おはようございます。


自分自身を常にスピリチュアルな


意識に置いて、


気付きをそのまま書き込むことが、


本当に効果があることが分かってます。


気付きというのは


気付いたその数分後には


忘れてしまうもの。


ですから、スピリチュアルな


気付きがあったらとにかく書き込む。


それを続けることが本当に有益なんです。



全ては自分の意識の中の出来事で


全ての現実は意識が作り出す認識です。


その認識を現実だと感じているだけ。


どこにも絶対的な現実など存在しない。


現実だと思わせるのはエゴの働き。


実は何も問題など存在しない。


意識がそれを問題だとランク付けしている。


物事を分けるのはエゴの得意技。


思考も意識も世界も宇宙も全て区別なくエゴです。


なぜなら、


本来はそれらの区別はない。


全ては自分の意識の中で作られた概念。


この世界の本質は自分の意識。


では、この世界には自分しか存在しないのか?


あるいは他人も存在し、


それぞれの意識がそれぞれの


現実を作り出しているのか?


さて、ここで分岐点に


なりましたね。


でも、その答えはそもそも無いのです。


分けることが既にエゴですから。


何かを分けようとする。


何かを何かと区別する。


それこそがエゴの働き。



人間生活では物事に名前を付けて概念を振り分けようします。


勿論、その方が便利だから


ただ物事に区別など無い。


区別をすることで良し悪しの概念が生まれるのです。


快、不快の概念が生まれます。


それらも全てエゴの働き。


そう考えると自分の内側も外側も区別だらけ。


つまり、全てはエゴだらけ。


区別すること、分岐すること、それらはエゴです。


何故ならこの世界は


意識の中にひとつだけ


存在して分ける事など出来ないのです。


分けるという行為は人間特有の名前付けでしかない。


それぞれに名前を付けて


その特性に優劣を付けている


それだけの事。


実際にそれらの物事に


最初から名前が有るはずはないのです。


それは人間が勝手に付けた名札に過ぎない。


物だけでなく


楽しい、苦しい、快、不快


その他の概念もただの人間の付けたレッテルに過ぎません。


ただそこに意識の状態があった。それだけ。


分けることにより世界は


成り立っている。


それは既にエゴの成し得ること。


自分と他の区別など要らない。


全てはひとつです。


それを実感した時、完全なる愛に満ちた


本来の自分を感じることが


出来るのではないでしょうか。


思うがままに書いてみました。



ここまで読んで頂き


ありがとうございます。


では、またです。🤔🤔🤔