deepimpact1969さんのブログ -6ページ目

覆水盆に返らず



大晦日から元旦にかけて、
私の灰色の脳細胞をフル回転させて、109枚の写経に格闘したことや


金融チーム全員で、インスブルックにて、スキーに勤しんだり、


会社内で、カノジョたちのリクエストアワーが大騒動を起こしたり、


はたまた、

今、ナゼか、ノッティングヒルのワタシの自宅に

ナゼか、何故か、

母と姉が滞在しているのかという話を書きたいと考えていたが、

これ等については、後日、改めて御伝えしたい。








It's no use crying over spilt milk.

=It's no use to cry over spilt milk.



これらは、動名詞、不定詞の文法構文として、お馴染みだろう。



我々人間は

社会のなかで、共同生活していく上で、様々な規範(ルール)が存在する。


家族のルール、校則、スポーツのルール、会社規則、憲法を始めとする国家法規…………etc.




ルールに対して、我々は、
『自分は、守らなければならない。』という義務感から派生する“縛りのような感覚”に襲われてしまう。


其の一方で、

あらゆるルールに、『自分が守られている。』という立場や視点を変えることで、

『ルールの範疇で、自分は、何がデキルのか?』

可能性を探り、自由発想することで、重苦しく感じる義務感から解放されることを、私自身、幼少期に学習した。



以前に話したが、


私の両親は、教育界の人間である。

依って、小・中・高校の入学前に

「貴方の学校生活に於いて、貴方の犯す校則違反は、今の家庭生活を破壊する場合があります。

つまり、貴方が道を踏み外すことは、我々(父母)の失職に直結するわけです。故に、貴方の生活も、以前のようには参りません。」と、必ず、通告された。


例えば、高校時、こんなことがあった。


通学中3㌔近い辞書類を全て持ち帰らなければならなかったので、私は、専用のバックパックを購入した。
色は赤。

後日、其れを背負い登校しようとしたが、玄関にて没収されてしまった。


別に、校則に抵触していた訳ではない。


赤いバックパックで登下校する教職を両親にもつ一学生に対する世間の厳しい目を刺激しない為だ。



『そこまでする必要があるのか?』と、訝る方も居るだろう。



しかしながら、

“世間の目というモノ”が恐ろしいということを

両親は、十分認識していた。


自分達に降り懸かる視線は充分に受認出来ただろうが
世間に晒されることに慣れていない未熟な青二才の私に

降り懸かるかもしれないリスクを取り去ることが、最良だと考えたからである。


世間一般では


私の一族のルールは厳しいらしい。


然し、その環境下で育ってきた私や姉兄、甥っ子、姪っ子たちは、全然気にしていない。


寧ろ、この厳しいルールに感謝しているくらいだ。


ルールの範囲内で、自分をどのように活かすことが出来るのか、思案し、発想し、行動するようになっていたからだ。



カノジョたちのルール


“恋愛禁止”は、一般の御年頃の女性から見れば、可笑しなルールであろう。


しかし、

カノジョたちの存在価値を維持し、ブランド力を高める上で、このルールは、他のグループと、一線を画する最重要法規だ。



また、夢を実現するには、多少の欲求を自制することを学ばなければ、最優先されるべき目標を獲得することも憚られるだろう。




加えて、インターネットについても触れておかなければならない。


コミュニケーションの伝達手段としてインターネットという革新的なツールを現代社会は手に入れた。


この神器に

ヒトの判断力が追い付いているのか?ということを常に考えなければならないだろう。

私自身、こうしてブログを載せる際は、何度も見直すよう細心している。


クリック1回で、光速で世界の裏側まで、自分の意思を伝えることが、可能になった。


便利で、簡単ではある。



が、


“安易”でもあることを今一度考えて欲しい。



判断し、選択し、決定(クリック)シタモノには、常に、“責任”が憑いて回ることを念頭に置かなければならない。



私は、


インターネットというものは、


ニンゲンのもつ判断力の資質の優劣を試されている存在なのではないかと考えている。














amaimono







Mourning

2011月12月25日


日本からロンドンに戻った。


ヒースローには

ベス・ファミリーが“帝国の双璧”とともに出迎えてくれた。



そして、カレラは

毎年のように

独身のワタシをChristmasに招待してくださるが、

その度に、私は

丁重にお断りしている。


私が必ず断ることを承知した上で、カレラも招待してくれるのだ。




ベスや、会社の同僚たちは、

私の12月、1月が、いつもの月の過ごし方と違うことを認識している。



私が、この2ヶ月間だけ、
左手に、指輪とブレスレットを身に付けているからだ。



加えて

Londonに来てから毎年

12月25日~翌年の1月5日迄の12日間、必ず、休暇を執っている。





特に、ワタシにとって

“12月25日”という日は、特別な日…………。

13年前に、ヴァルハラへと先立った婚約者Kの誕生日だからだ。





自宅の殺風景なリビングの真ん中に

1年中

白いシーツを被った1人掛けのソファーが、

その1日だけ、取り除かれる。




1年のこの1日だけが、


現実主義者と常に対峙して生きている私にとって

唯一、

感傷的になってしまう時。


然し、2011年は、いつもの心情以上のモノを感じずにはいられなかった。




10数年以上
遠い母国を離れ、1人で生きてきたが、

これ程まで、
日本を心配し、憂慮したことは無かった。




加えて

年間14回も、London⇔Tokyoを往来したのも、初めての経験だった。



3月11日以降

“自分は無力なのか?”


“このままの自分でいいのか?”


“自分に何が出来るのか?”


“自分は何をすべきなのか?”

自問自答しない日は、1日もない。


そして、

そんな私に

手を差し伸べ、背中を推してくれた存在を最大限感じたことは無かった。



長岐に渡り、フォローしてくださる、仕事仲間、イギリスを初めとするヨーロッパ、アラビアの友人たち……………。




私の人生の指針(モットー)は

『あらゆることに、真摯たれ!!』である。


故に、Londonに住むようになって、

甘えや馴れ合いが大嫌いな私の行動を理解できない人も少なからず居るということは、認識してきたつもりだった。



そんな私にさえも

奇しくもこのような不幸な出来事によって

これ程、幾多の方々が、“ワタシ”をしっかりと見守り、支えてくれていたのだと実感することが出来た。


と、同時に、姪っ子を通じて


母国での

“カノジョたち”の勇姿には

遠く離れたイギリスでも、刺激を受け続けた。



日本の若者たちが、

「自分達が、この日本を変えるんだビックリマーク」と行動しているときに、


大人であるワタシが、傍観者で居られるわけがないからだ。







明けた2012年


日本や欧米だけではなく、
世界全体が、“改革年”だと思う。



自他(自分と他者)の間に

痛みや喜びなど、人間の感情や理性を共有し、より一層、理解を深め、行動してゆかなければならないと考える。



常に、

不退転の決断力とスピードのある行動力、持続力が伴い、

忍耐力と責任感が連動しなければ、

破綻してしまうような緊張感が不可欠になるだろう。









私自身、肝に命じて今年を過ごして往きたい。














amaimono

Congraturations from London!

今、



昨年の授賞式後のカノジョたちの集合写真を見返している。




笑顔の中にも

悔しさや、やりきれない感情が混在した赤い眼をしたカノジョたちを見て



この1年は、

この日の為に、勝負してきたのではないだろうか。





人間、

5年を区切りに

自分が何をしてきたか

証を残したいと欲するのは自然なこと。




しかし、

勝ち獲るには、


決意ばかりではなく


その為の戦術と戦略が備わっていないと

運も引き込むことは出来なかっただろうと思う。







 “年中夢求”






いつまでも追い求めることをやめないカノジョたちを尊敬する。






“夢”という




重く、硬く、閉ざされた門扉を


信念を貫く意志の強さで抉じ開けるカノジョたちを見て




日本人のワタシは、触発されずにはいられない。












本当におめでとうございます。














amaimono