ハワイから大ちゃんの生き生きと楽しんでいる様子が色々と伝わってきていますね〜🌴
大ちゃん本人からのInstagramで私達の幸せな秋がスタートした気分です。
(私はこのInstagramの前に大ちゃんが配信してくれたライブは見られなかったですけど)
大ちゃんファンは各々色々な感想、思いを持ったと思いますが、
今回も大ちゃんからの“今”が、皆にそっと心に寄り添ってくれる一番なんじゃないかなと思いました。
その「アキレアの橋」
私は仕事だったので、後から観ました。
気になったので(笑)Twitter等での皆さんの意見はけっこう読んでから観ました。
この番組は観たことがなかったですが、前もっての番宣等で、アスリートをどういう観点で捉える番組なのかはなんとなく心得ていました。
なにせ番組の説明文が“報われた努力と同様に、報われなかった努力も映像化”でしたから。
なので、
辛い気持ちもするかもな、と思っていました。
ただ、個人的には
現役引退後の大ちゃんが、あのような時間を過ごして後スケートの競技会に関わるお仕事を引き受けた時に、大ちゃんは色々と想定されること全てに覚悟を決めたのだなと思ったので、
私も全てを受け入れる覚悟を決めたのでした。
あまりにも事実無根なこと以外は全てを。
それに、あれからずっと今に至り大ちゃんを見ていれば、大船に乗ったような気持ちでいられていますので!
きっと大丈夫だなと思いました。
そういう気持ちの土台を持って観た「アキレアの橋」はまあ、まあまあだったかなと思います。
光輝いたアスリートの陰にスポットを当てる番組なので、編集の方が“泣く”作りに寄せようとすると取捨選択がああなるという、典型的なTV屋の番組作りだと思いました。
(まあ、その取捨選択に反感を持った方が多いようなのですが)
大ちゃんがオファーを受けたという事こそが
私を真っ直ぐに番組に向かわせました。
結果的に、どんなことも全て受け入れようと思っていたのが、
今のキラキラとした瞳を持って穏やかな笑みで語る大ちゃんに
全てを受け取りたい!と思ったので。
良い番組だったと言えるのかなと。
何よりお相手が野村さんだったことが凄く良かったです。
リオデジャネイロオリンピックのお仕事をご一緒して得た二人の絆と空気が伝えたものも良かったですし、
柔道とフィギュアスケートという、一見景色も精神論的なものも真逆な認識を持っていた競技ですが、そこでずっと輝きを放ち愛されていた二人ならではの通じる部分が芯に流れているのを感じました。
氷艶やダンスを、
「見られるのが恥ずかしい、頑張っている姿を」
と大ちゃんが野村さんを招待しなかったというのがね、
“ああ、そこまでの関係を築けたんだな〜”
と私には感じられました。
野村さんとしても聞きづらい話もあったでしょうけれど、ちゃんと大ちゃんの色々なことを知った上で質問し、大切なことも伝えてくれましたね。
関西弁も交えて、とても穏やかでリラックスして大ちゃんが話せる空間にして下さいました。
辛い話もありましたが、
大ちゃんの言葉で聞けて良かったことが沢山ありました。
あれから、前に進んだ今の大ちゃんの言葉で。
冬の大地の男子フィギュアスケート界に春の予感を芽吹かせ、歴史の扉をことごとく開いていった大ちゃん。
可愛い大ちゃん、見たことがないシーンもあったのが嬉しかったです。
歌子先生との関係では、いつも思っていましたが大ちゃんなりにちゃんと反抗期ってのがあるようにしてくれたのも良かったなと思いました。
その上で、人として大切なことや、マナーについては煩く言って下さったからこその今ですからね。
いついかなる時も、うまくいかなかった試合の後も、常に真摯な態度で取材を受けてきた大ちゃんは本当に常に素敵でした。
(日経ビジネスAssocieの記事のことを思い浮かべました)
あの全日本のインタビューも。
辛かったけれど、最高に素敵な人でした。
ソチの選考基準については明確に基準があったので確実に高橋大輔でしたが、触れられませんでしたが(笑)
当時あの時、大ちゃんも選考基準のことを忘れていたと言っていましたね。
第一、大ちゃん基準的には「文句なしで」はなかったのですからね。
心がアスリート。
あのソチのビートルズメドレー
今、改めて大ちゃんから聞けた。
「一人で滑っている感じだった。
観客と自分の間にもう一つ見えない壁があるみたいな。
一人で演技してる、いるのは分かってる。
初めての不思議な感覚だった。
無心だったんでしょうね。
あれしなきゃ、これしなきゃじゃなくて、
誰かに動かされている感じ。
操り人形みたいに。
すっごい表現しにくいんですけど。
誰のためにやってるのかが、、自分のためでもないし、人のためでもないし、、って言うか。
見せるためでもないし。
なんか、淡々とやっているのかなっていう」
あの時の不思議な感覚、
大ちゃんの言葉を聞いて、
ああ、そのまま伝わってきていたなあ‥
と思いました。
大ちゃんのビートルズメドレーの時は、
試合なのに試合じゃないみたいな‥
本当に不思議な感覚でした。
美しくて、透明で。。
それはまさにあの時の大ちゃんの心持ちそのものだったのですね。
歌子先生を演技で泣かせることが出来なかったのが、
「金メダルとかより、そっちの方が心残りではあります」
これについては、、
これから先に、大ちゃんが幸せに生きる姿で泣かせて欲しいなと思います。
(あ、なかなか泣かない私のこともねっ(笑)
そして欠場した母国開催の世界選手権のこと。
あっこちゃんからのコメントがありました。
あっこちゃんに伝えた言葉は、大ちゃん自身への気持ちでもあったでしょうね。
でも、今思っても、出なくて良かったと思います。
もし出るとしたら‥ファンのためだけだと思いましたので、大ちゃんの身体と心の為にそれは望まないことでした。
ドクターストップして下さったドクターに感謝しています。
「あんまり人前に出たくなかった自分もいて」
という大ちゃんの言葉も、凄く真実だと思います。
私はただただ大ちゃんが大事なので、出ない方がいいと思ったのですけれども、
大ちゃんはオリンピックで
「アスリートとしては終わってたんだろうなって帰ってきてまた思ったのかもしれないですね」
「だって戦えてなかったって」‥というのはね、
なんだか胸にきました。
「観客との間に何か一枚あるなんて今までなかったですし、
良くも悪くも絶対繋がっていたとは思うし、
そういったもので、もうアスリートでないなっていう、現役ではないなっていう感じが、
今思えばあったので。
ドクターストップの言葉に逃げてしまったのかもしれないですね」
ずっと戦ってきたアスリートの言葉だと私は思う。
そして、もうアスリートではないなと思う理由の視点が大ちゃんだなと思って。
あっこちゃんからのコメントは、心から大ちゃんに感謝し、大ちゃんのことを思っている言葉でした。
「もっとスケートの神様が彼に見方してくれてもいいのに」
ってのは、、あっこちゃんの気持ちは分かるしよく使われる表現なのですが、
人生なので、神という概念をもって語っては駄目なんだと、私個人的には思いました。
それに本当にもし何か運命の采配があったとしたなら、彼のスケート人生にピリオドを打たせないための向きだったのではないかなと思えて。
「最後の締めくくりだけ中途半端になってしまった後悔はやっぱりありますね、無いとは言えないですね」
「でも今はその中途半端にやめたことが何か意味があるかもしれないって思って過ごしていますね」
その意味を一つ一つ、
既に大ちゃんは見せてくれていると思います。
今年だけでも、氷艶、LOTF、
今のKissing youだって、思い出のマーニーだってそう。
そしてこれから、もっともっと、
沢山のことに繋がっていく。
カンパニーの目標が輪郭を持ってきたことも。
アスリートの引退って、
トップであればトップであるほど、
それは難しく、
ただすんなりとは終われないのではないかなと思います。
野村さんも、真央ちゃんも‥そうだと思います。
そしてフィギュアスケートについて。
「そこしかないと思っています」
「携わっていく上で、これだけ(スケーターの)名前が出てくるって時代になったのも、
ちっちゃい時には考えられなかったと思うんですけど、
その中で、色んな方向性で人との関わりを作っていけば、将来的にフィギュアスケートの、
現役だけではなく、現役を引退した人の裾野も広がっていくのかなって思うんで」
これまでも、これからも
ずっとスケート界全体のことを見て考えてきた人の言葉ですね。
自分だけでなく、全体を見てきた人の言葉。
今、ダンスや歌舞伎と関わりを持つことも、
自分の将来のみならず、
それが後輩や、これからのスケート界の為になると考えてこその活動であり挑戦なのですね。
締めくくりも最高に素敵でした。
「スケート人生を振り返って、どんな人生でした?」
野村さんからの問いに、
「運に恵まれてたな、それだけですね」
って!!
最後の最後まで。
自分を真っ直ぐ見つめ、
スケート界を切り開き、
花咲かせ、
種を撒き。
常に奢ることなく、謙虚に、
怪我を言い訳にせず、
どんな時も真摯に誠実に。
全て最終的には自分の努力だったのに、
運に恵まれてた、それだけ、って。
”道を切り開いてきた男は、その道を継ぐ後輩達に一体何を残したのか”というナレーションがありましたが、
それはあまりにも大きく計り知れない。
その道しるべとなり、
その開いた道、撒いた種が花開くのも、
見守っていくのでしょうね。
スケートを始めた時から
家族や地域の人の支えが自然とあり、
「なんかやってあげたいって思う魅力のある子どもやったんかな?」
に“自分では言えないですけど”って答えていましたが(笑)
大きくなってからチーム高橋でも、
健やかな時も、そうでなくて大ちゃんが自分にキレて大根切ったり、何か投げたりしても、
大ちゃんを支えたいという気持ちで皆が揺るがなかった。
この番組を観て、
結局最後は“人”だなって思いました。
最後は“人徳”
どんな時も大ちゃんには変わらない人徳があったから今があるのだな〜って。
賛否両論ある番組だったけれど、
そこは伝わったかなと思って。
だから良い番組だったと言えるのです。
何より今の大ちゃんが
キラキラとした力強い瞳で、
穏やかな笑みを浮かべていたから。
これからも、大ちゃんと共に前を見て、
フィギュアスケート界を見て行こうと
改めて思いに決意をしました。
そしてこの番組に対しても、
何か他の様々なことに対しても、
色々な意見や考え方があるのも当たり前で、
各々でいいんじゃないかな〜??と思いました。
皆それぞれの感性で、自分は自分で。
そこにあるのはみんな愛だといつも感じるし。
大ちゃんのスケートを、
“それぞれが感じるままにって”
いつも大ちゃんが
届けてくれるように。






















































































が超来ました。

大ちゃんの裸体っ
)














































