あっと思った時には、手が離れていた。
女医の背中にはパラシュートがあったが少女は何も付けていない。
叫ぼうとしても口すら開けていられない。
風圧で顔の肉がもぎ取られるように痛い。
このまま落下して地面に叩きつけられるか、
運よく海に落ちるかしかないと思われたその時、少女の羽根は開いた。
白く大きな鳥のような羽根。
研究所で羽根を広げた事はあったが飛んだ事はなかったから、
始めはバランスが取れなかったが、
血がそうさせるのか、やがて飛ぶ形になった。
ゆっくり羽ばたくその姿は天使にしか見えなかった。
少女にとっても初めての事なのに頭は冷静で、
まるで当たり前の事のように空を飛び、小さくなった町を見た。
「すごい。おもちゃみたい。」
しばらくそうして空からの景色に目を奪われていたが、
やがて飛ぶ事に慣れていなかった少女は、
疲れて気を失ってしまったのだった。
そして少年に出会った。
寝息が聞こえてきた。
どうやら看護婦は寝ているらしい。
外はまだ暗い。
車は信号で止まっているようだ。
そばには薬のケースがある。
これがあれば、しばらく頭痛を抑えられる。
そう思い、少女はそれをそっとポケットにしまった。
車の扉は開くはずがない、そう思っていた。
しかし扉は簡単に開いた。
車が走り出した、少女は加速した車の風に合わせ
扉から外へ飛んだ。
「あ!」やはりうまく飛べなかった。
少女の体は道路に転がった。
夜中なので車の通りは少ない。
医者達の車以外、ほとんど車は走っていなかった。
「ここはどこだろう?」
周りには畑が広がっている。
街灯もなく、夜行虫の鳴く声だけが
静かに夜明けを待っていた。
少し周りを見回すと、小屋があり、行ってみると
干し草の山があった。ちょっと横になろう
逃げられて、安心したら眠気が襲ってきた。
干し草のベッドはすごく気持ちがよかった。
ガサガサ。干し草から音がして目が覚めた。
気が付くと、山のようだった干し草のベッドが
いつの間にか低くなっていた。
「うわ」
牛だ。
学校で動物園に行った時見た事はあったけど、
やっぱりいきなりだから驚いた。
「ごめんなさい。あなたのご飯だったんだね」
そっと小屋の入り口から外を窺った。
すぐわかった。
逃げても無駄なんだ。
やはりすぐそばに黒い車が止まっている。
医者たちに違いなかった。
「GPSって言うんだって」
え?後から声。
「こっちだ」
「今ならFが妨害してるから、早く」
「あ」
振り向くとあの少年がいた。
「大丈夫?」
少女は嬉しくて少年に抱きついてしまった。
「うん、でもなんで?」
「なんでここに?」
「話は後。今は逃げよう」
畑は少し段差があって影になっていた。
そこから中腰で小走りに移動して、
ちょっと小屋から離れると赤い車が止まっていた。
「どう元気だった?」
赤い車の運転席で、あの女医がニッコリと笑って言った。
「うん」
「飛べたね、空」
「はい」
少女も笑った。
女医は何やら機械を触っていたが、それを少年に渡した。
「ごめん、操作して。車を出す」
それがGPSを撹乱する機械らしかった。
車を走らせると、Fが話し始めた。
「時期に、この機械も無駄になる。」
「逆にこれを探知されたら、同じ事になるから。」
「ミカ、君の体から探知機を取り出さないといけない」
「探知機?」
「それがある限り、君の居場所はすぐわかるんだ」
やがてFは町外れの小さな病院に車を止めた。
「ここで器具を借りるわ」
病院は本日休診の札が出ていて閉まっていた。
「お休みみたいだよ」少年が言うと
「だからちょうどいいの」とFが答えた。
Fは手際よく、入口のガラスを割り、ドアの鍵を開けた。
「さぁ、入って。急ぐわよ」
Fは少年には車にいて妨害を頼むと言った。
少年が「まかせて」と答えると
少女とFは病院の中に入っていった。
病院の中は静まりかえっていた。
冷蔵庫のような物があり、中には薬品が並んでいる。
「そこに寝て」
少女はFに言われベッドに仰向けになった。
Fはまるでこの病院のどこに何があるか知っているように
メス等の器材を集め、ベッドの横に設置したテーブルに並べた。
アルコールを脱脂綿につけ少女の腕に注射する。
少女は無言で従っていた。研究所でしていたように。
30分程で手術は終わった。
Fと一緒に出てきた少女の右肩には包帯が巻かれていた。
「はい、あげる」
Fは少年に小さな物を投げた。
「それが探知機よ」
将棋の駒くらいの大きさしかなかった。
「それ、どうしようかしらね?」
黒服の男と医者、看護婦は黒い車の中にいた。
探知機が働かなくては、少女を追いかけるのは不可能だった。
太った男はイラついていた。
「このまま待ってても仕方ない、どうするんだ?」
「小屋には確かにいた形跡がありました」
「犬でも連れてくるか?ん?」
「あ、反応があります。動いてます。ここから1キロほどです」
「よし、車を出せ。追え、速く!」
しばらく車を走らせると、目の前を走るトラックらしかった。
「あれに乗ってるようです!」
「よし!車を前に出して止めさせろ!」
トラックを運転していたのは農夫らしかった。
「なんだよ、あんたらは?」
「いいから後ろを開けろ!」黒服の男は銃を構えていた。
仕方なく後ろの扉を開けた。
ブーブー。ブヒブヒ。。
そこにいたのは何匹もの豚だった。
探知機はそのうちの一匹の足に付いていた。
「これからどうする?」とF。
「探知機がなくなった以上、やつらに見つかる心配はないね」
少年は嬉しそうに微笑んだ。
少女もそんな少年を見て微笑む。
「じゃぁ、うちに来ない?」少年がふと言った言葉。
すぐに少女は少し悲しい顔になった。
そうだ。私には家がない。研究所が家だ。
「Fさんは?」
Fはしばらく思案しているようだった。
「・・・」
「亡命ね。それしかない」
「ぼうめい?」
少年と少女はもう、Fについて行くしかないようだった。
< 続く >
----------------------------------------------------------
----------------------------------------------------------