あやしい宗教学 「我、日本の柱とならむ」という日蓮さんの言っていることがわからない大バカ野郎 | 日々の妄言、ざれ言、たわ言、世迷言

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思いつくことを適当に書き込んで行きます。まことしやかに書かれておりますが、何の根拠もありません。適当に読み流してください。

日蓮であります。

 

 

鎌倉仏教日蓮宗(法華宗)の宗祖であります。

 

 

 

 

 

同じ鎌倉仏教の法然親鸞、あるいは道元の説いたことは、まだなんとなく理解ができますが・・・、正直に言いましてこの日蓮は何が言いたいのか、言いたかったのか、すくなくともあっしには理解できません。よくわからんのであります。

 

 

たぶん勉強が足りないのでしょう。

 

 

 

しかし、この日蓮の説いた教えに深く共鳴した方々も少なくなく、そんな中に詩人で童話作家の宮沢賢治がおります。

 

 

この方の『雨ニモマケズ』という詩は有名ですが、この詩の末尾の七行には「南無妙法蓮華経」といった題目が書かれておりまして、そもそもこの詩は彼の日蓮信仰を示したものだとされます。

 

また、ニ・ニ六事件の首謀者であった北一輝、満州国建設の中心人物であり、陸軍の参謀を務めた石原莞爾、テロリストの井上日召なども日蓮の思想に共鳴した方々であったとか。

 

 

さらに言いますと戦後大きく発展した新興宗教である霊友会、立正佼成会、そして創価学会なども日蓮系だとされます。

 

 

つまり、この日蓮という方の説いたことは日本における宗教思想に少なからぬ影響を及ぼしてきたのであります。

 

そんな崇高なる思想を理解できない、わからない、なんて言うあっしは、大バカ野郎なのかもしれません。

すいません、もう少し勉強します。

 

 

 

以下、そんな日蓮さんについて信仰というスタンスではなく、あくまで宗教学という視点から考えてゆきたいと思っております。

 

 

 

さて、まず、最初に上げました宮沢賢治ですが、この方は田中智学という日蓮思想家が設立した国柱会の熱心な会員であったとされます。

 

 

 

田中智学 日蓮の法華思想に基づく国家建設を目指す

 

 

 

田中は、もともとは日蓮宗の僧でしたが宗学に疑問を持ち還俗し、在野の立場から、言うなれば宗教改革(?)を目指し研究会を発足させますが、それが後にこの国柱会というものになります。

 

 

国柱」とは、日蓮の著である『開目章抄』にあります、「我、日本の柱とならむ」という言葉に基づいたものです。

 

彼は続いて「日本の眼目」、「日本の大船」にもなる、と言っております。

 

 

 

すごい自負ですねえ。日本という国の精神的リーダーになる、というのであります。

 

 

そんな日蓮の熱き想いを受けついだのがこの田中であり、その説いたことにあっては「憂国の志士たち、血気盛んな青年たちの情熱を掻き立て、行動の指針とされた」のだとか。

 

 

明治維新を経て、日本がようやくにして広い世界を目の当たりにした時、西洋列強を中心としての世界が大きく変動しつつあり、その中にあって日本という国はどこへ向かうべきなのか、それに対する一つの主張がこの田中の主張であったのでしょう。

 

この方の著である『宗門之維新』なる本には、

 

 

(日蓮は)世界統一軍の大元帥。大日本帝国はまさしくその大本営。日本国民はその先兵

日本という国は世界を霊的に統一すべき天職を有する

そのためには他宗派、天皇に不忠の輩はうち滅ぼすべき(法華祈伏)

 

侵略は天地の公作用。侵略しなければ侵略される

 

 

 

 

なんてあるそうです。

 

 

侵略は天地の公作用」なんて言いきるところがすごいです。確かに、当時の日本は西洋列強がアジアを植民地化していることに危機感を覚えていたともされます。「攻撃は最大の防御」なんて言いますが、それに沿えば「侵略は最大の防御」ということなのか。

 

 

ちなみに、日本軍国思想のスローガンともいえる「八紘一宇」はこの田中の造語だとか。

 

日本書記』の中の神武天皇の即位を記した言葉から作ったようです。

 

 

 

宮崎にある八紘一宇の柱

 

 

 

して、その説くことは日蓮の思想に基づき、天下を、そして世界を一つの家のようにし、人種、民族、宗教の差別のない、まったく新しい世界の構築を目指すという意味であったそうです。

 

 

これは例えばキリスト教の目論んだ(いる?)世界征服・・・、じゃなかった、世界布教にも通じるものではないかと思います。

 

ちなみに、ロシアのプーチンさんが目指しているのも、要はこれと似たようなことではないのか?

 

 

 

しかし、この言葉は、それこそ当時の近衛内閣における大東亜新秩序構想に用いられ、後に流行語ともなり、思うに田中の当初考えていたものから大きく飛躍していったのではないかと思われます。

 

 

なお、「他宗派はうち滅ぼすべき」というのは、そもそも日蓮という方は当時の仏教宗派の多くに対し辛辣なる批判をしておりまして、この流れに沿ったものでしょう。

 

 

あっしは、以前、とある駅のホームのベンチで本(推理小説だったような・・・)を読んでおりましたら、隣に腰を下ろした年配の女性がいきなり話しかけて来まして、「わたしは、池の中にきれいな蓮の花を見ましたのよ」なんてわけのわからんことを言い出しまして、その内容から創価学会の信者であるとわかりました。で、この方が「仏教に関心はあるか?」なんて言いますから、あっしは「禅宗(※ 曹洞宗など)には少し興味があります」と言ったところ、「あなたねえ。禅は天魔って言ってねえ・・・」なんていきなり、これを罵倒し始めたのには驚きました。

 

 

 

後で知るに、「四箇格言」なるものを日蓮が説いておりまして、禅天魔の他、真言亡国、律国賊、浄土無間というのだとか。ちなみに、「無間」とは八大地獄の一つである「無間地獄」のことでしょう。

 

 

 

 

 

 

こういった多宗派を批判、いっそ糾弾し、正しい(?)教えに導くことを祈伏といい、これは創価学会が「祈伏大行進」なんてやっておりましたねえ。

 

 

あっしも、この大行進隊(?)に祈伏されたことがあります。いっそ、踏みつぶされそうになった、というべきか。

 

 

 

さて、宮沢賢治に話を戻しますに、この方は他者の心の痛みを自分のものとするような方で、例えばで言えばその目標は自分自身の悟りであり、浄土宗の教えもまた個人的なものであり、そういったものでは多くの人々を救うことができない、とでも考えたのか。

 

これに対し日蓮の説くものは、社会を動かし、改革を目指すものだと捉えたようです。

 

それはつまり、他者を救済しつつ、自身もまた成仏を目指すという菩薩(※ ここでは修行者というような意味)であり、彼にとってはそういう生き方こそが人生の理想であったのかもしれません。

 

 

なお、彼の書いた詩や童話も、日蓮の説いた法華思想に基づいたものだとされます。

 

 

雨ニモマケズ』に登場する方は、実はモデルとなった方もいたようですが、まさに宮沢が理想とするものなのでしょう。

 

 

また、仏教にはあくまで自己救済を目指すものを「小乗」、それに対し、全ての人々を救済しようとするものを「大乗」なんて言うようですが、日蓮はこの大乗の思想の実践者とも思います。

 

 

 

スケールが大きいのであります。

 

 

しかしながら、宮沢の言う『雨ニモマケズ』という詩にあるような、それこそ具体的な実践活動を、日蓮がいかにしたのか、と言いますと、これがほとんど見えてこないのであります。

 

 

して、実は日蓮と同じ頃に律宗忍性という僧がおりまして、この方こそは貧民や病人、ことハンセン病者といった社会的弱者の救済に尽力した方でありますが、この方と比べますと、日蓮は大言壮語しているだけのようにも思われてきます。

 

 

 

 

 

社会福祉事業を行った忍性(菩薩と言われた)

 

 

 

 

また、そんな忍性の行為を偽善行為だと批判したのが日蓮なのであります。

 

他にも、当時の鎌倉幕府の支配層は浄土信仰者が多く、この浄土宗や忍性の律宗を冒涜したということで日蓮は佐渡に流されてしまうのであります。

 

 

まあ、ねえ。

 

さもありなん、でしょう。

 

 

しかし、最初にも書きましたように、それでいて、この日蓮という方は大きな支持を集め、現代にあっもその主張が受け継がれているわけですから、やはり何か人の心を捉えるものがあるのでしょう。

 

 

次回以降は、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。