのなかには、日本語が母国語ではないかたも何人かいらっしゃるので、まずは「源氏物語」とはなにかという説明を。
書かれたのは今から千年前。まだ武士(「ぶし」いわゆるサムライ)の時代がはじまる前で、京都の貴族達がこの国の主役だったころの宮廷を舞台にした、主人公「光源氏(ひかるげんじ)」の女性遍歴を書いた物語です。
筆者が女性だからでしょうか、主人公はひたすら理想的に、彼とかかわりを持つ個性的な女性達は現実的に描かれています。
しかしこの光源氏のように、
イケメンで、
やさしくて、
センスが良くて、
包容力があって、
経済力があって、
社会的な地位があって、
母親の愛を知らずに育ったので、大人になってから女性遍歴を辞められない男
なんていうのは、女性にとっては理想的なんでしょうかね、やっぱり。
しかし、物語に出てくる男達のよく泣くこと。
よく言われる「男は人前で泣いてはいけない」なんてのは武士が台頭してきてからのことでしょうから、その当時は変でもなんでもなかったんでしょうけどね。
光源氏もよく泣きます。
京都でスキャンダルをおこして田舎に引っ込んだときなど「都会が恋しいよう」と言っては泣き、「彼女(たち)と会えなくてさびしいよう」と言っては泣く。
「サムライ」だの「大和魂」だのというより、よほど日本男子の原点としてふさわしい男ではあります。
しかも、その田舎でしっかり女をこしらえて子供まで授かっているのですから、やはりたいしたやつです。
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源氏物語の中にはさまざまな和歌がちりばめられていて、それも読みどころのひとつとなっています。
和歌は、いわゆる「五・七・五・七・七」わずか31字の詩。
物語の中では、ラブレターとしてやりとりしたり、誰かと一緒に遊んでいるときに遊びでつくったり、暇つぶしにつくったりと、さまざまな場面で登場します。
まずは1句のせてみましょう。
これはさきほど書いた、田舎に引っ込んでいた光源氏が都(「みやこ」京都のこと)に帰ることができたお礼に、
難波(「なにわ」今の大阪)の神社にお参りしたとき、たまたま田舎の彼女もその日難波に来合わせていたことを後から知って、彼女に送ったものです。
「みをつくし 恋ふるしるしに ここまでも めぐり逢いける 縁(えに)は深しな」
(田舎にいたとき、あれほど身を尽くして愛し合ったからでしょうか、ここに来てもめぐりあえるとは、なんと縁が深いことでしょうか)
これを、お洒落な紙に書いて送ってやるわけですね。
すると、彼女からお返事が来ます。
「数ならで なには(なにわ)のことも かひなきに などみをつくし 思ひそめけむ」
(あなたにとっ、て私などものの数にも入ってはいないのでしょうから、その甲斐なんてないのに、どうしてあれほど身をつくして好きになってしまったのでしょうか。)
「みをつくし(澪串)」というのは、瀬戸内海などを小船が通るときに航路がわかるようにした印のことで、今でいうところのブイのようなものなのでしょう。
当時の人にとっては、これが書かれているだけで難波や明石(源氏が引っ込んでいた田舎、神戸のあたり?)がイメージできるわけですが、この言葉に「身を尽くす」をかけてあります。
それと、彼女の歌では「数ならでない」と「なにわ」をかけていますね。
これは、和歌には素人の僕でも簡単に読み取れる程度のものなので、専門に研究すると、もっといろいろな意味が隠れているのかもしれません。
僕は決して和歌に詳しい訳ではありませんが、やはり源氏物語や百人一首を読むと、「和歌」はこの時代に完成されていて、この時代のものを超えるのは難しいような気がします。
クラッシック音楽の世界で、バッハやモーツァルト、ベートーベンを超える作曲家の登場が考えられないのと同じようなことなのかもしれませんね。
それではまた来週。
