映画「張込み」(1958)
松本清張の原作を野村芳太郎が監督。脚本は橋本忍、音楽は黛敏郎、日本映画全盛期の名作である。
昭和という時代が、リアリズムを追求するロケーションで映画内に保存された。佐賀に二ヶ月間のロケーションを張ったことは、当時の予告編でも謳われ、破格の製作費であったのだろう。真夏の暑さ。二人の刑事の「野良犬」のような姿。日本の女の哀しみを高峰秀子が演じる。
美しき風土。日本がまだ高度成長を迎える前の貧しさ。
今の日本からすでに消え去った光景が、しかし懐かしい。
ヒッチコックの「裏窓」は1954年。裏窓の「見る」「見られる」関係が、「張込み」では重要な場面を構成してる。「張込み」が「裏窓」から何がしかの果実を得たか否か、定かではない。
が しかし
映画とは、盗み見るものである。
特に、撮影という行為は、対象に対する偏愛が必要である。
その意味で、「張込み」のタイトルバックに、刑事の両眼をUPに据えたことは正しい。
日本映画はモノクロームの時代で頂点を極めたと確認した。カラーの時代の作品が今後何十年か後に、愛好されるという保証は、あるだろうか?
信号機の映像
明方の渋谷で、いろいろな信号機を撮影した。
毎日何気なく従ってる信号機。その点滅や明滅のリズムに、ある呪術性があることに気づいた。
そういえば、信号機の中にいるおじさんは、今どきみない帽子を被ってる。怪しい人物じゃな・・・。
「男と女」を見ないで、恋愛を語りうるだろうか?
映画「男と女」は60年代最良の恋愛映画であろう。この映画に描かれる恋愛は大人の恋愛である。この恋愛のロール・モデルを十代の頃に刷り込まれた。故・倉橋由美子氏の小説『夢の浮橋』にルルーシュの映画のトランティニアンのえりあしに言及した描写があった。
おそらく世界中のある世代の恋愛のロール・モデルを、当時まだ二十代だったクロード・ルルーシュは造ったのだ。
カンヌ映画祭で一夜明けて無名の新人がグランプリを取った。自分でキャメラを回して撮った映画ー「男と女」。音楽はフランシス・レイ。ボサノバとシャンソンのミックス・カルチャーの名曲が神話を生み出した。