クロマニヨン人が作ったとされるヴィレンドルフのヴィーナスという有名な像があります。
ちなみに手塚治虫の『ばるぼら』の中に、ヒロインであるバルボラの母親として、ギリシア神話の記憶の女神であるムネモシュネーと呼ばれる女性が登場しておりますが、彼女こそは、このヴィーナスがモデルでしょう。
手塚治虫『ばるぼら』より
なお、フェミニズムの第一人者である上野千鶴子が、このようなずんぐりむっくりな形の、見ようによっては醜悪な像を、男たちは、おちょくって美の女神を意味する「ヴィーナス」と呼んだ、なんて書いておりましたが、そもそも、ヴィーナスの原型は、このような大地の母とも言うべき地母神という女神なのであります。
つまり、この地母神が次第に洗練されてゆき美の女神にまで昇格したのであって、決しておちょくっているわけではないのであります。
して、この像の顔や表情、手足の部分などは省略され、女性の性的な特徴とも言うべき乳房や下腹部、臀部がデフォルメ(強調)、誇張されており、これは妊婦がモデルとなっているのではないかとされます。
もっとずっと美しい女性像を作ることができる技術があると考えられますが、あえて、このような造形にしたのは、女性性、母性、さらには女性の持つ生殖能力をシンボライズさせるためであったと考えられております。
豊かな稔り、盛んな生産性に対する期待や願いがそこに込められているともされます。
世界各地で、このような女性像というよりも女神(地母神)像は数多く作られていたようです。
地母神ともされるエフェソスのアルテミス像
古代人はこのような像に、豊饒性を期待し、祈りを捧げていたのではないかとされます。
日本にも、似たような縄文時代の土偶があります。
こちらも、下半身が強調されており、単なる愛玩用の像であったとは考えにくく、恐らくは豊饒を祈願する儀礼の時などに用いられたのではないかとされます。
この時代、狩猟採集が生活の基本であり、そこで得られる食糧が豊かで決して枯渇することがないよう祈りが捧げられていたのでしょう。
現代のように、食べるものには事欠かないという時代ではなかったのであります。
続いて、ラスコーやアルタミラという洞窟の、相当奥深い所に描かれた壁画があります。
2万八千年前~1万年前に、やはりクロマニヨン人によって描かれた絵だとされます。
そこには馬・鹿・野牛・マンモスがおります。
これまた、彼らがここに美術館(!)を設置しようとしたわけではなく、あくまで宗教的なものだと考えられております。
彼らは狩りを行っており、ここに描かれた動物は皆、その対象となる動物であったことを考えるなら、やはり、こういった動物が枯渇することなく生み出されてゆくことを、ここで祈願したのではないかとされます。実際、狩猟の絵などもありまして、狩の成功なども祈願されていたのでしょう。
なお、洞窟の奥深い所は、つまり大地の子宮を意味しているのではないかともされます。
旧約聖書の『創世記』には、神が「産めよ増えよ地に満ちよ」なんて言っておりますが、言うなれば、そのような神というか、この世界を支配していると考えられる超越的な存在、力に対し、人間の側から、そうなるように願いがなされているのであります。
そのように願えば、実際にそうなるかどうかは何とも言えませんが、しかし、何もしないよりは、そういった超越的な存在、力を想定し、その力に期待したのではないかと思います。
現代に生きる我々もまた、神仏に、様々な祈願をしておりまして、いくら文明、技術が大いなる発展を遂げようが、このような宗教心というか、生き方というか、その態度というものは、それこそ太古の時代からなーんも変わっていないとも言えるように思います。