感動のデザート♪
粽(ちまき)
厄除けの粽(ちまき)です。
<DCVS.227>の
には、毎年、祇園祭の粽を付けます。
今年は、2年続けて『くじ1番』の『郭巨山』の粽です。
厄除け+金運を招く、、、とあって、かなり派手![]()
この粽は食べられません。
素戔嗚尊(スサノオノミコト)=牛頭天皇(ゴズテンノウ) が、蘇民将来(ソミンショウライ) に授けた厄病除けのお守りがその起源です。
厄病神が入ってこないように、家の玄関に掛けておきます。
元々は粽の形ではなく、茅(かや)を巻いたものでした。
つまり、、、茅巻き→ちまき→粽、、、になったとさ![]()
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それの
でっかい
のが、祇園祭の期間、八坂神社の中にある 『疫神社』にあった茅の輪(ちのわ)です。
7月31日、祇園祭の終わりとともに、この茅の輪も取り払われました。
厄除け粽の効果は、1年、、、来年の祇園祭まで。
毎年、新しいのと取り替えます。
祇園祭・還幸祭・久世駒形稚児
7月24日は還幸祭。
3基の神輿が御旅所から出て、氏子の地域を巡り、八坂神社に還ります。
そのうち 『中御座(スサノオノミコト)』は、 『久世駒形稚児(ゴズテンノウ)』 と共に 『神泉苑』 に向かいます。
神泉苑で、この二体の神様を祀り、疫病退散を願います。
これこそが八坂神社の行う、神事・祇園祀り。
この神事と、町衆の行う山鉾巡行とで 『祇園祭』が成り立っています。
17日神幸祭から 24日還幸祭までの7日間、牛頭天皇の御霊(ご神体)は、錦天満宮に祀られていました。
4時、御霊(木彫りの馬の頭)を胸に着けたお稚児さんが姿を見せられました。
神幸祭は双子の弟さん、還幸祭はお兄さんが、神様としての大役を果たします。
なんて可愛いのでしょう![]()
こんなに小さな子供さんが、5時間近くも白馬に乗るのですよ。
白馬が迎えに来るのを待ちます、、、
シャッター音にも慣れて、ちょっと気分が解れて、リラックスな表情の神様。
観光客や錦神輿会の皆さんが沢山いて、お迎えの白馬が、、、来ない
、、、ので、、、剛力さんの肩に担がれて、白馬の待機する近くの公園まで向かいます。
お稚児さんは神様(牛頭天皇)ですから、地に足を着けることはありません。
公園には、中御座を担ぐ三若神輿会の皆さんが集合しています。
ここから御旅所に向かいます。
お稚児さんが白馬に乗られました。
出発です![]()
『国中神社』 の提灯を掲げた行列は、寺町通りから四条へ、、、
御旅所に向かいます。
お稚児さんは、御旅所でも、止まったり下馬することはありません。
だって、祇園祭で一番偉い方なのですから![]()
こんなことも、、、![]()
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このあと 『中御座』 が通りますから、踏んづけないよう、ちゃんと始末を、、、
お稚児さんの 『国中神社』行列と共に、八坂神社の行列も。
この輿には、八坂神社の宮司さんが。
寺町通り→高辻通り→烏丸通り→四条通り→大宮通り→神泉苑へ、、、
行列の 約30分後、中御座が同じコースを通ります。
鳳凰の口には稲の束が、、、カモネギではありません。
私のお稚児さんの追っかけ
は、ここ(四条・西洞院)で終了、、、
もう、めちゃくちゃ疲れました![]()
行列と神輿は、神泉苑でのお祭りの後、三条大宮公園辺りで休憩、、、
早朝から、男性のみで弁当打ちされたものです。
担ぎ手さん一人に付き
2個。
これを食べると、安産のお守りになると云われています。
お腹の大きい女性は、頼まめば、2個のうち 1個を貰えると思いますよ。
17日は、木屋町二条・7時頃~、、、24日は、三条大宮・7時頃~、、、で。
休憩 の後、、、三条通り→寺町通り→四条通り→八坂神社に還ります。
詳しいコースは、毎年、事前に京都新聞に広告掲載されます。
7月31日、八坂神社内の 『疫神社』 の 『茅の輪』 をくぐって(疫神社夏越祭)、一か月にわたって行われた 『祇園祭』 が幕を閉じます。
八坂神社西門(バス停祇園石段下)を入ると正面にあるのが、疫神社。
あ~ぁ、、、長かった![]()
最後まで読んでいただいて、お疲れ様でした![]()
祇園祭はかなり複雑ですから、読めば読むほど理解に苦しむ
、、、ようです。
多分、ブログは来年に続きます、、、![]()
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錦天満宮
寺町・錦小路から京極を見ると、、、鳥居の先が家に突き刺さって、、、![]()
これは、錦天満宮の鳥居、、、何で、こんな風になったのか![]()
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なんでも、この土地の持ち主が家を建てる時、鳥居を取り除くのが面倒だったので、家に取り込んだらしい。
家の内側から見ると、鳥居の先がヌウーと出ています。
、、、以上、何年か前に見た TV 番組からの情報、、、
天満宮というと、受験の絵馬でお馴染みの北野神社と同じ。
菅原道真を祀る天満宮は、全国に 八千社以上あるそうです。
数ある神社の中でも、一番多いのが天満宮です。
因みに、八坂神社は、全国に 五千社あまりだそうです。
17日、『久世のお稚児さん=牛頭天皇』 は御旅所を通過して錦天満宮に入られました。
天満宮の牛
と絡めてかどうかは知りませんが、『久世のお稚児さん』 が胸に
着けていた『牛頭天皇』 の御霊は、ここ錦天満宮に預けられているようです。
ということは、24日還幸祭には、『お稚児さん=牛頭天皇』 は錦天満宮から御旅所に向かわれる、、、![]()
真近でお稚児さんを見られるチャンス
ですね。
還幸祭は、双子のお兄ちゃんの方がお役を務めます。
祇園祭・3基の神輿のお話
神幸祭が終わり、24日還幸祭までの7日間、、、御旅所に置かれている3基の神輿です。
左から、、、西御座、、、中御座、、、東御座、、、といいます。
八坂神社・拝殿(南向き)に置かれている方角で、西・中・東、、、と呼ばれます。
御旅所は北向きなので、東西が反対になり、東側に 『西御座』 西側に 『東御座』 が置かれています。
それぞれの神輿には、八坂神社に祀られている神様方が載っています。
★『中御座』、、、スサノオノミコト、、、天照大神の弟で、地上を治める神様。
ヤマタノオロチを退治した武勇伝は、有名ですね。
大蛇(オロチ)の生贄になろうとしている村の娘を助けました。
娘を櫛の形に変え、それを頭にさしてオロチ退治をしました。
それ故に、娘は 『クシナダヒメ』 と呼ばれます。
二人は結婚
して夫婦になりました。
神輿の屋根の形は六角。屋根のトップには鳳凰が飾られています。
神輿が出る時には、その口に朝刈りの稲の束を咥えます。
17日の時は稲はまだ短く、24日になると長く成長し籾も成っています。
熱冷ましの効果があるそうです。
★『東御座』、、、クシナダヒメ、、、スサノオノミコトの奥様。
屋根の形は四角。トップの飾りは烏帽子。
★『西御座』、、、ヤハシラノミコト(8人の子供たち)
これについては、錦振興会の方にお聴きください。
詳しくは知らなくって
、、、ごめんなさい![]()
屋根の形は8画。トップには鳳凰が。
中御座と同じく、神輿が出る時には、口に稲を咥えます。
巷では、お妾さんが載っていると云われる事がありますが、それは違います![]()
多分、花街・祇園町が近いので、その様な話が生まれたのではないかしら、、、
ただし、スサノオには愛人
がいた
というゴシップがあります![]()
オロチ退治をして結婚の後、妻である姫を村に残して、更に他国を廻りました。
そこで愛人
を作り、、、数年間、村に帰りませんでした。
その間、クシナダ姫はさびしい日々
を送っていました。
しかし、スサノオは猛反省をして村に戻り、その後は仲睦まじく
8人の子を。
英雄、色を好む、、、って云うけど、、、スサノオは、その元祖・英雄かもね![]()
<こぼれ話>、、、オロチ退治でその尾を切ると、中から立派な剣が出てきました。
その剣はスサノオから数代あとの 『ヤマトタケルノミコト』 に受け継がれました。
ヤマトタケルが野原で焼打ちにあった時、その剣で自分の周りの草をなぎ倒し、焼け死ぬのを免れました。
それ故に、その剣を 『草なぎの剣』 と云います。
クシナダヒメ 、、、クサナギノツルギ 、、、なんという後付けの命名![]()
まぁ、、、日本最古の書物 『古事記』の前半に書かれているのですから、素朴な時代を感じますね。
『古事記』 って難苦しそうだけど、中学生向きに書かれているのだったら、漫画を見ているみたいで楽しいですよ![]()
スサノオノミコト って、どんな神様
興味を持つのも良いかも、、、
祇園祭・御旅所・三基の神輿
17日夜9時ごろ、『牛頭天皇』(疫病の神様)のご神体を胸に着けた 『久世のお稚児さん』 の行列(八坂神社の宮司さんも一緒)に続き、三基の神輿が御旅所にやって来ました。
神様の真ん前で客待ちするタクシー、、、ありえない
罰当たりー![]()
これらの御霊は、17日夕方までは八坂神社にあります。
今は、神輿で御旅所まで来られているのです。
これから、24日夕方からはじまる 還幸祭 までの7日間、神様方は、この御旅所に滞在されます。
ここで、チェック
その1![]()
この7日間は、八坂神社には神様はいらっしゃいません。お留守で~す![]()
従って、お参りは神社ではなく、御旅所で
お賽銭![]()
をあげてくださいね。
チェック
その2![]()
東側に置かれているのに 『西御座』
西側に置かれているのに 『東御座』![]()
何だか、納得がいきません、、、
『中御座』 には、素戔嗚尊(スサノオノミコト)の御霊、、、
『東御座』 には、スサノオノ の奥様の クシナダヒメ の御霊、、、
『西御座』 には、ヤハシラノミコト(8人の子供たち)、、、が祀られています。
神輿の置かれる位置は、常に スサノオノミコト が真ん中。
クシナダヒメ は、常に スサノオ の左手に、、、
ヤハシラノミコト は、常に スサノオ の右手に置かれます。
神社では、拝殿に置かれていました。拝殿は、南向き
に造られています。
スサノオ を間にして、ヤハシラノミコト は西側
に、クシナダヒメ は東側
に置かれています。
そこから、『東御座』 『中御座』 『西御座』、、、と呼ばれるのです。
ところが、、、御旅所は北向け
に造られています。
従って、東西の位置関係と神輿の呼び名が反対になるのですねぇ、、、残念![]()
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チェック
+
=その3(
-
)
御旅所では、24時間ず~と明かりが点いています。
7日間、願掛けの無言参りは夜中に
行きましょう![]()
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、、、![]()
祇園町の綺麗どころ
と出くわす可能性
特大で~す![]()
祇園祭神輿ブログは、次回に続きます、、、![]()
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祇園祭・山鉾巡行~神幸祭・久世稚児
17日、長刀鉾のお稚児さんが、八坂神社の結界の注連縄を切りました![]()
豪華ですねぇ
煌びやかですねぇ![]()
お稚児さんは後ろから抱きかかえられて、刀に手を添えています。
実際に注連縄を切っているのは、後ろの大人であるのが判りますね。
これで良いのです。映画でも何でも、子供と動物には勝てないと言いますから。
このお稚児さんが居るだけで、経済効果が増し、京都市が潤うのですから。
でも、山鉾巡行は、ただの人寄せ観光事業ではありません。
神様を町に迎える為に、その途を清める、、、という、露払いのお役を勤めているのです。
巡行が終わり、、、夕方 5時ころ~ いよいよ八坂神社から 『久世のお稚児さん』 の行列に先導されて、3基の神輿が出て来ます。
お神輿は、それぞれ異なるコースで氏子の地域を練り、、、
夜 9時過ぎ~ 四条・寺町の東南にある 『御旅所』 にやって来ます。
『久世のお稚児さん』の行列は、3基のうち『中御座』の神輿の前を進みます。
神輿は、神社を出るのも御旅所に入るのも 『中御座』 が最初です。
『スサノオノミコト』 の神輿だから、、、です。
右に曲がって
、、、寺町通りに![]()
入っていきました![]()
お世話方に訊いてみると、、、お稚児さんは下馬されません、、、と。
そっ、、、それでは何処に
、、、錦天満宮です。
錦までは、ここから 100m余り、、、よし
追っかけよう![]()
ところが、ロープが張られて、四条通りを渡れない![]()
富小路から迂回して、錦へ![]()
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と急ぐ![]()
何とか間に合った![]()
お稚児さんのお父様が、お世話をしてくださった方々(といっても、6人ほど)に、感無量で言葉少なにお礼を述べられていました。
よく頑張りましたね、、、4時頃~9時まで、途中 1時間足らずの休憩があるものの、白馬に乗ってお勤めを果たされたのです。
この可愛い後姿、、、長刀鉾のお稚児さんのように、豪華で派手で、拍手喝采はありませんが、貴方を見た氏子さんたちは、貴方に手を合わせていましたよ。
やっぱり、祇園祭りで一番偉いのは、『久世のお稚児さん』、、、
と思うのは、私だけではない筈、、、
さて、24日 『 還幸祭』 には、双子のお兄ちゃんが 『牛頭天皇』 のご神体を胸に着け、白馬に乗ってお役目を努めます。
夕方 4時半ころ~ 御旅所を立ち、、、『神泉苑』 で、疫病退散を願います。
神泉苑に行くのは、中御座神輿 と 久世稚児の一行だけ。
スサノオノミコト と 牛頭天皇 にお祈りするのです。
これが、祇園祭で無くてはならない、一番大切な神事です。
この一番大切な場所に、恐らく観光客は 0人、、、
それで良いのです。
長刀鉾のお稚児さん VS 久世のお稚児さん
祇園祭(祀り)で一番偉~いのは誰![]()
答え : それは、『久世のお稚児さん』 です。
ちょっと、比較・検証してみましょう。
まず、『長刀鉾のお稚児さん』 は、、、
★必ずしも、氏子ではありません。
★1千万円とも 2千万円とも云われるお金の掛るお役目ですから、裕福な、或いは有名人のご家庭のお子様が選ばれます。
★補佐役として、学友や従弟などから 2人の 『かむろ』 が付きます。
★八坂神社から大名の位を頂いて、『神様のお使い』 となります。
★豪華な衣装を着け、17日の朝、長刀鉾に乗り、注連縄を切ります。
★鉾から落ちないよう、後ろから支えてもらって、命を懸けて
そのお役目を果たし、拍手喝采を受けます。
★その日のうちに
などで全国に知られ、日本で一番有名なお稚児さんになります。
★京都・夏の一大観光イヴェントの
スターとして、京都の財政を潤します。
では、『久世のお稚児さん』 は、、、
★久世の氏子の中から選ばれます。
★『神幸祭』 と 『還幸祭』 のために、2人の男子が選ばれます。
★清楚な白い装束に 『牛頭天皇』 のご神体を胸に着け、神様と一体になります。
★17日 『神幸祭』 には、年下のお稚児さんが白馬に乗り、『スサノオノミコト』 のご神体を乗せた 『中御座神輿』 の前を進み、八坂神社から氏子町内を巡り、御旅所に着きます。
★24日 『還幸祭』 には、年上のお稚児さんが、やはり 『中御座神輿』 の前を進み、17日とは異なるコースを辿って八坂神社に戻ります。
★『牛頭天皇』 と 『スサノオノミコト』 の二人の神様のお通りを目にした氏子さんたちは、手を合わせ、感謝し、祈ります。
★『田舎のおちごさん』 とも呼ばれています。
自動車の無かった時代、久世からの長い距離を、白馬に乗って八坂神社まで来ていました。
神社に着いた時には、汗で白化粧が剥げ落ち、とても不細工な顔になっていたのです。
それを見た町衆は、『田舎のお稚児さん』 と言って馬鹿にしていたのです。
久世は、農家が殆どだったからでもありますが、、、
さあ、どうでしょう
もう、お解りですね![]()
拍手喝采を浴び、経済効果を生み出す、、『神様のお使い・長刀鉾のお稚児さん』
対して、氏子さんが手を合わせる、、『神様・久世のお稚児さん』
『町衆の祭り』 と 『神事としての祀り』 の両方が一体となって、祇園祭りが成り立っているのです。
今年の久世稚児の 2人は、双子の兄弟が努めます![]()
可愛いでしょうね![]()
17日、山鉾巡行が済み、夕方 5時頃に八坂神社から 3基の神輿が出ます。
その中の一番手 『中御座』 の前を進む行列に、白馬に乗った 『久世稚児』 を見つけてみませんか![]()
祇園祭り(祀り)一番偉いのは誰? その2
祇園祭り(祀り)で一番偉いのは、、、
八坂神社の宮司さん
長刀鉾の偉いさん
、、、京都市長
、、、まさか~![]()
答え : 一番偉いのは、『久世のお稚児さん』です。
お稚児さんと言えば、『長刀鉾のお稚児さん』 が有名です![]()
恐らく、日本で一番有名
なお稚児さんでしょう。
『長刀鉾のお稚児さん』は、神社の結界の注連縄を切って、山鉾を先導して神の領域に入って行くのです。
穢れのない少年が、その役目を果たすのですね。
しかし、身分の低い氏子の少年が高い場所に立つ(鉾の乗る)のは許されません。
そこで事前に、祭りの間だけ大名の位を頂いて、『神様のお使い』 となってその役目を果たすのです。
では、日本中で殆ど知られていない 『久世のお稚児さん』 は![]()
疫病の神様 『ゴズテンノウ』 のご神体は、京都の南・久世の 『アヤトクニナカ神社』 に祀られています。
それは、木製の馬の頭の形をしています。
そのご神体を八坂神社に運んで来るのが、『久世のお稚児さん』。
彼自身の胸に、そのご神体を着けて、白馬に乗って八坂神社に入ります。
従って 『久世のお稚児さん』 は、神様(ゴズテンノウ)そのもの
なのです。
これで決着がつきました![]()
『神様のお使い』 と 『神様』 では、当然
『神様』 の方が偉い
、、、という訳です。
元々は素朴な神事であった 『祇園祀り』 は、今や、余りにも大げさで装飾的な 『祇園祭り』 になってしまいました。
それ故に、本当の祇園祭り(祀り)が何なのか
が隠れてしまっているのです。
京都の夏の一大観光イヴェントとしての祇園祭りと、神事としての祇園祀り、、、
この辺のコトを交えて、、、
ブログは明日に続きます、、、、![]()













































