最初で最後の恋
最初で最後の恋
最近、失恋をした。
と言っても、もう1カ月ぐらいたっただろうか。
これまで何度かこんな経験をしたけど、これほど失恋というものが辛いものなのかということを知らなかった。
日常の景色から色を奪い、身の回りのことにこんなにも興味を覚えなくさせるとは・・・
ただ、目をつぶると、何事もなかったかのように、彼女との思い出が広がってくる。
電気のついていない部屋の中で、毎日のように彼女との思い出に浸っている。
彼女と出会ったのは、今考えても本当に偶然だ。
私は中学生だった頃、サッカー部に所属していた。
どんなに練習に励んでもいつもなぜか一回戦で負けてしまうチーム。
しかし、そんな弱小のチームが、奇跡的に大会の3回戦に進んだ。
3回戦の相手は、相模原市の中で3番目に強い学校だ。
対戦相手を目の前にした私はとてもビビッていた。
対戦相手の威圧感が私の体を包み込んでいるように思えた。
“落ち着こう”“落ち着こう”と何度も心の中で念じた。
すると、甲高い笛の音がサッカーコートに響き渡った。
ホイッスルと同時に、相手の怒涛の攻撃が始まった。
30秒後、案の定相手のスコアボードに1という数字が刻まれてしまった。
明らかに私と同じように、チームメートもその雰囲気に飲み込まれていた。
その時、私の耳に”カシャッ”という音が聞こえた。
何の音だろう、と思って目を傾けてみると、そこに写真を撮っているひとりの女性がいた。
それが、彼女と出会ったはじめての瞬間だった。
気がつくと、意識は彼女の持っているカメラに向いていた。
ひとりの女性に写真を撮られているだけなのに、”格好よく”映りたいという気持ちがフツフツと湧いた。
そんな気持ちを持ったのは私だけではなかった。
チームのみんなの足取りが明らかに変わっていた。
得点を奪われ、彼女のシャッターの音を聞いた瞬間から・・・
その後、相手に押されつつも1-0というスコアで前半を折り返した。
後半も主導権を握られ、再三と攻め続けられたが、チームの粘り、相手のミスによってゴールを守り続けた。
戦術も忘れ、相手の巧みなパスワークからボールを奪うため、必死に追いかけ続けた。
すると、奇跡が起こった。
ディフェンスラインでパス回しをする相手のボールを追いかけていると、それに焦った相手のディフェンスは、ゴールキーパーにバックパスをした。
そのボールを奪おうと、先輩と一緒に迫った。
手を使えないキーパーはすぐにボールを前線に蹴りだした。
“しまった”と思って、目をつぶっていると、突然、私の足に衝撃が走った。
”何なんだろう”と思って目を開けると、ボールが相手のゴールに転がっていた。
その瞬間、辺りが静まり返った。
何が起きたのか認識できるまで、時間がかかった。
ゴールしたんだということがはっきりと意識できるようになると、歓喜の輪が迫ってきた。
それから、1-1のまま試合は進行し、PK合戦の末、強豪チームに勝つことができた。
雲の上の相手に勝つことができた私たちは、意気揚々と学校に戻った。
もう弱小チームなんて言わせないぞ、オレたちは本当に強くなったんだという気持ちで。
とチームの全員誰もが思いながら・・・
試合から数日後、学校に取材が入った。
顧問の先生から聞かされた私たちは、オレが主役だと言わんばかりに記者の待つ教室に乗り込んだ。
ガラッと教室のドアを開けると、あの彼女が座っていた。
あの試合で会った彼女が・・・
先輩達が彼女の取材に答えている間、試合中写真を撮り続けていた彼女のことを考えていた。
見ず知らずの彼女に格好いいところを見せたいと思って必死に頑張ったんだよなぁ~と。
だから、あの試合に勝つことができたのかなぁ~と。
チーム一人ひとりへの取材も終わりに近づくと、おもむろに彼女はバックから写真を取り出した。
あの時の試合の写真。
一枚一枚写真を見ていると、私の思い描いていたものとは違っていた。
その一枚一枚の写真、どれもが輝いて見えた。
輝くというのは適切な言葉ではないかもしれない。
写真に写っている一人ひとりが格好よく映っていた。
そんな写真にいつの間にか魅せられていた。
そして、彼女の魅力にも・・・
取材が終わってから何日もの間、ずっと彼女のことを考えていた。
どうしたら、あんな風に写真を撮ることができるんだろうって。。。
彼女のことで何にも手に付かなくなった私は顧問の先生に名刺をもらい、職場に行くことにした。
職場を覗くと、彼女は机の上で真剣に原稿と格闘していた。
そんな彼女の姿をジーッとみていると、私の視線を感じ取ったのか私の方向に振り向いた。
「あと十分待っててね」という言葉を残し、また原稿との格闘に戻った。
彼女のそんな姿を見つめていると、フイに緊張が走った。
で、どんなことを話したらいんだろう。
ずっとそのことを考えなかったことを悔んだ。
思い悩んでいると、目の前に彼女が立っていた。
二、三会話を交わしてから、会社の近くの喫茶店に行くことになった。
喫茶店の中で、私の口から思ってもみない言葉が飛び出した。
「私に写真の撮り方を教えてくれませんか」
それから、学校や部活がない日は、彼女の取材について行く日々が続いた。
取材といっても本当の仕事ではなく、取材ごっこのようなもの。
彼女の興味のあるものを一緒に見に行く。
ただ、それだけ。
コンサートを見に行ったり、各地の名物を食べに行ったり、各分野の第一線で働いている人に会いに行ったり・・・
そんな日々を過ごしていると、徐々に景色の見方が変わってきた。
ある日、彼女と長野県の餓鬼という山に登った。
二人で一日で何百枚の写真を撮った。
自然のあらゆるものにカメラのレンズを向けていると、彼女は私にアドバイスをしてくれた。
「写真って、どうして撮ると思う?」
どうしてって、言われてもなぁ~と考えていると、さらに言葉が続いた。
「それは、今見ている景色を忘れないようにするためなの。今見ている景色を誰かに教えてあげたいと思うからなの。そのために人は写真を撮るの。だから、私は写真を撮るときこんな風に考えてるの。忘れたくない景色をもっと忘れたくないようにするためにはどうすればいいのかなって」
「どうすれば、そんな風に写真を撮れるの?」と聞き返すと、
「実は最近知ったことがあるの。景色を綺麗に見るには、綺麗に見る見方があるのよ」
そんな写真の撮り方や景色の見方を教わっていくうちに、彼女のことが綺麗に見えるようになってきた。
時間があればずっと一緒にいていた。
気づくと、恋人のように自然に付き合っていた。
どちらとも声をかけることなく・・・
そんな二人だけの取材は、中学校卒業まで続いた。
私が高校生になると、異変が起こった。
昔から両親と仲の悪かった私は家を出ることになった。
そして、彼女の家に住むことになった。
それと同時に、学校と部活とアルバイトに明け暮れる日々が続いた。
次第に、彼女との取材(ごっこ)も数少なくなってきた。
一緒に住んでいてもほとんど交わらない生活をしていた私たちは、次第に行き違っていった。
あるささいな喧嘩を境に、彼女の家も出て行った。
一心不乱に家を出たが、気がつくと飛行機に乗っていた。
それもインド行きの。
毎日ガンジス川のほとりに座って、沐浴する人々、流される死者を見ていた。
日が昇ってから日が暮れるまでのガンジス川を見ながら、ずっと孤独に浸っていた。
たくさんの人がうごめく人たちの中で、私だけがそこでポツンとしていた。
そんな生活を何日送っただろうか。
すると、無性に彼女に会いたくなった。
嫌で嫌で出て行った彼女との生活が幸せそうに見えた。
彼女に謝ろうと思って家に帰ると、そこには誰もいなかった。
家具もなにもかも・・・
職場に行ってみたが、彼女はそこにはいなかった。
実家に頭を下げて戻り、普通の高校生活に戻った。
彼女のことを思い続けることが辛くなった私は、サッカーをすることによって、勉強をすることによって忘れようと努力し続けた。
大学に進学し、就職をすると、いつの間にか彼女のことを思い出さなくなっていた。
そんなある日、会社のお得意様が主催するバティックの個展に招待された。
インドネシアの伝統工芸品であるバティックを見るのがとても楽しみだった。
かつて訪れた時にその素晴らしさに心を打たれていたから・・・
銀座にある個展会場に着くと、フト懐かしい言葉が目に触れた。
何だろうと思って目を凝らすと、それは彼女の名前だった。
その個展の2軒隣りで彼女の個展が開催されていた。
写真の個展。
気がつくと、彼女の個展の入口の前にいた。
窓の外から覗くと、そこになんと私の写真や一緒に撮った写真もそこに飾られていた。
懐かしいなぁと思いながら、入口のドアを開けようとすると彼女が目に入った。
あっ、変わってないなぁ~と思っていると、
彼女の手には何かが握られていた。
男の人の手が。
それから、どんな風に家に着いたのだろう。
未だに分からない。
ただ、私の手にも何かが握られていた。
幸せだった頃の私の写真が・・・
