先日、嫁氏と電話の際に相談がありました。
嫁氏とは必ず2日に一回もしくは毎日電話するのですが、基本的にはただの定時連絡です。
ですが先日は珍しくコール後に直ぐに電話にでました。どうやら僕の電話を待っていたようでした。
なんでもお義母さんの調子が悪く「救急車を呼んだ方が良いか迷ってる」との事。
高齢だし迷ってる場合じゃないだろう…って言ったんですが、本人は嫌がってるとか。
結局、心配なので救急車を呼んだのですが、それが大正解で救急でなければ危なかったとか。
落ち着いた頃にまた電話して「ああ、良かったね」としみじみ語りあったのでした。

嫁氏は救急車を数回呼んでます。こんな事はなければ良いのですが、親の歳を考えると普通なのかもしれません。
僕は若い頃に一回だけ呼んだ事があります。僕が新入社員だった30年以上前の事です。
地方の会社の東京支店だったので、人数は少なく家族的な雰囲気の事務所でした。
昭和な感じというか、個人のプライベートについて当然知ってる…そんな時代だったし、その事務所も例外ではありませんでした。
ある時、支店長が何日か会社を欠席しました。新人の僕にはとても偉く見えた人です。
昔は精力的で太っていたそうですが、不摂生がたたって大病を患い手術で一命を取り留めた…そう聞いていました。
術後は痩せこけて老人じみていましたが、基本的に元気で毎日会社には来ていた人です。
総務の女性曰く休みを告げる電話の声からなんとなく尋常ではない雰囲気を感じたそうです。
支店長は結婚はされていますが、奥さんや子供さんとは折り合いが悪く別居で一人暮らしとか。
上記の病気の件もあり、東京支店の皆は心配していました。性格的にもまめに身の回りのことをするようなタイプではないし。
という事で新人で暇な僕が指名され、支店長のお見舞いで家に行くように指示されました。
支店長は会社の近くに住んでいたので、僕は会社から歩いて支店長宅に向かいました(支店長には予め僕が行く旨は連絡済みです)
支店長宅はオートロックのマンションで、僕は教えてもらった部屋番号を押して呼び鈴を鳴らしました。
ところが幾ら鳴らしても鍵が開かないのです。携帯なんてない時代です。僕はどうしようか途方にくれました。
戻って会社に報告しようって思って、戻りかけた時に思い出したように扉が開きました。僕は慌てて中に駆け込みましたよ。

(オートロックって怖いな~って思いましたね。年寄り宅は考えた方が良いかも…)
しかし、部屋のチャイムにもまた無反応なんです。で、僕は仕方なしに鍵がかかってない戸を開けて思い切って中に入りました。
豪華な部屋だなぁ~が第一印象、ただ玄関は散らかってました。でね、なんか聞こえるんです、最初は何か解りませんでしたが、それは支店長が僕を呼ぶ小さな小さな声でした!
声を頼りに入った部屋で僕は思わず息をのみました!!!!
死んだようにベッドに横たわる支店長、そして枕元にあるリンゴの芯や干からびた皮、パックのお粥の残骸、ありとあらゆるゴミが部屋いっぱいに。。。
本当に本当に本当に衝撃でした。。。当時、汚部屋やゴミ屋敷という言葉や概念はありませんでした。日本はまだ元気だったし、人がそんな事になるなんて考えられない時代だった。
支店長は僕を入れる為にオートロックの解除に行き、力尽きて動けなくなっていました。結局、支店長が自力で立ち上がったのはそれが最後でした…
そして、僕からの連絡を受けて慌ててやってきた課長も部屋と支店長を見て絶句していました。
そして僕と一緒に病院に行くよう説得しました。子供にように嫌がる支店長には、もう眼光の鋭い以前の怖い支店長の面影はなかったです。
結局、課長が来るまでの時間に世間話的な話で何か仲良くなっていた僕が説得し(僕にはそんな特技があります!けっこう説得するの上手なんだよ)救急車を呼ぶことを同意させました。

で、さっそく救急車を呼んだんですが、その際のやりとりは覚えていません。意外と普通に喋れたのは覚えています。
それよりも保険証だったか、部屋の鍵だったかを探して開けた引き出し。その中に見たものは生涯忘れないと思います。。。見てはいけない人のプライバシーの生々しいものを覗いてしまった…そんな罪悪感のような物と衝撃で強烈でしたね。コレは死ぬまで他人には言えないと思います。
救急車には課長が同行しました。僕は待っている際の課長の言葉が忘れられません。
「わしらは何の為に働いとるんじゃろうのう」
「あの人(支店長)は家族がいるはずじゃが、どがいしてこんな事になったのかのう」
支店長は女子医大に運ばれました。意外にも内科ではなく脳神経科に掛かっていました。課長曰く受け答えがおかしくて、お医者さんにはすぐ分かったらしいです。
「もう少し早かったら何とかなったのに」と医者に言われたそうです。それは家族に言って欲しい…と課長は心の中で思ったとか。
さて、それからは大変でした。まず支店長はそのまま入院です。結局、そこで数日後に亡くなりました。現役の支店長が亡くなったので葬儀は盛大で大変でした。。。
家族は当日ではなく翌日に奥さんが現れました。しかしまさに本当に他人事のように話すのです。まるでどうでもよい事のように。。。
それも衝撃でしたね。僕らへの感謝の言葉とかもなく、自分の都合だけをベラベラ述べるような
感じでしたね。
支店長の女遊びが原因でと噂されましたが、それにしたって…って思いました。子供が2人いてその人達も同様でしたね。冷たいもんです。
毎日、見舞いに行きましたが、僕は家族と病院で会った事がありません。ちなみに入院の時もそうでしたが、家族以外の人の入院は手続きなどが大変だった記憶があります。
そして、すべての人が側にいる僕が息子だと思い込んでいました。それくらい家族は支店長に冷たかった…医者は僕にばっかり症状の説明をするし。。。
何かの分野で有名でTVにも時々出るとかいう奥さんは、その苗字を変えれないのと子供への影響(片親が就職に影響ある時代だった)も考えて、離婚しなかったようです。
子供たちも父親に愛想をつかした…と聞きましたが、自業自得にしろ支店長はなんと哀れだと思いましたね。
さて、この一連の出来事は僕の社会人として生きる中で一番「人生の教訓」を感じた出来事でした。
世間的には支店長は成功した人だと思います。会社で重要なポジションについたし、奥さんはTVで解説するような著名人、娘は税理士の資格を取ったし、息子は一流大に入学している。
でも、あの汚部屋と引き出しの中で見たもの、何よりも病院で一人で死んだ支店長が幸せだったか?という事は別問題だと思っています。
よく会社は冷たい…と言いますが、支店長はその会社すら対応が暖かいと思わせるような家庭環境でしたね。それではいけない!そうなっちゃいけない!そう強く思いました!
いつの間にか僕はあの時の支店長の歳を超えてしまいました。あの時に思った事や感じた事は忘れていません。
あれ以来、僕は一人暮らしが長いですが、部屋を散らかすのは嫌で掃除する癖がついてしまいました。
今も2日に一度は必ず嫁氏に電話をします。それは生存報告もありますが、家族の絆の確認をしているのだと思っています。
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