本日は旧暦十二月二十九日。大晦日です。
 

 毎月の末日のことを「晦日(みそか)」といいますが、これは「三十日」のことで、本来は「つごもり」といいます。

 つごもりは「つきこもり(月隠)」が転訛したもので、月が新月になる前日のことを意味します。

 大晦日は「おおつごもり」とも読み、一年の最後の「つごもり」となります。

 明治の改暦以降、旧暦に除夜の鐘を鳴らす寺はなくなってしまいましたが、本当は今時分に鳴るものなのですね。

 支那では春節として、今でも旧暦(中共では農暦)でお祝いをしています。面白いのは、日本が除夜なのに、支那では除夕と呼び方が少し違います。

 大晦日から元旦にかけて、茶道では年越しの茶事をいたします。
 大晦日に先茶で年越しそばをいただいてから、近所の寺や神社などに初詣に出かけてもらい、亭主はその間に支度をすませ、改めて正月支度で客を迎えます。

 いまどきは行うのも難しい時代ですが、逆に新暦の正月でない方が、正月のあわただしさも一段落してからとなりますので、よいかなぁ~などと思っております。

 掛軸としては「歳月不待人」や「無事是貴人」「看々臘月尽」などが相応しいかと思います。また、歳神(干支)の入ったお軸というのもありですね(新年に掛ける軸と対になるような形で)。

 

 
外装であったときに天井に詰めてあった難燃断熱材が外されました。
 
屋内にあったエアコンも外れ、今日は何処から壊そうかなぁ?と仰ってました(笑)
 
さぁ、今日はどんな感じになってますかね?
 
 
壁が付きました。
一気に家らしくなるもんですねー。
 
印象大事。
 
中はというと
 
 
こんな感じ。
ここの一番奥に水屋ができます。定員1〜2名ぐらいでしょうね(出入りするので)。
 
今日も大工さんいらしてましたので帰ったら変わってるでしょう!
 

 
拡張部分に柱が立ちました。
 
これだけで随分部屋らしくなるものですね。
 
玄関の位置が変わることで、使えるスペースも広がりますが、天井に収納を設けるので、廊下は圧迫感があると思います。
 
それでもこの改修が出来なければ、月桑庵に未来はない!と決断しました(笑)
 
ちょっとづつですが、出来上がって行くのを見られるのは嬉しいです♪
 
明日は祝日なので、ブログはお休みです。

 最近、「茶道は廃れる」だの「辞めました」だのという投稿を見ていて、いやいやいや、それを嫌がる人だから続かないんだよ……と思わざるを得ませんでした。



①月謝の手渡しが嫌

「キャッシュレス派だから」とのことですが、月謝の手渡しは「授受の稽古」です。この段階で、礼儀作法を実践する気がないんだろうなぁ〜というのが垣間見えるんですよね。


「道」は「礼に始まり礼に終るもの」ですから、礼儀作法の稽古をしたくないなら、本当に向いてません。



②月謝は新札が嫌

これも「キャッシュレス派だから」というのと「同じお金なのに」という人とが居ましたが、「あなた方は祝儀でも同じことを言うのか?」と思った項目です。


毎月の月謝で用意をしておく習慣を付けておけば、いざというときに困りません。


新札というのは「態々準備をしておく必要のあるもの」ですから、御祝のときに「おめでとう」という気持ちがより伝わる(その日のために準備をしていたというその気持ちが)というものなんですね。


この辺りで最早暗雲が深くなっています。


茶道家の方が「ハードルを下げよう」としていますが、本当にハードル下げる必要ありますか?


正直、この程度のことが嫌なら「習い事しない方がいいよ?」としか言えません。


ここを乗り越えてくれなければ、茶の湯なんてお約束事がてんこ盛りです。



③先生にいいように使われるのが嫌

これを言う人は先生をなんだと思っているんでしょうかねぇ?


先生は親と同じとも言われ、敬意を払う対象です。それこそ庭の雑草取りからトイレ掃除までするの普通です。


特にトイレなどはお借りすること絶対ありますからね。弟子の方で綺麗にするの基本です。私は勝手に綺麗にしてましたよ。


稽古場の掃除も当たり前。先生の家の掃除や、道具の入れ替え、道具の整理などは「させていただく」もので、「手伝うものではない」んですよ。


この辺りを「使われている」と考える人は茶道に向かない人と言えるのではないかと。


④月謝以外にお金がかかる

これは許状(流派によっては免状)にお金がかかることや、教室によっては他に催事がある場合など様々ですが、よく聞くのが「別に愉しみたいから来ているのに免状なんか必要ない」という発言ですね。


うん。道を極めても居ない人が、先生が次の段階へ行きましょうというのに「必要ない」とか言うな!と私は思います。勿論、お金も掛かることなので、そこは応相談という奴ではありますが、先生側は取らないのならなんで続けるの???となります。


「お茶を飲んでお菓子が食べたいだけなんです」と言うなら、茶道なんか習わずとも、私が催そうとしている【美味しい抹茶の点て方講座】のようなもので点て方だけ身につけたらいいと思います。


流儀の茶会は当然ありますのでそのお茶券代、先生が席持ちすると点前をさせていただけるので御点前料がが掛かり、茶道の目的は自分で茶事を開けるようになることなので「初釜」には参加すべきとなりますので、その参加費が必要です。


御中元・御歳暮は月謝のウチ、御年賀は礼儀のウチなので、私からすると「ウチは取りません!」という方は何かを勘違いされた先生の可能性がありますね(時代だから変えていいことじゃないので)。


そういえば、「七事式」は特別稽古とやらで別料金という話を聞いたことがあります。当流には元々ないものなので、無くて良かった!と思います(笑)


■まとめ

茶道は「修行」です。


遊び感覚で始めてはいけないとは言いませんが、茶道の愉しさは、茶会を開くところに有るので、「習いたいだけでは茶道の本当の愉しさは味わえない」ということは先に理解して置いて欲しいです。