月桑庵の改築増築工事、終盤になっているとは思いますが、予定されていた4/10完了からすでに2週間は経過。
昨日ようやく水屋のクロス張りが終わりました。
※本当は壁は漆喰仕立てでするものですが、まぁ稽古場なので(^_^;
稽古場(本席)の天井は半分ほど。
こちらは網代天井です(本物じゃないですよ)。
大工さんの説明では今週金曜日までで内装が終わると言っていましたが(そこから棚を作るそうです)、終わるのかな、これ。
もともとは一月半で工事が終わるといっていたのが、既に二月超えている訳で 、スタートが2/10ですので、二月半は掛かってることになります。
大丈夫かね……。
何を当たり前のことを言っているのか?といいますと、あいも変わらずThreadsです。
Threadsで流れて来た話で「いきなり初見の先生に怒られた」というもの。
晒す気はないのですが、まぁ、お察しです。
茶道を習うと、「礼儀作法が『身につく』」とよく言われますが、茶道では「礼儀作法は教えません」ので勘違いしないでください。
あくまで「自然とできるようになる」だけです。
礼儀作法というのは、「家庭で教えるもの」なんです。
茶道の先生は「茶の湯の式法と所作、知識を教える先生」であって、礼儀作法の先生ではありません。
礼儀作法を教えるのは親の役割です。
ですが、その親が礼儀作法をきちんと教わっていない・理解できていないというケースが増えています。
ウチの母は、自分が大人になって礼儀作法がきちんと理解できないと思ったそうで、冠婚葬祭の本を買ってきて、きちんと守るようにしたとのこと。
その本は私が子供(小学生)の頃に絵本代わりに読んでしまいましたがwwww
こういうことを書いたら「私は礼儀作法が身についてないので茶道は習わないだろう」とかいい出す人が居るんですが、そういうこと言い出す人は、端から習う気なんてないですよね?
そもそも興味ないんですよw
なので、はいそうですか、で終わりにしておきましょう。
とはいうものの、今は礼儀作法も教えないといけない場面が多いです。
三進三退とか、扇子を台にするとか、初見の手土産とか、新券・ピン札の理由とか、最早きちんと受け継がれてないんじゃない?と思うような場面がちらほら。
できれば、今一度、そうした伝統の意味、考えてみて頂けないでしょうか。
本日は、旧暦三月四日、二十四節気の第六「穀雨」です。
田畑の準備が整い、それに合わせて春雨が降るころです。穀雨というのは「穀物の成長を助ける雨」の意味で、昔風に言えば「春雨が百穀を潤す」となります。『暦便覧』には「春雨降りて百穀を生化すればなり」と記されています。「百穀春雨」とも言います。種まきなどに適した時期なので、農作業の目安にされたりしています。
「清明以降雪が降らなくなり、穀雨になると霜が降りることもなくなる」とも言われますが、日本では春分過ぎると霜が降りることはまずありませんし、四月の雪など見たこともないですね(北国を除く)。北国では冬支度から完全に開放され、南国では蜻蛉が飛び始める頃ともいいます。
変わりやすい春の天候も安定し、陽射しも徐々に強まり夏の気が近づいていることを感じさせます。穀雨の終わりには八十八夜があり、茶道にはゆかりの深い雑節を迎えます。
茶道では最後の炉の時期です。
表千家、武者小路千家では吊釜、裏千家では透木釜。
個人的には「これは趣向によるのでどちらでもよいのでは?」と感じるところですが、穀雨を過ぎると気温と湿度の具合から、「透木釜の方がいい」と感じるのですが、皆さんはどうでしょう?
これまた個人的ですが、初風炉には眉風炉に雲龍釜か筒釜という組合せが好きなので、吊釜だと似たような釜が続いてしまうのが面白みに欠ける!と思ったりするのですよね。
着物的には早取りの褝(例えば大島の褝など)が始まります。
男性は襦袢を早々に麻に替え、暑さに備え始めます(半襟が夏物ではNGなのでそこを注意しないといけませんが)。雨が多いのもこの時期ですから、雨具の用意や雨にぬれても大丈夫な着物のセレクトが重要になってきます。
この時期に相応しい御軸は「雨収山岳青」「得雨一時開」「雨洗娟々浄」などがいいかと思います。特に花との関係性が春は喜ばれますから「得雨一時開」がお勧めです♪




