本物と偽物の怪しい関係 本物よりも本物らしいという偽物もあります でも、やっぱり偽物です | 日々の妄言、ざれ言、たわ言、世迷言

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思いつくことを適当に書き込んで行きます。まことしやかに書かれておりますが、何の根拠もありません。適当に読み流してください。

産地偽装の怪しい噂に引き続きまして、何度か取り上げたことのある「本物と偽物の怪しい関係」を再び考えてみます。

 

 

まず、真珠(パール)ですが、本物と偽物の見分け方として、あっしが聞いたものの中に、

 

 

 

 

 

本物は、そもそも自然のものゆえに小さな傷や表面にざらつきがあり、一つ一つよく見ると色も微妙に異なっていたりすることも多く、一方、偽物の方が粒もそろい、表面も滑らかで色も均一なのだというものがあります。

 

 

つまり、偽物の方は、真珠の理想的な形態を人工的に大量生産しているわけですから必然的にそうなるのでしょう。

 

 

 

次に、最近は外国人に人気で、お土産にも買われるという食品(料理)サンプルですが、かつて東京は、そういった専門店が多い合羽橋にある、それを作る天ぷら盛り合わせをプロの料理人に見せたところ「本物では、毎回、このように見事には揚がらない」と驚かれたという話があります。

 

 

 

 

 

これを作った職人によれば、長い間、研究、試行錯誤を重ねて、ようやくにして、その最も理想とする形を作り上げることができたのだとか。

 

 

一方、本物の料理の方は、素材にもよるでしょうし、その日の温度や湿度によってもその仕上がりが変わってくるのではないかと思われます。

 

 

ここで思い出すのは古代ギリシアの哲学者プラトンが呈示して見せたイデアという概念です。

 

彼によれば、ものごとには、それを純粋かつ完全となるものがあるのだとしておりますが、実際にはこの現実世界には、例えば完全なる三角形なり直線なんてものは存在しないのであります。

 

 

逆に言いますと、我々はあたかもそれらしく見えるものを便宜的にそういった名称(言葉)で呼んでいるのだとも言えます。

 

 

 

 

ついでながら、これがもう少し抽象的な概念、例えば「」なんてものであったらどうか。

 

 

恋人に愛されていることは十分に理解しているものの、

 

 

 

こんなの、本当の、真の愛じゃないわ

あたしは、真の愛が欲しいのよ

 

 

 

なーんて言う方がいたらどーしましょう。

 

 

 

 

 

いっそ、もうハーレイクインの小説の世界ですねえ。

 

 

でも、えてしてメーテルリンクの『青い鳥』じゃありませんが、そんなものを探しに出る旅に出なくたって、意外にもごく身近にあったりすることはないのか。

 

 

 

ちっくしょう、どこかにいい女いねーのかなー

 

 

 

 

なーんてお嘆きのあーたに。

 

 

 

 

 

 

や―ねえ、ねずみ男さんたら

ここに、あたしがいるじゃない

 

 

 

 

 

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遠くの親戚より、近くの他人」という言葉がありますが、遠くの、それこそいるかいないかわからないような美女を探すよりも、身近にいる、美人・・・、とは言い難いも、女性がいればいい?

 

 

男性社員の少ない職場に配属されますと、イケメンとは言い難い男であってもモテモテなのだとか。

 

美人は三日で飽きるがブスは三日で慣れる」という言葉があるそうですが、「あばたもえくぼ」で、そのうちに野に咲くアザミも谷間の百合のように見えてくる?

 

 

まあ、美女と結ばれたからって幸せになれるというわけでもなし、ブスと結ばれたからって不幸ということもない?

 

パール・バックの小説『大地』に登場したヒロインの女性なんか美女とは言い難い方でしたが、働き者で賢く、それで旦那は幸せになったはずだったんですがねえ。

 

 

 

さてさて、絵画の世界では、よくその作品が本物か偽物かについての鑑定がなされておりますが、歴史的な有名な真贋事件がありました。

 

 

17世紀のフェルメールという画家は寡作、つまりその作品が少ないことで有名ですが20世紀になって新たなる作品が見つかったとされ、それが発表されるといセンセーショナルな話題となり、展示された美術館には大勢の人々が一目見ようと集まったといいます。

 

しかし、何人もの専門家に本物だと太鼓判を押されたその絵は、実に精巧にフェルメールの技法を真似て描かれた偽物でした。

 

 

 

『エマウスのキリスト』

 

 

 

 

これを描いたのはハンス・ファン・メーヘレンという無名の画家で、言うなれば彼の才能は、巨匠の技法を忠実に再現することができるというところにあったのかもしれませんねえ。

 

 

なお、これは聞いた話ですが、こちらは書の方でしたが、有名な書家の書いたとされる作品で、これをその本人に見せたところ、間違いなく自分のものだとしましたが、実はこれまた精巧に出来た偽物であったとか。

 

あまりに精巧に出来ていたので、本人すら、自分のものだと思ってしまったという、嘘のような本当の話であります。

 

 

 

最後は、たしか怪人二十面相のような、変装の達人が登場する推理話です。

 

名探偵明智小五郎には小林少年という優秀な秘書がいましたが、こちらの探偵の秘書は、それほど賢くはなかったとされます。

 

 

さて、そんな秘書が二人も登場。つまりどちらかは偽物なのであります。

 

すると、この探偵は二人に込み入った内容の質問をしてみるのであります。

 

 

一人は、しどろもどろで要領の得ない答えをするも、もう一方は立て板に水の如くスラスラと答え、いかにも『これで、自分が本物だということがわかっただろう』と、得意満面なのですが、この探偵が言うには、「うちの、秘書の~君は、こう言っては何だが、それほど賢くはなく、今の質問にスラスラと答えられるとは思えない」とし、そのスラスラと答えた方に向かい「お前が偽物だ!」なんてねえ。

 

 

つまるところ、この偽物の方は、自分を本物らしく思わせるために、つい調子にのって墓穴を掘ってしまったのだと言えます。

 

 

いやー、意外でした。

 

 

てっきりあっしは、しどろもどろなのが偽物だと思ってましたからねえ。

 

 

 

(ということは、お前も、この秘書と同じく、あまり賢くないって、か?)

 

 

 

 

 

 

 

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