DAIGOの名言から紐解く言葉の意味 -9ページ目

不思議な写真

不思議な写真

最近、一枚の写真を拾った。

とっても不思議な写真。

写真の真ん中にひとりの少女が座っていた。そして、その周りにはなんとたくさんの種類の動物が取り囲んでいた。動物に詳しくない私でも知っていそうな動物が・・・

よ~く少女を見てみると、一冊の大きな本を開いていた。まるで、本を動物たちに読み聞かせているみたい。

どうやってその写真を撮ったのかなぁと思いめぐらせていると、写真を傾けていると、写真の裏にこんな言葉が記されていた。

”NOBODY NEVER FORGET(絶対に忘れてはならない)”

えっ。。。。

何を忘れてはいけないんだろう!?

その言葉の意味が分からなかった、正直言って・・・

この少女のこと!?動物たちが集まっていること!?

ますます謎が深まるばかり・・・

そんな謎とともに、いつもの寝床に帰った。

夜空にきらめく星々を見ながら、ずっとその写真のことを考えていた。

すると、信じられないことが起こった。

夜空の星のひとつひとつが突然動き出し、写真と同じような絵になったのだ。

何なんだろう?

こんなことって、心理学で説明できるのかな!?

今考えても、本当に不思議なことだ。

その星の絵は、それからも少しずつ動いた。

まるで、VTRのように。

少女は、大きな本を広げて、本を読んでいた。

すると、動物たちが集まって、彼女の本を読む声に耳を傾け始めた。

そこには殺意のかけらもなく、穏やかな時間だけが存在した。

そんな大空に浮かぶ絵を見ていると、私の心も次第に穏やかになっていった。

まるで、私にも本を読み聞かせてくれているようだった。

最初で最後の恋

最初で最後の恋

最近、失恋をした。

と言っても、もう1カ月ぐらいたっただろうか。

これまで何度かこんな経験をしたけど、これほど失恋というものが辛いものなのかということを知らなかった。

日常の景色から色を奪い、身の回りのことにこんなにも興味を覚えなくさせるとは・・・

ただ、目をつぶると、何事もなかったかのように、彼女との思い出が広がってくる。

電気のついていない部屋の中で、毎日のように彼女との思い出に浸っている。

彼女と出会ったのは、今考えても本当に偶然だ。

私は中学生だった頃、サッカー部に所属していた。

どんなに練習に励んでもいつもなぜか一回戦で負けてしまうチーム。

しかし、そんな弱小のチームが、奇跡的に大会の3回戦に進んだ。

3回戦の相手は、相模原市の中で3番目に強い学校だ。

対戦相手を目の前にした私はとてもビビッていた。

対戦相手の威圧感が私の体を包み込んでいるように思えた。

“落ち着こう”“落ち着こう”と何度も心の中で念じた。

すると、甲高い笛の音がサッカーコートに響き渡った。

ホイッスルと同時に、相手の怒涛の攻撃が始まった。

30秒後、案の定相手のスコアボードに1という数字が刻まれてしまった。

明らかに私と同じように、チームメートもその雰囲気に飲み込まれていた。

その時、私の耳に”カシャッ”という音が聞こえた。

何の音だろう、と思って目を傾けてみると、そこに写真を撮っているひとりの女性がいた。

それが、彼女と出会ったはじめての瞬間だった。

気がつくと、意識は彼女の持っているカメラに向いていた。

ひとりの女性に写真を撮られているだけなのに、”格好よく”映りたいという気持ちがフツフツと湧いた。

そんな気持ちを持ったのは私だけではなかった。

チームのみんなの足取りが明らかに変わっていた。

得点を奪われ、彼女のシャッターの音を聞いた瞬間から・・・

その後、相手に押されつつも1-0というスコアで前半を折り返した。

後半も主導権を握られ、再三と攻め続けられたが、チームの粘り、相手のミスによってゴールを守り続けた。

戦術も忘れ、相手の巧みなパスワークからボールを奪うため、必死に追いかけ続けた。

すると、奇跡が起こった。

ディフェンスラインでパス回しをする相手のボールを追いかけていると、それに焦った相手のディフェンスは、ゴールキーパーにバックパスをした。

そのボールを奪おうと、先輩と一緒に迫った。

手を使えないキーパーはすぐにボールを前線に蹴りだした。

“しまった”と思って、目をつぶっていると、突然、私の足に衝撃が走った。

”何なんだろう”と思って目を開けると、ボールが相手のゴールに転がっていた。

その瞬間、辺りが静まり返った。

何が起きたのか認識できるまで、時間がかかった。

ゴールしたんだということがはっきりと意識できるようになると、歓喜の輪が迫ってきた。

それから、1-1のまま試合は進行し、PK合戦の末、強豪チームに勝つことができた。

雲の上の相手に勝つことができた私たちは、意気揚々と学校に戻った。

もう弱小チームなんて言わせないぞ、オレたちは本当に強くなったんだという気持ちで。

とチームの全員誰もが思いながら・・・

試合から数日後、学校に取材が入った。

顧問の先生から聞かされた私たちは、オレが主役だと言わんばかりに記者の待つ教室に乗り込んだ。

ガラッと教室のドアを開けると、あの彼女が座っていた。

あの試合で会った彼女が・・・

先輩達が彼女の取材に答えている間、試合中写真を撮り続けていた彼女のことを考えていた。

見ず知らずの彼女に格好いいところを見せたいと思って必死に頑張ったんだよなぁ~と。

だから、あの試合に勝つことができたのかなぁ~と。

チーム一人ひとりへの取材も終わりに近づくと、おもむろに彼女はバックから写真を取り出した。

あの時の試合の写真。

一枚一枚写真を見ていると、私の思い描いていたものとは違っていた。

その一枚一枚の写真、どれもが輝いて見えた。

輝くというのは適切な言葉ではないかもしれない。

写真に写っている一人ひとりが格好よく映っていた。

そんな写真にいつの間にか魅せられていた。

そして、彼女の魅力にも・・・

取材が終わってから何日もの間、ずっと彼女のことを考えていた。

どうしたら、あんな風に写真を撮ることができるんだろうって。。。

彼女のことで何にも手に付かなくなった私は顧問の先生に名刺をもらい、職場に行くことにした。

職場を覗くと、彼女は机の上で真剣に原稿と格闘していた。

そんな彼女の姿をジーッとみていると、私の視線を感じ取ったのか私の方向に振り向いた。

「あと十分待っててね」という言葉を残し、また原稿との格闘に戻った。

彼女のそんな姿を見つめていると、フイに緊張が走った。

で、どんなことを話したらいんだろう。

ずっとそのことを考えなかったことを悔んだ。

思い悩んでいると、目の前に彼女が立っていた。

二、三会話を交わしてから、会社の近くの喫茶店に行くことになった。

喫茶店の中で、私の口から思ってもみない言葉が飛び出した。

「私に写真の撮り方を教えてくれませんか」

それから、学校や部活がない日は、彼女の取材について行く日々が続いた。

取材といっても本当の仕事ではなく、取材ごっこのようなもの。

彼女の興味のあるものを一緒に見に行く。

ただ、それだけ。

コンサートを見に行ったり、各地の名物を食べに行ったり、各分野の第一線で働いている人に会いに行ったり・・・

そんな日々を過ごしていると、徐々に景色の見方が変わってきた。

ある日、彼女と長野県の餓鬼という山に登った。

二人で一日で何百枚の写真を撮った。

自然のあらゆるものにカメラのレンズを向けていると、彼女は私にアドバイスをしてくれた。

「写真って、どうして撮ると思う?」

どうしてって、言われてもなぁ~と考えていると、さらに言葉が続いた。

「それは、今見ている景色を忘れないようにするためなの。今見ている景色を誰かに教えてあげたいと思うからなの。そのために人は写真を撮るの。だから、私は写真を撮るときこんな風に考えてるの。忘れたくない景色をもっと忘れたくないようにするためにはどうすればいいのかなって」

「どうすれば、そんな風に写真を撮れるの?」と聞き返すと、

「実は最近知ったことがあるの。景色を綺麗に見るには、綺麗に見る見方があるのよ」

そんな写真の撮り方や景色の見方を教わっていくうちに、彼女のことが綺麗に見えるようになってきた。

時間があればずっと一緒にいていた。

気づくと、恋人のように自然に付き合っていた。

どちらとも声をかけることなく・・・

そんな二人だけの取材は、中学校卒業まで続いた。

私が高校生になると、異変が起こった。

昔から両親と仲の悪かった私は家を出ることになった。

そして、彼女の家に住むことになった。

それと同時に、学校と部活とアルバイトに明け暮れる日々が続いた。

次第に、彼女との取材(ごっこ)も数少なくなってきた。

一緒に住んでいてもほとんど交わらない生活をしていた私たちは、次第に行き違っていった。

あるささいな喧嘩を境に、彼女の家も出て行った。

一心不乱に家を出たが、気がつくと飛行機に乗っていた。

それもインド行きの。

毎日ガンジス川のほとりに座って、沐浴する人々、流される死者を見ていた。

日が昇ってから日が暮れるまでのガンジス川を見ながら、ずっと孤独に浸っていた。

たくさんの人がうごめく人たちの中で、私だけがそこでポツンとしていた。

そんな生活を何日送っただろうか。

すると、無性に彼女に会いたくなった。

嫌で嫌で出て行った彼女との生活が幸せそうに見えた。

彼女に謝ろうと思って家に帰ると、そこには誰もいなかった。

家具もなにもかも・・・

職場に行ってみたが、彼女はそこにはいなかった。

実家に頭を下げて戻り、普通の高校生活に戻った。

彼女のことを思い続けることが辛くなった私は、サッカーをすることによって、勉強をすることによって忘れようと努力し続けた。

大学に進学し、就職をすると、いつの間にか彼女のことを思い出さなくなっていた。

そんなある日、会社のお得意様が主催するバティックの個展に招待された。

インドネシアの伝統工芸品であるバティックを見るのがとても楽しみだった。

かつて訪れた時にその素晴らしさに心を打たれていたから・・・

銀座にある個展会場に着くと、フト懐かしい言葉が目に触れた。

何だろうと思って目を凝らすと、それは彼女の名前だった。

その個展の2軒隣りで彼女の個展が開催されていた。

写真の個展。

気がつくと、彼女の個展の入口の前にいた。

窓の外から覗くと、そこになんと私の写真や一緒に撮った写真もそこに飾られていた。

懐かしいなぁと思いながら、入口のドアを開けようとすると彼女が目に入った。

あっ、変わってないなぁ~と思っていると、

彼女の手には何かが握られていた。

男の人の手が。

それから、どんな風に家に着いたのだろう。

未だに分からない。

ただ、私の手にも何かが握られていた。

幸せだった頃の私の写真が・・・



私の尊敬する人 part 1

私の尊敬する人 part 1

会社から家への帰り道。

今日どんなことを書こうかなぁ~とずっと考えていた。

すると、フト会社帰りの上司と部下らしい人たちが居酒屋でお酒を飲んでいるのが目に入った。

よ~く見ていると、部下はとても楽しそうに上司の話を聞いているように見えた。

上司のことをとても尊敬しているような感じが見て取れた。

そうだ、今日は”私の尊敬する人”について書こう。

そんな風に思いながら、パソコンの前に座った。

そもそも、私が尊敬する人ってどんな人だろう。

それは、やっぱり私が欲しいと思っているものを持っている人かな!?

たとえば、才能や職業、話題、ネットワーク、夢など・・・

私はミサンガ(切れると願いが叶う紐)をいくつも腕に巻いてあるほど欲張りだから、いつも観察してしまう。

いま目の前にある人は、私が欲しいと思うようなものをどのくらい持っているのだろうって。。。

大学時代心理学というものを勉強してから、ちょっと変になったのかもしれないけど・・・

今日は、”私の尊敬する人”の一人のことを書きたいと思う。

彼の名前はRYOさん。

彼とは大学時代知り合ったんだ。

私は大学1年生の頃、ほとんど友達がいなかった。

大学に行ってもいつも一人。

誰かと話すのはいつもアルバイトに行ってから・・・

だから、ずっと大学がつまらなかった。

当然、大学の成績もほとんどが不可。

このまま留年するのかなぁと思っていると、フトあるものが目に入った。

「サッカーゴール」

すると、目から涙がこぼれた。

ずっと、高校の頃サッカーをやめてしまったことを後悔していたから。

どうしてサッカーをやめてしまったのか、という本当の理由というものは未だにわからない。

ただ、これだけは言える。

私は高校の頃、とても追い詰められていた。

高校受験の時たくさんの高校を受験したが、そのほとんどが不合格になってしまった。

そして、嫌々ながら、県立の高校に入学した。

妹はエスカレーターの中学校に入り、親戚は六大学、両親はとても有名な大学を卒業、同じ中学校の出身者からは挫折したと見られて、毎日がつまらなかった。

ただ、部活のときだけは違った。

好きなサッカーをしていると、何もかも忘れられた。

小学生の頃からずっとサッカーをしていたせいか、少しプレイをするとすぐにレギュラーになれた。

1年生の頃から3年生と混じってすぐに練習することができた。

だから、上級生の人とはすぐに仲良くなれた。

でも、いつも同級生からは嫌われた。

だって、私はボール拾いなんてほとんどしたことがないのだから。

部活に入って、下級生が耐えなければいけないことのほとんどを経験せずに過ごしていたのだから・・・

先輩と仲良く過ごした日々もずっと続くわけではない。

親しくしてもらった先輩は卒業し、同級生と一緒に練習をしたり、過ごしたりする時間が長くなる。

すると、楽しいと思っていたサッカーがつまらなくなってきてしまった。

好きではない人たちとサッカーをすることに耐えられなくなってしまった。

そして、私は退部届を提出した。

それから、数少ないクラスメートの仲の良い友人たちを集め、”DAIGOサッカー”というものを作って、毎日を満喫していた。。。(これは、また次に取っておきます)

ただ、いつも本当のサッカーをやりたいと心の脇に抱えていた。

そんな後悔の念が私の心の中を埋め尽くした。

何時間、いや何十分もの間ずっと後悔の念に浸っていた。

授業のチャイムがそんな気持ちをかき消した。

授業に行こうと思って歩き出すと、草むらにサッカーボールが転がっているのが目に入った。

近寄って、ボールを蹴ってみると、何だか楽しい気持ちになった。

かつて、サッカーが好きだった頃のような。

気がつくと、ひとつの授業の間中、ボールを蹴っていた。

そして、休み時間になると、勇気を振り絞って、サッカー部の部室のドアをノックした。

その時、初めてRYOさんと出会った。(やっと登場したよ~)

はじめてRYOさんを見たとき、すごい体をしているんだなと思った。

すごい筋肉をしていたから・・・

いざサッカーの練習を始まると、彼は主将として(あまり主将をやるキャラじゃないけど・・・)、楽しそうにサッカーをしていた。

私はこれまで、こんなにもサッカーを楽しそうにやる人を見たことがなかった。

サッカー部でお会いしたほとんどの人は、やらされているように見えた。

部活に入るとモテるから、内申書が上がるから、体力が上がるから・・・

心の底から、サッカーをやりたいと思うような人に、RYOさんと出会うまで見たことがなかった。

そんなサッカーをしている姿を見ながら、徐々に私は彼に魅かれていった。

私も彼のように心の底からサッカーをやりたいなと思いながら、できるだけ彼と過ごすようにした。

学校内の部活以外のサッカークラブに参加したり、練習のないとき自主連をしたり、とにかくたくさん一緒にサッカーをした。

サッカー以外でも、たくさんのお話をした。

一緒に御飯を食べたり、部活が終わってから話したり、旅行に行ったりと・・・

でも、結局何の話をしたのかな!?

この前、大阪で会ったけど、その時も・・・

覚えていないけど、たくさんのこと話した気がする。

お互い口下手で、いろいろ話がコロコロ変わるけど、何だか楽しかったな。。。

何よりもRYOさんといると、とても落ち着けた。

常に二人の間に自然な風が吹いているように思えた。

で、結局何の話をしたかったんだろう!?

彼の尊敬している点は、ひとつのことに熱中することと、人の心を落ち着かせることかなぁ~

一歩でも彼に追いつけるように、日々頑張りたいな♪♪

日記を書きながら、そんなことを感じた。

(ちなみに、写真はRYOさんのイメージです)


大移動

大移動

今日は、すごい移動をした日だった。

長野県の善光寺というお寺に行ってから、松本駅まで電車で戻り、信濃大町という駅に行って、アルペンルートというルートで黒部ダムや室堂を通り、富山駅に行き、最終的に金沢駅にたどり着いた。

今振り返ってみると、いろいろなことを経験したせいか疲れたぁ~

日本でここにしかないトローリーバス(こち亀で見た人があるかも・・・)に乗ったり、ロープウェイに遊覧船、ケーブルカー、電車にバスとありとあらゆる乗り物に乗った。

あと、飛行機と自転車に乗れば、すべての乗り物制覇だったのかなぁ~?

水が勢いよく流れる黒部ダム、標高2450mのところにありミクリガ池温泉という日本で一番高い場所にある硫黄の匂いのする温泉街がある室堂、日本百名山の多くを見渡せる大観峰、昔の城下町の雰囲気を今に残す金沢、たくさんの歴史が刻まれている善光寺。

そんなたくさんの移り変わる景色を見ながら、移動するのも旅の醍醐味なのかなということを実感した日でした。


勉強する意味

勉強をする意味

なぜ、人は勉強するのだろう。

いつも書斎に籠って本を読んだり、何かを書いている父親の後姿を見ながら、いつもこんなことを考えていた。

そもそも勉強って、何なんだろう。

私が思うのは、”視点を得ること”なんじゃないかなと思う。

たとえば、英語を勉強すると、アルファベットを見ただけで、自分の英語力を使って、その言葉を理解しようとする。英語を知らない人には、ただのアルファベットにしか見えないけど、勉強すれば、そのアルファベットが何を意味しているか知ることができる。

これは、経理の勉強でも、心理学の勉強でも、料理の勉強でも、すべてに当てはまるのではないだろうか!?

これから、そんな視点を得るためにいろいろな物事を勉強したいなぁ~

よ~し、がんばるぞ~