父と家族の末期がん闘病記 -18ページ目

父と家族の末期がん闘病記

2012年6月末、当時65歳だった父が突然、末期の食道小細胞がんとの診断を受けました。
現実と向かい合うため、父との日々を忘れないための記録ブログです。

お陰さまで、悪夢の末期がん宣告から11か月目に投入。

私の夫は去年の7月、「 お義父さん、この状態では半年も持たないだろうね・・・ 」と言っていたのに、今では「 今の時点で、余命2~3か月って感じじゃなさそうだね。 」との談。


それで結局、実家への帰省がどんどん先延ばしになってしまい、3月下旬のつもりに帰省するつもりが、気が付けばもう5月。
抗がん剤が効いてくれているおかげで、父の病状が小康状態にあるからなのですが・・・


以前ブログで書いた通り、両親は何よりも、私が夫と仲良く暮らしていくことを望んでいます。

そして、構ってちゃん体質(この表現は古い?)の夫は、私がいつも夫と一緒に行動することを好み、私が何よりも一番に夫を優先することに幸せを感じてくれています。
夫は決して私が父の病状を案じて実家に帰りたいと言うことに不満を漏らすことはありませんが、内心では「 自分が妻にほっぽられる 」と感じてしまうようです。

そんな夫の心情を察するに、「 夫をほっぽらず、仲睦まじく生活し、その様子を父に知らせること 」が、一番の親孝行だと考えるわけです。


本当に父の病状が悪くなってしまったら、こんなことは言っていられないので、父に会えない寂しさを感じつつも、ありがたい状況に違いありません。。


4月末に母から届いたメール。

---

○○(私)が楽しかったり幸せを感じているのがわかればママも安心だし幸せな気持ちになれる。
今回パパの検査結果は又良かったし食欲もある。
ママはパパの癌を絶対消してみせる!

そしたら家族で快気祝いに旅行しよう!

---

これ読んだら、涙がボロボロ止まらなくなった。
悲しい涙とも、嬉しい涙とも違う。

とにかく、家族みんなで頑張ってるんだって思えた。


夫婦仲良く過ごしていることが一番の親孝行だと分かっていても、やっぱり両親に会いたい!


なので今日は夫と話あって、今月中には必ず帰省すると宣言しました。
夫も理解してくれました。

今月こそ、必ず父に会いに行くからね。

2012年の7月、8月、10月の3クール、ファーストラインとなるシスプラチン+CPT11(イリノテカン)の投与を行って、全く効果が出なかった父。

その後11月、12月、1月、3月、4月の5クール、セカンドラインのタキソテールの投与を行って、奇跡的にガンの縮小が見られました。
( 副作用が強く出たので、2月は投与をお休みしました )


主治医は4月の診察時、
「 食道の小細胞癌でタキソテールを投与し、効果が出たのは初めての例ですよ! 」
と、びっくりした表情で父に話をしたらしい。

だからこそ、このまま癌細胞が消えるとは思えないけれども、今この時間は父の人生に与えられた貴重なロスタイムであることには違いないのです。


そしてそして、週末は現役時代の仕事仲間と一緒に1泊2日の旅行へと行ってきたのです。
(もちろん家族の付き添いなし)
それもなんと、神奈川の実家から甲府まで!!

この旅行企画が持ち上がったのは、去年12月に父が友人たちに自分の病を打ち明けたとき。
抗がん剤の副作用で免疫が下がっているので、寒い真冬は避けて、暖かくなった春に父を励ますための旅行をしようと働きかけてくれたのです。

正直、その話を聞いた時、私は春まで父が生きることが出来たとしても、旅行にいけるほどの体力が残っているとは考えることは出来ませんでした。

実際に行って帰ってくるだけで相当疲れ切ってしまい、夜通し宴会で盛り上がる友人を尻目に早々寝入ってしまったそうだけど、やりたいことを一つ一つクリアすることが出来るロスタイムが与えられていることに、家族ともども辛い抗がん剤治療を続ける意味を見いだすことが出来ています。

抗がん剤の副作用でメールを打つ気力も失ってしまった代わりに、電話で報告してくれる父の声に安堵する日々。
食欲も3月以降はだいぶ持ち直して、ラーメン1杯完食することもあるんだとか。
( 1月の帰省時は、3分の1を食するのもいっぱいいっぱいでした )

来週は大学時代の友人たちと熱川旅行に出掛けるそうです。
すごい!!


父の寿命を勝手に決めつけて、2013年の年賀状を作るのすら躊躇していたことや、ホスピスの予約をしていたこと、永代供養のお墓を探していた自分は、ちょっと気が早すぎたようです。。。


そして間もなく、母のお誕生日。

父に、

「 ママのお誕生日を、ちゃんとお祝いしてあげなくちゃだめだよ! 」

って言ったら、

「 自分のことでいっぱいいぱいで、ママのお誕生日をすっかり忘れてた~ 」

と笑う父。

「 声も元気で良かった! 」

と言えば、

「 声がでかいから、元気だと勘違いされちゃうんだよ!!
実際はメールも打てないくらいひどいもんなんだけど。。 」

と返してくるけれども。


GW明けくらいに実家に帰省しようと考えているので、会えるのが楽しみです。

1か月以上ぶりのブログ更新になってしまいました。


お陰さまで、父は生きています。

相変わらず抗がん剤の副作用が強く、お酒の量も変わっていないみたいですが。。。

それでも父は生きています。

手の施しようがないと言われた末期がんを父が宣告されてから10か月目に突入し、桜の季節を迎えることが出来たことにただただ感謝。
ありがたいことです。


私は1月に帰省して以来父に会えていませんが、この春から姉と姪っ子二人(父にとっての孫)が実家で両親と同居することになりました。
その陰にはいろいろな事情があるようですが、それでも父が家族に囲まれた余生を過ごせることは、神様から与えていただいた" 運命 "なのかな・・・と思わざるを得ません。


私が実家に帰省できないことで、なかなか父の状況をブログに記すことが出来ていませんが、父が笑顔で次の季節を迎えられることを、ただただ願うばかりです。