私が「茶筅の穂先を動かさない方が美味しく点てられるのでは?」と考えたきっかけは師匠の言葉だった。

 

いつもどおり、茶盌から茶筅を出すのに「の」の字を書いて真ん中に茶筅を持っていき、縦に引き抜いて、手の中で茶線を動かしていたら「あんたたち器用なことするわねぇ」と師匠が仰った。

 

母「え?!」

 私「え?!」

師「のの字にするのは次の手をやりやすくするためよ。貸してご覧なさい」

 

くるり。茶筅を縦に持っていた手が茶筅を横に持っている。

 

母「え?!」

 私「先生、もう一回!」

 

なんのことはない、先生は茶筅を持ち上げず、穂先でのの字を書くのではなく、手でのの字を書いていたのだ。

 

それにより、茶筅は茶盌の中に自重で収まり「穂先が茶溜まりに収まったまま」くるりと360°回ってみせた。

 

その時はそこまでだった。

 

しばらくして、楽茶盌の見込みを見て「茶溜まりはなんのためにあるのだろう?」と考えていた。

 

歴代の楽茶盌を見ていると、長次郎や宗慶らの茶盌には見込みに茶溜まりがないと気づく。その代わり、ややすり鉢状になっており、茶溜まりの必要がない形状になっていることが分かった。

 

茶溜まりのある茶盌は内側が平たくなっており、茶溜まりがないと、抹茶が中央に集まらないのだろうと考えた。

 

では何故茶溜まりが必要なのか。

 

わからない。お茶を集めておくための場所だとして、なんのためにお茶をそこに集めておくのか。なにもない茶盌の見込みを眺める日が続いた。

 

ある日、また茶盌を眺めていたときに、たままた手に持っていた茶筅をふと置いてみた。

 

私「ああ! そうか、そういうことか」

 

茶溜まりは、丁度、茶筅とほぼ同じ大きさであった。すっぽりと穂先が収まった茶溜まりがそこにあった。

 

茶溜まりは穂先が収まる大きさに作られていたんだと理解した瞬間だった。そして、「『の』の字」のことが想起された。

 

つまり、撹拌するときは、穂先を振るのではなく、柄を振る方が正しいのではないか?という考えに至ったのだ。

 

当流では「『い』の字3回、シャラシャラシャラシャラ、『の』の字で出す」と点て方を教えるが、この「『い』の字」も、「『の』の字」と同じように「手だけ動かせば良いのでは?」と考えた。

 

実践。

 

案外難しい。持ち方を試行錯誤して、徐々に力を抜いていく。すると、いつもより泡立てずとも泡立ち、肌理も細かくなった。

 

しばらくすると、泡が全く立たなくなる。すると、元々粉っぽさとは無縁だが、いつにも増して滑らかになった。

 

この時はまだ、茶筅に触れる程度に持っていた。

ここからさらに点て方を進化させていく。

 

それは「もしかして?シャラシャラも泡立てることではなく、前後運動なのでは?」と考えたことだった。

 

これをしたことで、「香りの質」が変わった。今までは抹茶の香りだったのが、旨味の香りに変わったのだ。

 

私(これは美味いはず!)

 

そう確信出来るほどに抹茶が煉れていた。薄茶なのに照りが出る。香りは他の人が点てた濃茶ほど強く甘い。

 

成功だ。ではこれを濃茶で試してみよう!と意気込んだ。結果は、大成功だった。大荒穂で点てても、なんの不具合も出ない。今までより甘くて香り高い濃茶がそこにあった。

 

それに気を良くした私は長年の夢だった「平穂」を注文した。茶筅は一般的に穂数が少ないほど難易度が上がる。

 

つまり、平穂で美味しく点てられるということは、どんな茶筅でもおいしく点てられるということだ。

 

届いた平穂で点てて見るが惨敗だった。穂と穂の間が広く、内穂の数も少ないため、濃茶の塊が潰せない。なにか方法があるはずだ……と苦悩の日々が続いた。

 

ある日道具を出していて、その月は紹鷗袋棚を出すので、大黒写銘『皮屋』を出した。大黒写の見込みには渦巻き状の線が描かれている。

 

私「渦巻き……渦巻き?!」

 

ここで閃いた!

 

そう、この渦巻きはお茶の動きを誘導するためのものではなく「茶筅摺りから茶溜まりに向かって引かれているのではない」と考えたのである。

 

つまり、渦巻きは「茶筅の動きを誘導するために引かれている」のではないか?と。

 

そこで手の形は変えず、茶筅を中心で煉ったあとに、茶筅摺りに移動させ、時計回りに腕を動かしながら、手の中で茶筅を時計回りに回転させる……腕は太陽を回る地球の公転で、手は地球の自転という感じに動かした。

 

すると、ものの見事に滑らかで照りもよく、旨味が引き出された濃茶が煉り上げられた。

 

こうして月桑庵流の点茶術は完成したのです。