先日、「らーめん才遊記」を読み終えた。
以前に読んだ「ラーメン発見伝」の続編にあたる作品で、主人公が変わるものの、一部のキャラクターが続投して世界観は同じ。ただ、このシリーズの魅力として、その時代のラーメン事情や社会情勢を反映するため、その内容は2010年代前後が中心となっている。
社会情勢と言えば、この作品の主人公である汐見ゆとりは、名前といい時代といい立ち振る舞いといい、明らかにゆとり世代の特徴を反映したキャラクターデザインになっている。
わたし自身も同世代であるため、そのキャラクターについてとやかくは言い辛いが、社会の常識やモラルやマナー。とりわけ目上の人に対する態度等は、大小はあるもののそこまで差があるわけでもないだろう。しかし、前作の「ラーメン発見伝」にだって若者視点から「うわぁ……」となるキャラクターは少なからずいたにも関わらず、ゆとり世代に向けられがちな目線があまり感じられないのは何だろう。やはり、ゆとり世代が少なからず上から目線なのが問題なのだろうか?でも、別に悪気はないんだ。たぶん、人間は縦社会の中で育たないと自然にそうなると思うんだ。この点については以下の記事で考察していたが、読み返すとまだ浅い。ジェネレーションギャップの研究はまだまだ必要だと感じる。
ちなみにこの主人公も相当上からであるし、特に悪気もないだろう。ただ、料理に関しては最初から作中トップクラスの腕前のため、実力でカバーされている。また、大した説明がなくても仕事ができている点からして、能力的には非常に優れていると思う。「ドラゴン桜」に出てくる落ちこぼれ扱いされている生徒もそうだが、漫画とは言え、やはり素質そのものがまるで違うと感じざるおえない。こんなんで落ちこぼれ扱いされてたら、とても生きていけないですよ。まあ、汐見ゆとりはお嬢様で、母親との対立はあるものの、母親自体も賢いので所謂親ガチャには成功している例とも言えるか。そういう意味では、少し時代を先取りした内容とも取れる。あるいは、当時の東京にはすでにその傾向が現れていたのかもしれない。
作品の展開としては、前作がラーメン屋を目指す商社マンだったのに対し、本作は主人公がビジネスコンサルタント会社に入るところから始まる。前作も芹沢が経営者視点からエピソードに関わることがあったが、今作はそれが物語の中心に据えられた感じ。ただ、新作のラーメンはしっかりと作るし、中盤以降から最終決戦はラーメン作りが主体である。
前作はラーメン修行中の主人公が、ラーメン業界のトップに君臨する芹沢へ挑戦していくストーリーとなっていたが、本作はその芹沢の下で活動するためか、話が小さめにまとまっている印象を受ける。基本的に芹沢の手の平の上で主人公が動いているため、物語全体に安心感が強過ぎるのだと思う。また、主人公が女性の影響か、対立する相手も女性が多く、芹沢が認めている職人は少なからずいるものの前作と比べて一枚落ちる感じがする。おぜん立ては多少されるものの、ラスボスも弱い(ただし、この辺りのスケールの小ささは、終盤の「芹沢の鮎ラーメン」にまつわるエピソードを通し、前作の主人公である藤本のレベルの高さにフォローが入り、差別化されたような気がする)。とはいえ、今作は主人公が自立するまでの成長物語であるため、そのことを忘れなければ話の流れに筋は通っている。
巻数は前作の半分以下の全11巻で、特別中だるみもなく、読みやすさでは前作をしのいでいると感じた。また、前作を読まなくても今作から読むことも十分に可能であり、むしろそうした方が楽しめるまである。作中の引きからそういった印象を受けることもあるし、元々そういう風にデザインされているのかもしれない。上記のスケールが小さい問題も解消されるので、新規の読者には試してもらいたいところ。
以下、本作の個人的な名言をまとめておく。
何ごとも洗練しすぎると、人を引きつける熱のようなものが失われていきますが、そこに陥ってる面は否定できない。(1巻 有栖)
芹沢さんは前作の時点でかなりハイレベルなラーメンを自由自在に作っていたが、あえてレベルを落とすなどの調整もこなしていた。このセリフは芹沢の実力が高止まりしつつあることを表現しており、今作の主人公のストーリーにも大きく関わっている。
フッ… 上司や先輩にハッキリ、正直に言っていいのは、お世辞だけだよ。それが会社ってもんさ。(2巻 白坂)
営業の処世術。金言。
「やる」というクライアントに「やるな」という助言だけはしてはならないのだ。(2巻 芹沢)
ビジネスコンサルタントは、クライアントのやる気を最大限尊重する姿勢が求められる。第一、やる気を失われたらビジネスチャンスも無くなる。
つまり、もう中原さんは終わってるんだよ。(3巻 芹沢)
栄光が永遠に続くと勘違いし、時代について行けなくなった者はいずれ廃れる。
「厨房」しか見えていなかった板垣さん、「店内」しか見えていなかった松井さんに対し、鷹野さんには「店」が見えていた。(4巻 芹沢)
自分の得意分野だけでは「店」の運営はできないということ。この後、「店」が見えていても「会社」見えていなかったと続く。
要するには若い男はな!!ニンニク味とかショウガ味とか、単純な刺激にしか反応できん舌バカばっかりなんや!!(5巻 難波)
暴論のような何か。一応最近の若者は味覚が発達してきているというフォローが入る。また、説明を聞く限りだと、そもそも男女差もだいぶ埋まってきているのではないだろうか?
でも、なりふりかまわず売れ線の味で稼ごうとする店と、時には採算度外視しても自分の味にこだわるウチみたいな店が、同じ土俵で勝負することがそもそもおかしいんだよ。(6巻 牧原)
理想かもしれないけれど、それはそれで良いと思う。
ありきたりで、どこにでもあるような味だからいいんだろうが。(6巻 芹沢)
奇抜なものの需要は案外少ない。
まずは、どんな形であれ勝つこと。勝たなければ何も始まらない。(6巻 芹沢)
芹沢のラーメン屋人生のスタートラインそのもの。弱肉強食だけは避けることができない。
年を食うと状況はよく見えるが、情けないことに具体的にどうしたらいいかが分からない…(7巻 石原)
年を取ると、無意識に保守的になりがち。上記の中原さんよりも一歩進んでいるものの、改善案が出てこない状態。この点、気づけばすぐに改善案を出せた中原さんの株は上がる。
ラオタにはマザコンが多いからな。(7巻 芹沢)
突然の偏見のような何か。
中島さんも井川さんも、二股だったことなんか忘れてさ! 今まで通り楽しく不倫していかない?(8巻 白坂)
どうしてそこまで無責任になれるんだろう。そういえば、最近あんまり不倫が話題にならない気がする。これも社会の変化か。
いいか、汐見。「金を払う」とは仕事に責任を負わせること、「金を貰う」とは仕事に責任を負うことだ。金の介在しない仕事は絶対に無責任なものになる。(8巻 芹沢)
「金を貰う」のは当然だと思って無責任になっていることも多いが、「絶対」ではないだけマシか。
ウチの本店のほうに中国人バイトが一人いますが、確かに優秀です。なんの取り柄もないくせに、仕事を選り好みばかりしてる日本の若い連中なんかよりはるかに使える。(8巻 中原)
わたしが高校生の頃に就活した時、中国人の社員を褒めてた社長が本当にいたのは良い思い出。こと労働市場において、後進国・発展途上国の若者には敵わない。ハングリー精神が全然違う。
我々は、客が支払った代金分の商品とサービスを提供しているのだからフィフティフィフティ。感謝するもされるもない。ビジネスを通した対等な人間関係です。(9巻 芹沢)
「お客様は神様です」に対する反論。「お客様は神様です」という言葉は、客に自分の立場の強さを気づかせた上、インターネットというペンより強いものを得たことで、鬼に金棒となり、現在へ至る。
いいものなら売れるなどというナイーヴな考え方は捨てろ。(10巻 芹沢)
ラーメンだけが優れていても、それだけでは勝てない。
「ラーメン才遊記」は、現在連載中の「ラーメン再遊記」につながる。
最近の漫画は中古も大して安くないし、連載中であるので、久しぶりに新刊の漫画を買っても良いだろう。最新の都会のラーメン事情も知れそうである。