https://store.toyokeizai.net/magazine/toyo/20180205/
毎日新聞においては、『幻の科学技術立国~「改革」の果てに』とのタイトルの下に、4月5日から毎週特集が組まれています。
https://mainichi.jp/ch180409438i/%E5%B9%BB%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6%E6%8A%80%E8%A1%93%E7%AB%8B%E5%9B%BD
会員限定有料記事ではありますが、是非お読みいただきたいと思います
さて、日本の科学技術の論文数ですが、全米科学財団(NSF)のまとめた報告書によると、2016年は世界6位で2015年の3位から順位を下げています。
https://www.sankei.com/world/news/180125/wor1801250041-n1.html
また、世界シェアで見ても、主要先進国で日本だけが下落しているとのこと。そして、日本の科学研究論文の半分は国立大学が占めるそうですが、その国立大学の論文数が最も大きく減少しているとのこと。(厳密に言うと、論文数よりも論文の質が重要なんでしょうが)
原因としてよく言われるのが、政府から大学に支給される研究開発予算の少なさですが、これは少々違うようです。
もちろん、多くの資金があるに越したことはないでしょうし、中国や韓国の科学技術予算の伸びと比較すると、あまりに貧弱です。
ただし、政府から大学への研究開発費は、日本はドイツとほぼ同額だそうです(週刊東洋経済記事より)。また、日本の科学研究費予算は対GDP比0.65%で、フランスや英国よりは高く、他の先進国との比較ではそれほど見劣りしていないと思います。(科学技術予算の対GDP比率:日本0.65%、米国0.80%、ドイツ0.88%、フランス0.63%、英国0.54%、中国1.02%、韓国1.21%)
http://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2017/RM261_12.html
大学への運営交付金の削減が原因との声も多々あります。
確かに、次のグラフを見れば分かるように年々削減されていて、大学運営、ひいては研究現場の環境も悪化していることは否定できません。
(出典:内閣府作成資料より、http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kihon5/3kai/siryo4-4.pdf

しかしながら、週刊東洋経済の記事内においては、財務省主計局次長の運営交付金削減に対する反論インタビューが掲載されており、財務省ということで割り引いて考える必要はあるでしょうが、実質的にはあまり減少していないとも言えるようです。
減少の多くは附属病院の赤字解消や退職手当減といった特殊要因で、実質的にはあまり減少していない。一方で補助金は増えており、結果、国立大学の研究費は法人化以降、1000億円増の3300億円に著増している。
では、何が主要因なのでしょうか。
先述の毎日新聞からの引用です。
運営費交付金は原則として、教職員の数など大学の規模に応じて配分される。16年度の最高額は東京大の約812億円だったが、86の国立大のうち72校は東大の20%未満、44校は10%未満だ。黒木登志夫・元岐阜大学長が経済協力開発機構(OECD)の資料などを基に分析したところ、日本の大学間格差はドイツや米国と比べ際立って大きかったという。
茨城大の三村学長は「一部の大学に公的支出が集中する仕組みになっているが、それ以外の大学にもそれぞれ強い分野や重要な分野がある。(資金配分を)もっとなだらかにして、幅広い大学で切磋琢磨(せっさたくま)する裾野の広がりが重要ではないか」と指摘する。
先述の週刊東洋経済「研究劣化の真相~国立大学クライシスPart1」からの引用です。
だが、競争の恩恵に浴したのはもっぱら最新鋭設備や人材の豊富な一部のトップ大学であった。そして、国立大学間の資金力格差が広がったのである
ドイツが代表例だが、欧米では比較的層の暑い中堅上位校が論文生産量と研究の多様性を担保している。日本の改革は、中堅層の大学を没落させる結果となった。
競争原理による集中は、マクロで見ても研究力を強くはしなかった。一握りの上位大学だけに資金を過度に集中させても、論文の生産性は結局上がらないのである。
つまり、「競争原理の導入」といわゆる「選択と集中」という「大学改革」により、研究の多様性を奪った結果、研究現場の活力が削がれ、論文作成の生産性が向上するどころか低下したのです。
先の週刊東洋経済の記事では、次のように締めくくっています。
そして今、国立大学は生き残りのために種々雑多な「大学改革」を迫られている。教育研究力を高めるための大学改革はしかし、多くの場合教員たちを逆に疲弊させ、傷を深める実態となっている。
