4月上旬も終わろうという時期に開花した我が家のアスパラガス@ベランダ栽培。

 

ニラを2株ほどコンパニオンプランツとして混植しておき、土壌表面には枯れ残渣等々を雑にポイポイと随時乗せていってます。土壌表面をあまりむき出しにしたくないのと、乗せた残渣等々が徐々に分解していってくれればいいなあ...という目論見でして。

(撮影日時:2025年4月9日18時14分)

 

実は人生できちんと花を見たのは初めてですね、アスパラガス。

ちっちゃくてかわいいお花が咲くんだなぁ。

(↓撮影日時:2025年4月17日16時12分)

 

成長したりそれが部分的に暑さ?もしくはハダニ被害?で枯れたりする以外は、一見変化に乏しく見えるせいか、気が付けばどうやら5月〜8月までの画像撮影をサボっておった模様です。

同期間の撮影履歴をすべて確認してみたのですがアスパラガスをメインで撮った画像が見当たりません(汗)。

というわけで、いきなり9月末日に日付が飛んでます。

酷暑が去って夜の気温が少し下がりだしたおかげか再度めきめき成長をし出した頃のワンショットですね。

(↓撮影日時:2025年9月30日13時27分)

 

4月にも開花したのに、なぜかまた開花してもいます。

本来は年に1回、5〜7月くらいが開花時期だったはずですが、年に2回も開花...ってアスパラガス的には違うんじゃないでしょうか?と思ったり。

(↓撮影日時:2025年10月2日16時43分)

 

あまりの暑さに大いなる危機感を感じてタネを残そうとしてるんでしょうかねえ?

考えられる理由はそれくらいだと思うのですが......

(↓撮影日時:2025年10月2日16時43分)

こういう状況に陥っているのは私だけなのでしょうか、ハテサテ。

 

 

※過去ログ

 

X(旧Twitter)に投稿した、1998年のCNN放送が初出のドキュメンタリーシリーズ『冷戦(原題:Cold War)』の自己感想の転載です。

 

1-5)
「第01回 東西陣営の形成 (1917-1945) 」原語(英語)音声版

 

1-6)
第1回邦訳吹替版の冒頭をちょっと見直してると、核の冬が米国に訪れた場合に議員達だけが入る想定の地下核シェルター、という場面で、錯乱する者が出た場合には「銃で秩序が維持される」とナレーションされてて......どうも野蛮さを感じるのは気のせい?どうなのかしら?とモヤる...🤔😑😔

 

1-7)
"1-3)"で言及したソ連兵・米兵の「実際に会ってみたら相手も自分と同じ普通の人間だった」と気づいた...のくだり↓。


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<3>に続きます。

 

 

おととい(10/05)、ベランダのプランターに植わっていた空芯菜を撤去しました。

来月11月以降に向けて、”土壌表面に米ぬかをちょっと振りまき、残渣をその上に薄く積む”状態にしておきました。残渣のちょっとでも分解が進んでくれればいいなと思いまして。

 

さて。

7月下旬に購入しておいた二十日大根のタネ。

 

9月1日に播種しておきました。

(↓撮影日時:2025年9月1日17時51分)

 

播種から1週間で発芽はまあ出揃ってはきたものの......

(↓撮影日時:2025年9月7日17時49分)

 

このプランターの位置はほぼ終日半日陰に近い状態なので、早くも徒長気味になってますね。

(↓撮影日時:2025年9月14日午前7時47分)

 

うん、こりゃ徒長してますな。

土中がどうなってるのかやや心配ではあります。

(↓撮影日時:2025年9月30日13時27分)

丸いラディッシュじゃなくて細っこいの出てきたらどうしよう(苦笑)。

 

 

 

※過去ログ

 

X(旧Twitter)に投稿した、映画『トラベラー(原題:مسافر/英題:The Traveller)』の自己感想の転載です。

 

見放題対象が5日以内に終了予定の映画『トラベラー(原題:مسافر/英題:The Traveller)』を視聴。イランの名匠アッバス・キアロスタミ監督の長編処女作。
1974年のイランのドラマ映画である。

 

 

 

2)
「この映画の魅力は、少年の冒険譚が道徳劇としてではなく、個人の欲望と創意を中心に据えて描かれている点にある」という言及は、視聴していて同様のものを感じた。

 

 

 

3)
「この映画が語りかけるものは、その少年の目的に対する決意と、他者とりわけ身近にいる者に対する行動が及ぼす影響への彼の無関心である」との言及もあり、主人公の少年の冒険譚を綺麗事の性善説で描いていないところがある種非常に秀逸である。

 

4)
1974年のイランは、イラン・イスラム革命以前の米国傀儡政権の時代で、革命後よりも貧富の差が激しかったとのこと。主人公が住む田舎の町と首都テヘランの貧富の差は確かに画面に焼き付けられていると観ていて感じた。

 

5)
「革命後はムスリマの被り物を強制している」という西側のプロパガンダの空虚さも画面に映る。アフガニスタンも同様だったようだが田舎では革命前後に関わらず「被るべきものだと解釈して被ってる」のであろう感じが本作でも窺える。全てが外部のプロパガンダ通りではないのが窺える。