中小企業診断士試験14回目の挑戦 -34ページ目

中小企業診断士試験14回目の挑戦

2023年は227点、13点足りず不合格。
2024年196点に後退
2025年も不合格192点に後退
2026年一次試験の6回目の合格に挑む。

実際に不合格になってからでは手につかないものの一つに敗因分析がある。

再現答案の作成だけでもかなり根性を要したが、敗因分析となるとその上をいく苦痛が伴うだろう。

敗因分析をしている暇があったら、来年に向けて勉強をする方がましだ、という心境になる事も考えられる。

 

もっともベストなのは合格発表前から落ちたことを想定して勉強を開始する事だが、生憎人間がそれほど殊勝にはできていない。

ストレート合格した人のブログを眺めていると、本番の試験の翌々日くらいには一次の勉強をするべきか二次の勉強を継続するべきか、と真剣に悩んでいるらしきものが見受けられたが、このあたりがストレート合格できる秀才とそうでない者の違いだろうか。

 

とにかく勉強は手につかないので、落ちたことを想定して敗因分析してみたい。

実際に落ちてからだと、いわゆる「たら、れば」論になり、現実を受け入れられずうじうじと後悔しているばかりの、終いには、会社が、世間がと要因を外に求めだす愚痴の垂れ流しになる可能性が多分にあるので、合格発表前に分析しておくことにする。

 

失敗の要因

・二次対策の本質に気付くのが遅かった

合格者の体験記を読むと

「過去問を繰り返し解く」というのがあったが当初これを懐疑的に受け止めなかなか実践しなかった。

本試験を受験後、初めて過去問を繰り返し解く事の重要性が解った。(昨年も一昨年も受験したが殆ど対策せず受験したせいか解らなかったが」

⇒ある程度の対策を行ったうえで本試験に挑むと、良い意味で新鮮味がない事に気付く。

「なるほどこのパターンで来たか」とまではいかなくとも「ははーん」と思える程度になる。

この感覚をつかむ為には実際の過去問を数多くこなすのが自分にとっては最善策だ。

↪これまでは過去問を繰り返し解くという泥臭いやり方ではなく自分はもっとスマートにやる、などと高を括っていた。

本番一カ月前に慌てて過去問に取り組んだが時すでに遅しだった。

 

・事例Ⅱで要求解釈、問題本文で読み飛ばしをしている。

第二問で「予約会」がハンドバッグの予約会であるという認識なしに解答を書いた。

B社の扱い商品がアパレル+日用品だと思い込んで解答を作成した。(ベッドを扱っているという認識がなかった)

 

・事例Ⅳでパニックになった。

どこかに事例Ⅳは易化傾向で難しくなることはない、という油断があった。

「仮に難しい問題が出ても、落ち着いて、「捨てる」という選択肢も視野に入れて対処する」と重々自分に言い聞かせて試験に挑んだはずが気が付いてみるときっちりパニックになり取るべき問題も落としている。

第二問の設問3の営業利益まで落ち着て解けば解けていた。

営業利益が解けていれば、解き方は間違っていなかったので単価も算出でき、第二問も完ぺきに解けて第一問を合わせて43点となりかなり落ち着いて第3問に挑めたはず。

(結局、「たら・れば」論になるか)

 

まだ不合格と決まった訳ではなく、その意味では気楽だがかなり暗澹たる気持ちになってきた。

不合格になっているとすればこれらの事が痛恨の致命傷になっていると思われるからだ。

さらにこれを読まされている方もかなり辛いと思われる(ここまで読まれた方の辛抱強さに感謝します)

書いている方も読まされている方も辛いのではもはや書く意味はない。やめる事にしよう。

しかしこれだけだけでも、来年に向けてスタートする場合、勉強の手がかりとなるだろう。

 

 

 

 

中小企業診断士試験二次試験の結果発表まで一カ月だ。

本試験分析会を視聴してもなお一縷の望みを持ち続けている。

模範解答や採点基準が発表されない事はとても罪作りだ。

宝くじの当選発表待ちと同じで500万分の1の確率であっても可能性は可能性だ。当選発表までは期待してしまうのが人の常だ。

ましてや中小企業診断士の二次試験はおよそ5千分の1千の確率だ。宝くじの百万倍の確率ともなれば期待するなという方が無理だ。

 

駄目だと思ったら合格していました、という類のブログは沢山見てきたが、こんな阿保な事を書いていて合格した人は見たことがない。

自信があるのかと言えば、正直なところまったく自信はない。これまで二次試験の結果は二戦して二敗、勝率0%だ。自分の受験番号が合格者の受験番号一覧の中にある事がイメージできない。

ならば黙して合格発表を待てば良さそうなものだが、成り行き上、書き続ける事が自分への責任のような気がする。

こんなくだらない事を書いていて合格した、となればとても珍しい事象だし、ここまで書き続けていて不合格、となればこれまたとても珍しいケースとなるだろう。

 

不合格であったとしてもそこから来年に向けてこれでもかと二次対策をやればいいのだ、と腹をくくれるかと言えば、そんな事はとても無理だ、今はそんな現実はとても受け入れられない。

自信はないが深層心理下では合格を確信しているのだろう。

心理学的にはそれをなんとか、というのだろうが、心理学にも全く精通していないのでわからない。

 

事例Ⅳの第一問は完ぺきで25点の配点を貰うという前提であれやこれやと考えているので、計算ミスなどやらかしていればその瞬間何もかも木っ端みじんである。

 

なんとも落ち着かないが、不合格であった場合しばらくはショックでいろんなことが手につかなくなると思われるので、その手につかなくなる事が手につかなくなる前に、今のうちに出来るだけ片付けておこう。

 

 

 

お世話になったTACの二次本試験分析会をネットで視聴した。

当たり前だが、分析会を見て一喜一憂しても結果には何の影響も及ぼさない。

しかも二次本試験の性質上、明確な正解を確認できず、どうがんばっても合格を確信することはできない。

それでいて論点がずれていて明らかに点数にはなっていないという点は確信できる。

つまり痛めつけられるばかりで良い事は一つもないのである。

まるで泣かされることはわかっているのにお兄ちゃんと遊ぼうとする幼い弟のような不憫さである。

 

さて分析会の模範解答と照らし合わせてみた結果だが、

事例Ⅰ、Ⅱはほぼ手応え通り、ボクシングでいえば1R、2Rとも10:9でリード。

事例Ⅲ、試験直後は午前中調子よかったのにここで落としたか、という印象だったが、

思いのほかクリーンヒットがあった。ダウンを二つ奪ったくらいの手応えだ。

第4問に「汎用性」という言葉を我ながらよくぞ入れたと思う。

さて問題の事例Ⅳ、講師の三好さんの言によれば

「第3問はマス目単位で部分点が入り、大勢の人が正解しているマス目は点数配分が高くなります、そういう試験ですから」

それほど今回の事例Ⅳは難しかったという事らしいが、果たしてそんな事あるのだろうか、ベテラン講師が仰られているのだからそうなのだろうが、自分に都合のいい事は、これまで辛酸を嘗めさせられてきた経験上どうにも信じがたい。

第4問に至っては

「なにか書けば点数になります」

さて、その言葉を信じてひょっとしたら、と淡い期待を寄せながら蓋を開けてみたら、

あしたのジョーで言うところのトリプルクロスカウンターを食らってノックダウン、というのは勘弁してほしい。

事例Ⅳを終わって、つまりは4Rを終えて立っていられれば、つまりは50点前後取れていれば

事例Ⅲのアドバンテージでひょっとするかも。

すでに瞼は腫れあがり鼻血ぶーの状態ではあるが。

 

結局のところ分析会などというものは精神衛生上よろしくない。

試験終了から丁度一週間が経過した。先週の日曜日に受験したのが遠い昔のことのようだ。

合格したい気持ちが募るばかりだが、合格のために今更何もやりようがなく、不合格であるに決まっているので、期待することはそれだけ現実に向き合ったときに辛くなるだけだ、などと、とりとめもない考えに支配され続けている。

この気持ちを例えるなら、試験を受けて結果を待っている時の気持ちだ、そう、例えになっていない。

この気持ちは他に例えようがなく、試験の結果待ち以外の何物でもない。

そう考えていたが、四六時中一つの事に支配されている、という言葉が、久しく感じていなかった感覚を呼び覚ました。

「片想い」である。五十歳過ぎたおっさんが使うにはおよそふさわしくないこの言葉が頭に浮かんだ。

上手くいくはずがない、だがひょっとして上手くいったとしたら、そうであって欲しいけど、そんな筈はない、でも、手応え的には......

試験の結果待ちと片想いはとても似ている気がしてきた。

結果が知りたくもあり、また知りたくもなし、

うれしいような、せつないような感覚である。

片想いなら慣れたものだ、相当数の玉砕を繰り返してきており、失恋マスターを自負するほど、失恋に関しては達人だ。不合格、どんと来い、となる筈はない。失恋に免疫性などないのだ。何度経験しても、いやむしろ経験すればするほど悲しみが深くなるという性質が、片想いが片想いで終わった時の感情にはあると思う。

同じく試験結果を待たれているご同輩から「ふざけてんのか」と突っ込みが来そうだが、これが偽らざる心境だ。

ちなみにこれまで100%の確率で片想いは成就しなかった。

これは当たり前だ。成就してはもはや片想いではない。合格以外は全て不合格でしたと言っているのに等しい。先週試験で今週末は東京出張で少々疲弊している。

言いたかったのは、圧倒的に振られたケースが多かったという事だ。

 

合格の心準備は必要ないという結論は導いたが、では心ではなく物理的な準備はどうか。

独立開業の為にスーツを新しくして、靴も買い替えて、と益々不必要さが際立つ。真面目な顔をしてそんな事を始めたら試験の事を考えすぎたことによる神経症だと思われるだろう、むしろ多分にそうなっている可能性がある。合格の準備はやはり物理的にも必要ないようである。

 

翻って不合格の時の心の準備はどうだろうか。

こちらはかなり必要性が高まると思うのだが。

何のために?

それは勿論、言うまでもなく不合格のショックを極力和らげるために。

或いは、不合格になった体裁の悪さを少しでもごまかすために。

差し当ってブログに「だめだ、やらかした、来年に向けて気持ちを切り替えよう」、と

伏線でもはっておくか、とこうなるわけか。

 

これもどうやら必要ないようだ。

当たり前だがこのような行動は結果にはなんの影響も与えず、自分の評価を落とすことに作用することはあっても高める事には作用しない。

 

では先人の言葉通り

「果報は寝てまて」という事か。

 

賢明だと思われる行動は、素直に来年に向けて二次試験対策、或いは一次試験対策に取り組むことだが、これは一次試験6回、二次試験3回受験した経験から無理である事がわかっている。

世の中に手につかない勉強は数あれど、受験直後の中小企業診断士の勉強ほど手につかないものはない。苦痛ばかりが鮮明に感じられるのだ。

 

果報は寝て待たないまでも予備校の講師に言われたように今の時期は好きな事に専念するべきなようだ。

では、図書館で借りてきた山崎豊子の「白い巨塔」を読むことにしよう。