deepimpact1969さんのブログ -7ページ目

日本の行く末

今年のX'masは、残念ながら、地上で迎えることは出来なかった。

現在


Londonに向かっているPjの機内である。



本来なら、18日に渡英する筈だったのだが、

Londonから、フラッシュ(緊急信)が入ったため、東京に留まることにしたのだった。




東アジアにおいて、重要人物が逝去したためだ。


国際政治の情勢分析で、議論を交わし、情報交換を頻繁に行っているプリンストン大学時代の旧友たちが日本にやって来たので、いつもとは違う環境で、互いに充実した時間を共有できた。





来年の日本は、

今年とは違った形で、試練に立ち向かわなければならないだろう。



先送りした様々な負債をいち早く清算しなければ、手遅れになる。





確固たる決意が不可欠だ。






そろそろヒースローに着きそうだ。










amaimono

青と臙脂(えんじ)

先週の土曜日


久し振りに、

上野の国立西洋美術館を訪れた。



私が、小学生の頃、

塾の夏期講習を受ける為、
札幌から、1人で飛行機に乗り、

青山の叔母の家で寝泊まりをしながら通い、

授業が終わると、1人で、毎日のように上野一帯の美術館、博物館巡りを敢行していた。



(当時から、

オトナの真似事をしたがりの好奇心旺盛な

マセ・ガキだったのだろう……………ガーンガーンガーン)




今回の目的は、

何度も
プラド美術館で鑑賞したことのある

ゴヤの『着衣のマハ』に会うことだった。


残念ながら、

『裸のマハ』は、来日していなかった。





私の真の目的は


この美女に、

“願掛け”をしに来たのだ。



日曜日の早朝に行われる

““エル・クラシコ””で
バルセロナFCの勝利祈願の為、

この絵を拝みに来たのだ。



我ながら、不純な動機である。



今回は、レアル・マドリッドのホームだったが、

毎年参戦している

バルサのホームのエル・クラシコでは、


試合2日前に

私なりの願掛けの儀式がある。



それは、

マドリッドのプラド近くに在る
ソフィア王妃芸術センターに行き、

ピカソとミロを観て、勝利を祈願スルコトである。




今のバルサには、そんなことは必要ないのは解っているが、


エル・クラシコだけは、何が起こるかワカラナイ。




その思いだけが

私をそうさせている。




欧州の人たちが、フットボールに関わり合いが深いのは、

その国々の歴史と密接しているからだ。


イングランドでは、

フットボールは

労働者のスポーツであるが、

スペインのそれは、

地域・民族の自立、独立という政治的、歴史的背景が、今でも色濃く残っている。


例えば、

「レアル~」と王冠を戴くチームと、

「レアル」を付けないチームが何故有るのか?



この違いに気付くだけでも、

スペイン近現代史の一端に触れることが出きるだろう。




ところで、

試合の結果だが、

私の不安は何処吹く風!?!?!?


我がバルサが、宿敵を圧倒した。




これで、15日は、安心して横浜にカレラを観ていられる。




Londonから持参した

ブラウ・グラーナのマフラーを


誰にも気兼ねせず、

誇らしく巻き付けることがデキル!!ニコニコニコニコニコニコ





(クライアントと同席するが、ヨーロッパスタイルで観戦させて貰おう。)













amaimono

“師走”…………………、忙しいからこその一冊。

今年最後の東京滞在。

来週末には

Londonへ帰り、ノエルを犬たちと迎えることだろう。



東京の自宅には

私の姉が遊びに来ている。
勿論、私がお目当てではなく、

“姉の娘”

つまり、姪っ子の生活ぶりを査定するための抜き打ち視察である。




まぁ、

『この母にして、この娘あり。』

というように、

姪っ子も、抜かり無い生活を送っているだろう。


ただひとつ、

私の自宅が

“カノジョたち”関連の品々が増殖し続けていること以外は…………ёёё







ワタシは、

幼少の頃から、姉に、反抗したことがない。


と言うよりも、


母同様、

豪放磊落な上に、気品と教養を備えているところが、魅力的で、尊敬できるからだ。





今回、

偶然にも、

Londonから、スーツケースにしまい込んで持ち込んだ本は、


15年前の師走、


姉から、クリスマスプレゼントとして頂いたものである。






昨年の2010年12月28日、

83歳で身罷った

大女優であり、文筆家としても尊敬している




“高峰秀子さん”の自叙伝エッセイ




「私の渡世日記」


である。





当時の私は、

有難くも、仕事で多忙を極めており、

休日も、接待ゴルフなど、仕事、仕事の毎日で、

自分の将来を見据えるようなことが出来ない時期だった。





そんな私の情況を知ってか知らずか、


此の本を選んでプレゼントしてくれた。





本の粗筋については、

書くことは、控えたい。


若し、



読む方がいらっしゃるとすれば、

先入観を持たず、読破して欲しいからだ。





一言だけ、

私見を言わせて頂けるなら、




『波瀾万丈の人生とは、どんな人生か?』



ということに尽きると考える。





カノジョたちのように

芸能の世界で生き抜こうとしている方たちは元より、

私のような
一般人でさえも、



人生の厳しさや、

それに絡み合う人間だけが表現できる喜怒哀楽とは何かを

考察しうる参考書だ。






私は、

今年1年を振り返りながら、

再び
此の本を手にして、



『若し、高峰さんが、未だに生きてらっしゃったら、
どんなことを言い、

どんな行動をなさったか?』


私は、自問自答しながら、頁を捲っている。






“行動の人”


高峰秀子さんを初めとする
先人たちの残した足跡や遺産を掘り起こして學び、




ワタシは、

現代に残った者の1人として

責任ある行動をして往きたい。













amaimono