宇宙人は操縦席に座って外を見張っていました。すると、まぶしく太陽光線を反射して凄く早いものが飛んできました。はじめは鳥かなと思いましたが、鳥にしては早すぎるし、
きらきらと輝きすぎます。
そうです。まなぶくんのロボットが一番に追い着いたのです。
「これが子供達の言っていたロボットという奴だな。」
そして宇宙人はけけけっと笑いました。
「少しぐらい早くったって、あんなに目立ったんでは撃ち落としてくださいと言ってるようなもんだ。」
宇宙人はレーザー光線の照準を取り出して、ロボットに狙いを付けました。まなぶくんのロボットはマッハ1で飛んでいるので狙いはなかなか定まりませんでしたが、ぴゅんぴゅんと何発か撃っている内に一発がロボットの翼を撃ち抜いてしまいました。
『しまった。』
まなぶくんのロボットはゆらゆら揺らめいて、紫色の煙を吹いて落ちていってしまいました。宇宙人はむひひひひと笑って落ちていくロボットを見送りました。
まなぶくんのロボットを見送っていたのは宇宙人だけではありませんでした。けんたくんのロボットとちびすけの二人は、宇宙人がレーザー光線を一生懸命撃っている間にまんまと円盤のおなかに取り付いていたのです。
『彼は大丈夫かな。』
ちびすけはけんたくんのロボットの首根っ子にしがみついて、雲の海に沈んでいくまなぶくんのロボットを心配そうに見送りました。
『目立ちすぎるからいけないんだ。』
『そんなことないよ。彼のお陰で僕らは無事に円盤まで来れたんだから。』
二人は円盤にぶら下がったまま入り口を捜しました。そして円盤のおなかの真ん中にカメラのシャッターのような渦巻きを見つけました。
『壊して中に入ろう。』
『そんなことしたら見つかっちゃうよ。』
ちびすけは鍵かスイッチを求めて穴の周りをちょこまか捜し回りました。けんたくんのロボットが苛立って、もう待てないぞといって穴のすき間に指を入れた時、ちびすけは小さな小さなふたを見つけました。蓋を開けるともっと小さなボタンが二つありました。
ちびすけが赤い方のボタンを押すと、入り口はするすると音もなく開きました。
ちびすけとけんたくんのロボットはこっそり中に入りました。円盤の中は細くて低くて狭い通路になっていました。ちびすけはなんでもありませんでしたが、けんたくんのロボットはとても窮屈そうでした。
『たかしくんたちはどこにいるんだろう』
『円盤の真ん中。この上の方だ。』
けんたくんのロボットは自信たっぷりに言いました。
『おまえにはレーダーも付いていないのか。』
『レーダーって、なに。』
『私の体の中には、いつでもご主人様の居場所が分かる装置が付いているのだ。』
『それは便利だね。』
ちびすけはレーダーだけは欲しいと思いました。あとでおとうさんにお願いしようと心に決めました。
ちびすけとけんたくんのロボットはぐるぐる周りの細い廊下を登って行きました。廊下はどんどん細くなり、もう少しでたどり着くという所で肩がつっかえてしまいました。
けんたくんのロボットはうんうんうなって壁に引っ掛かった肩を抜こうとしましたが、もがけばもがくほどいろんな所が引っ掛かり、ついにとっても不思議な格好で身動きが出来なくなってしまいました。
『どうしよう。』
ちびすけはおろおろしました。
『もし、凄く強い宇宙人が出てきたら、僕ではどうしようもないよ。』
けんたくんのロボットは不思議なかっこうのまま胸を張って、今やそれしか動かない右手を振り回しました。
『手ごわい奴が出てきたらここまで逃げてこい。私が右手一本でやっつけてやる。』
『うん、わかったよ。出来れば帰ってくるまでに動けるようになっていてね。』
ちびすけは元気よく駆け出しました。
そこからほんの少し行ったところで廊下は行き止まりになり、正面にドアがありました。
ドアはちょうどちびすけが通れるくらいの大きさしかありませんでした。
ちびすけには力任せにドアをこじ開けるなんて出来ないので、一生懸命あたりを捜しました。けれどもどんなに一生懸命さがしても、扉を開けるスイッチは見つかりませんでした。
『どうしよう。どうしたらいいんだろう』
ちびすけが見つけたのは、壁のすみっこの継ぎ目だけでした。そこは修理をするときの蓋のようでした。そこはねじで留めてあって、なんとなくあきそうなのはそこしかありませんでした。
ちびすけは蓋をこじ開けようとしてみました。でも、簡単にはあきません。ドライバーかペンチか、なにかそういう道具を持っていればあくかも知れません。
ちびすけは悩みました。そして、ひらめきました。
ちびすけは自分の左腕の甲をいじり回しました。そこは甘くねじ留めがしてあるだけで簡単に外れました。おとうさんは左腕を先に作ったので、こっちの方が出来が悪くてはずしやすかったのです。
ちびすけはドライバーの代わりになるようなものを捜しました。そして、手首を動かすための少し大きめの歯車をはずしました。
ロボットでも体の中をいじると痛いようなくすぐったいような感触がします。ちびすけは目をつぶって我慢しました。
ちびすけの左の手はぶらぶらになってしまいましたが、右手に硬貨ぐらいの大きさの歯車を持つことが出来ました。ちびすけはそれを慎重に壁のすき間に押し込んで、えいとひねって蓋をこじ開けました。
ちびすけが思ったとおり、そこには電線がいっぱい通っていました。ちびすけは扉をしめている電線を捜しました。ロボットは産まれたときからなんとなく電気のことを知っています。宇宙船もロボットも兄弟みたいなものだからです。
ちびすけは線を二本選んで引っ張り出し、右手と口でそれをちぎりました。かこんという音がしました。扉は開きませんでしたが、ちびすけが押すと扉はふんにゃりと開きました。
中にはたかしくんがいました。けんたくんも、まなぶくんもいました。みんな目を真っ赤にしていましたが、元気そうでした。
『たかしくん。』
「ちびすけ」
二人は鉄格子越しに抱きあいました。
『のんびりしてはいられないね。』
ちびすけは牢屋を開けるスイッチを捜しました。
「ちぇ。僕のロボットだったらこんな牢屋、飴みたいに曲げちゃうのにな。」
けんたくんははれぼったい目をこすりながらそういいました。
「僕のロボットだったらレーザー光線で焼き切っちゃうのにな。」
まなぶくんは鼻をぐすぐすしながらそういいました。
『みんなすぐそこまで来ています。僕は小さくて身が軽いから代表でここまできただけですから。』
牢屋のスイッチはすぐに見つかりました。牢屋の鉄格子が開くと、三人は我先にと牢屋を飛び出しました。
「捕まりっぱなしじゃかっこ悪いな。」
「そうだ、宇宙船を壊しちゃおうよ。」
元気になった三人は手分けをして、宇宙船の開けられるところを全部開けて、線を切ったり、部品を抜いたりしました。
「この部品はとっても奇麗だから、もらっていっちゃおう。」
それは掌くらいの大きさの透明の部品で、中に七色の光が散らばっていました。たかしくんはその部品をポケットに入れました。
その間にちびすけはけんたくんのロボットの所に戻って、壁から抜ける手伝いをしました。
あっちこっちを壊して回ったので、宇宙船は変な音を出し始めました。ふらふらしてじっと立っているのが難しくなってきました。
「そろそろ戻ろうよ。」
たかしくんがそう言い、けんたくんとまなぶくんはうんとうなづきました。
宇宙人は空飛ぶ円盤がおかしいことにやっと気がつきました。子供を誘拐して、追ってきたロボットを撃ち落として、すっかりいい気になった宇宙人は、一息入れてうつらうつらしていたのです。
宇宙人は操縦席に戻り、船内の様子を調べました。原因はすぐにわかりました。子供を閉じ込めておいたあたりの部品が次々に壊れていたのです。
宇宙人は大慌てで廊下を走っていきましたが、すぐに立ち止まってしまいました。廊下にはけんたくんのロボットがはさまっていたからです。
「なんだこれは!」
宇宙人は廊下いっぱいに引っ掛かった得体の知れないものを見てびっくりしました。
「貴様が悪い宇宙人だな。私が成敗してやる。さぁかかってこい!」
わけの分からないものが声を出したものですから、臆病な宇宙人は腰を抜かしてその場にへたりこんでしまいました。
けんたくんのロボットはただひとつ自由になる右腕をぶんぶん振り回して宇宙人を威嚇
しました。宇宙人は腕が伸びるたびに首をすくめておののきました。しかし、首も動かせないけんたくんのロボットは、あてずっぽうに手を振り回していただけだったのです。
びくびくしていた宇宙人も、やがてそのことに気がつくと、途端に威勢がよくなりました。
「おまえはロボットだな。子供達を助けに来てつっかかるとは間抜けなやつめ。」
宇宙人はお得意の気持ち悪い笑い声を上げて破壊光線銃を抜きました。
『そんなものでは私の鋼鉄の体に傷も付けられんわ。』
けんたくんのロボットは自信を持ってそういいました。しかし、内心びくびくだったのです。
宇宙人の反対側にいたちびすけは何が起こっているのかわかりません。とにかくけんたくんのロボットを動かそうと必死だったのです。しかし、ものすごい怪力で無理やり捻りこんでしまったものですから、ちびすけの力では押しても引いてもびくともしませんでした。
『思いっきりぶつかるからね、痛くてもごめんね。』
ちびすけはうんと下がってから、全力で走ってけんたくんのロボットに体当たりしました。丁度その時、空飛ぶ円盤が大きく傾きました。
うまい具合にタイミングが重なり、けんたくんのロボットは壁からすっぽり抜けました。運が悪かったのは宇宙人でした。破壊光線銃を構えて、まさに引き金を引こうとした瞬間に、足元がふらつき、しかも壁から抜けたけんたくんのロボットに踏み潰されてしまったのですから。
『ありがとう、ちびすけ。』
けんたくんのロボットははにかんでそういいました。
『お陰でご主人様にみっともない恰好を見られずにすんだよ。』
『さぁ、早く外へでようよ。空を飛べるのは君しかいないんだから。』
そこにたかしくん達がやってきました。
「やっぱり宇宙人をやっつけたのは僕のロボットだ。」
けんたくんは得意顔です。みんなは廊下を駆け足で戻っていきました。
けんたくんのロボットは右手にけんたくんを、左手にまなぶくんを抱え、背中にたかしくんを乗せました。ちびすけは右足にしがみつきます。
『ちびすけ、大丈夫か。』
『僕は大丈夫さ。』
けんたくんのロボットはロケットを噴射させて円盤から飛び出しました。空飛ぶ円盤はふらふら高度を下げていき、遠くに見える山の麓に墜落してしまいました。
「危ないところだったね。」
「早く家に帰ろう。」
「うん。早くしてくれないと、おっこっちゃいそうだよ。」
「せっかく助かったのに、落ちちゃったらかっこ悪いよね。」
みんなははははと笑いました。けんたくんのロボットもはははと笑いました。
でも、ちびすけだけは笑いませんでした。笑えなかったのです。ちびすけはみんなを助けるときに腕の部品を使ってしまって、力が入らなかったのです。
ちびすけは一生懸命がんばって、けんたくんのロボットの足にぶら下がっていましたが、とうとうこらえきれなくなって、手を離してしまいました。
「ちびすけ!」
たかしくんは叫びました。けんたくんもまなぶくんも息を飲みました。ちびすけはみるみる小さくなって、雲の間に消えてしまいました。
「僕らを助けてくれたのに、こんなところで・・・」
たかしくんは今日初めて涙を流しました。涙は頬を伝わってぼろぼろこぼれていきました。大粒の涙はちびすけが落ちていったのと同じ軌跡をたどって落ちていきました。
「僕のロボットだ。僕のロボットだ!」
鋼鉄の腕に抱えられたまなぶくんが足をばたばたさせて指差しました。たかしくんは涙でかすんだ目をこすって指先を見ました。
雲のきれ間にきらりと光るものがありました。それは美しく輝きながら近付いて来ました。でも、たかしくんの目をくぎ付けにしたのは金色に光り輝く姿ではなく、その上に乗った、光りも輝きもしないブリキ色のかたまりでした。
ちびすけは元気に手を振っていました。まなぶくんのロボットは翼を焦がしていたけれど、しっかり飛んでいました。
『ご主人様しか乗せたことがないのだ。今回は特別だぞ。』
『ありがとう。』
『翼が直ったらまた乗せてやる。マッハの世界を教えてやろう。』
公園ではおとうさん達、おかあさん達が集まって、空飛ぶ円盤が消えていった空を見上げていました。
「ちびすけ達が助けに行ったのなら大丈夫ですよ。きっと戻ってきます。」
たかしくんのおとうさんはそういってみんなを元気付けていました。
空が朱色に染まり太陽が西に沈む頃、うろこ雲の彼方に小さな影が見えました。たかしくんとちびすけ達です。待っていたおとうさん達は手を取り合って喜びました。心配して集まってくれた友達も、学校の先生も、近所のおばさんも、みんな肩を抱きあって喜びました。
たかしくん達はみんなに空飛ぶ円盤での出来事を話しました。みんなは三人のロボットの活躍を聞いて感心しました。
「ロボットってのは偉いもんなんだなぁ。」
みんな口々に三人のロボットをほめたたえました。
『私達の行動は賞賛に値しません。やれることをやっただけですから。』
けんたくんのロボットは謙虚にそういいました。
『今回はちびすけを褒めてやってください。』
まなぶくんのロボットも言いました。
『僕はなんにも出来なかったんです。空飛ぶ円盤にたどり着いたのも、宇宙人をやっつけたのも僕の力じゃ出来なかったんですから。』
「やれることをやるのは簡単だ。やれないことをやろうとする心を”勇気”と言うんだよ。』
おとうさんはちびすけの頭を撫でました。
「おとうさん。僕、空飛ぶ円盤から部品を持ってきちゃったんだけど。」
たかしくんはおとうさんに奇麗な部品をみせました。
「これをちびすけの胸に付けて上げてよ。今日の大活躍の記念の勲章にするんだ。」
「それはいい。」
みんなちびすけに拍手を送りました。ちびすけはすごく照れましたが、とても嬉しい気持ちでした。ちびでもブリキ色でも人の役にたてるのだと分かったのが嬉しかったのです。 ちびすけの胸には今でも七色の勲章が付いています。もう誰もちびすけをばかにする者はいません。ちびすけの勲章はロケットも、レーダーも、一万馬力も付いていないけれども、そのどれよりもすばらしい勇気が備わっているという証明なのですから。
**************************************
あれ、これよくない?
どうよ?