読書ってしてます?
ども。ダイスケです。
実はDef.の2人はけっこう読書家です。
テクニック系の技術解説本より、活字がメインの本が多い。
ジャンルは多岐にわたります。
本て、値段の割に自分の幅を広げくれますから。
だって著者が調べたり体験したりしたこと
かなりの量や質が詰まっていて1000円~2000円程度。
(もちろん駄作もありますが)それはそれは安いでしょう。
それと、空いた時間に吸収できる情報媒体であること。
ネットやるのにもパソコンが要る。
さらにバッテリーが無ければコンセントが要る。
その点、読書は
場所もスペースも余計なことを一切気にせず
あの小さな本さえ持ち歩けば、それでOK。
電源のON、OFFも無し。
本棚がいっぱいになるにつれ
だんだん本の選別も目が肥えてきました。
立ち読みでぱらぱらめくって
文脈を見て良し悪しが見て取れる。
良いこと書いてありそうなのに、文章が残念だなぁ
って思うこともしばしば。
ま、自分のこと棚に上げてますけどね。
でも活字読んでわかったこと。
・理論的で因果と順序をおさえた思考の習慣がつく。
・文章を書くのが好きになる。
・言葉の重要性にあらためて気付く。
もっともっとあると思いますが
このあたりが重要かなって感じです。
ぜひ空いた時間(5分でも!)に読書をしてみてくださいませ。
ほんとに変わりますよ。思考も行動も。
handkercheif
毎度です。HIROです。
息子が、風邪をひいて鼻水垂らしてます。
鼻をかむのって勿論、ティッシュですよね。
しかしながら、お国も違えば、鼻かみはハンカチーフなんて光景見たことありませんか?
実際ではなくとも、映画なんかでも。
ハンカチーフで、鼻をかめる根拠はいったい何処にあるんでしょうか?
ちょっと、調べてみました。
handkerchiefという英語が、はじめて使われたのは、1530年。
hand「手」 ker「包む」 cheif「頭」
つまり「手で持ち歩く、頭を包む布」。
頭を包む布????
こんな説を見つけました。
騎士道華やかだった時代に、地位の高い女性が男性に恋心をほのめかす時に四角い布を手渡し、受け取った男性は、これを兜(かぶと)の中にしまい込むという習慣があった。
これが、「頭を包む布」カチーフであり、やがてこれを手に持つことが貴婦人のファッショナブルなエチケットになっていった............................と。
しかし、そんなロマンチックな小道具もすぐに、「目や顔や鼻をぬぐうもの」をいう実用性をそなえていく。
食事のときに手や口をふくナプキンと形状が似ていた為、汚れの始末に使われるようになり、ナプキンとすみ分けに、ハンカチーフは手と口以外の汚れを担当するようになったのではないでしょうか。
いずれにせよ、貴族の持ち物であった。。
フランス革命の時には、鼻をかむときに指(!)ではなく、ハンカチーフを使うと貴族だとばれて、断頭台に送られる危険があったという。
その時代、ハンカチーフでの鼻かみ行為は命がけだったのです。
かつては、貴族の命がけの行為だったからこそ、今でもヨーロッパ人は誇らしげにハンカチーフで鼻をかめるわけ。
みんなが、みんなではないですがね。
ロマンチックな小道具としての性格と実用性をあわせもつところに、ハンカチーフの妙味を感じさせられますね。
Def.でも作っちゃおうかな?
勿論、ロマンチック路線で(笑)
まさかこんなことになろうとは…
ダイスケです。
今日も帰ってきて飯食ったらこんな時間 (u_u)
昨日のアイヌの伝承話の講演会については
ヒロさんが書いてくれていたので、詳しい内容は端折りますが。
俺なりの見解を少し。
Def.は北海道の素材や風土が好きで、それにこだわって
服づくりを突き詰めていくことは間違いありません。
しかしながら、講演会を聞き終えた今は
俺たちが簡単に歴史を簡単に取り入れたり
取り上げたりすることはかなり危険だなと感じました。
歴史や伝承話の真実味に疑問を感じたからです。
俺らはそもそも、北海道の歴史をことこまかに調べ伝える伝承者ではなく
生きた素材や土地の価値を品質に練りこんでカタチにする作り手です。
今回のことで歴史に対し多少、安易に構えていた自分たちに反省しつつ
逆に教えられたような気がします。
追うものを間違えるな、と。
結構いい加減なもんです。歴史ってのも。
事実というのは時間とともにいろいろな形に姿を変えますね。
伝えているのが感情を持った人間であるゆえ、仕方のないことなのかもしれませんが・・・
それ以上でもそれ以下でもないこと
というのを
しっかりした自分たちの目、価値観で見極めていかなくては。
情報の危うさ。真実の尊さ。
とてもいい勉強になりました。
だからこそ面白くなってきましたよ。
本物を知りたい気持ちも湧いてきました。
昔、中学校のときの社会科の先生が面白いことを言っていたんです。
「事実はたくさんある。しかし、真実はひとつしかない。」
当時も感銘を受けましたが、今聞いても良い言葉ですねぇ。
何があったかという歴史を探るのも知るのも
大事なことだとは思いますが
その背景、つまりそのときの真実を知ったときに
作り手として、もっと成長できるのかもしれません。
いやはや、大雨のなか行った甲斐がありました。
逆に自分たちのやるべきことがまた鮮明になった気が。
良い意味で絞られてきたというべきかな。
今は過去をさかのぼってどうこうするより
目に見える、感じる素晴らしさを伝えていかなきゃ。
アイヌの伝統文様、きれいですね。
そのまま受け継いでしまったら、俺らは伝承者。
だけど
俺たちはDef.なわけで。
この土地の風土を
オリジナルにアレンジして新しいものを生み出したいので
俺ららしくDef.デザインに織り込んでいかないと。
そのためには真実を見つけないと。
温故知新
そして
初志貫徹。
イェイ。
そうそう
近々新商品アップしますんでお楽しみに☆