出版社から声が掛かって、出版するのが小説書きの夢ではありますが、同時に「自分で出してもいいよね」というのが同人誌――いや同人本かな。

 

 今や、オタクの代名詞ともなった同人という言葉も元々は、俳句や短歌、文学といった同好の士があつまっているという意味だったんですよね。

 

 時代が変われば意味が増えていくというのはこういうことですよね(言葉の変化)。

 

 で、本というと、一般的は文庫本や新書を思い浮かべる人が多いらしいですが、私としては憧れるのがハードカバー。これは特装本とよばれる装丁です。

 

 他には和綴本。

 

 この二つに憧れがあります。

 

 特殊加工300部で34,800円程度なら、作ってみたい気がしてきました(この他に本文印刷代が掛かります)。損益分岐点は75冊。150冊を売ったらペイ――というのが私の同人時代の考え方。する冊数で販売額を決めるときの価格ですね。

 

 本文が76Pで127,800円。おそらくこれが限界。損益分岐点からする売価は2200円ぐらいですね。印刷原価は542円。差額が利益とはならないのが同人誌のつらいところw

 

 ここから資料代やら取材費やらがなくなって、いわゆる経費ってのを差し引きます。

 

 そりゃ、3%の印税になるよなーっと思います。

 

 これに編集がつき、DTP、装丁デザイナー、挿絵イラストレーターが加わってくるんですから、当然ですよ。

 

 同人だって挿絵やイラストを入れようと思ったらそういう費用が掛かります。私はデザインを自分でできるのでサクッとやりますけどね。イラストはできないですが、地図などの作成は可能ですし。

 

 何年か掛けて本気で考えてみようかなぁ。

 礼装の袴は「縦縞の袴」です。

 

 で、カジュアルな袴っていうのはなにか?というと「野袴(裾に黒繻子がついている袴)」とかがありますが、現代でそれをやっている人はいません。

 

 江戸時代までは裃が袴の礼装としてありましたが、明治10年の太政官達で指定された袴は「縦縞の平織袴」です。

 

 ここに馬乗と行燈の区別はありません。

 

 行燈は、女学生が着用していたものと「一般的に言われています」が、江戸時代から存在していることが指摘されており、女学生がそれを自由に着始めたのが明治時代であるというのが本当です(町人袴)。

 

 ちなみに、女袴はこの行燈から発展したもので、襞の数が少なく、スカートのようになっています。

 

 仙台平や直江平などの平織りが基本であるが、縞模様であれば礼装となります。しかし、インフォーマルな場でも着用ができます。

 

 では無地の袴はカジュアルか?というと、袴自体が「平服」として扱われるため、カジュアルな袴というのは存在しないのです。

 

 一つ紋の紬を着るときに、縞袴では荷が勝ち過ぎるということで、紬袴を着けることもおおいです。

 

 また、一越などでは、上下そろいの袴などを仕立てることもあります。

 

 本来、袴には紋を入れるものなのですが(礼装用は)、近年はこれを略し(太政官達では入れる指定はない)ています。

 

 袴の礼装・平服、揃えたいものですね(私は持ってますが)。

 広間――寂敷(さびしき)の大きな床には、本床と琵琶床があることが多いです。

 

 特に表千家さんは琵琶床の上に喚鐘を掛けています。

 

 で、この琵琶床何かを飾らないといけません。

 

 古くは武士が鎧を飾る為に設け、「鎧床」と呼ばれていたそうですが、のちに煎茶道で琵琶を飾ることが増えたことからそう呼ばれたという話もあります。

 

 現在は、硯箱や文房具飾り、香盆に載せた香炉も飾ることがあります。大香炉なども飾られることがあります。茶席以外では琵琶床に花を飾ることもあるようです。

 

 また、書物(和綴じのものや巻物)、手鑑、如意などの伝来の品を飾ったりするのだそうです。

 

 月桑庵を見回しても、琵琶床に飾れるような品はなく、何を飾ろうかと、頭を悩ましますね。

 

 硯箱や手箱は付書院に飾ることがおおく、硯屏などは違い棚の方がおおいですね。

 

 硯屏は硯箱に添えて置くこともありますので、どちらかというと文房具に入ります。

 

 なので、武家っぽさを出すなら武具。

 刀や鎧、馬具(鞍・鐙)などが良いのかも知れませんね。

 

 といってもそんなものの伝来品など月桑庵にはなく……。

 

 今後のためにもなにか手に入れておく必要がありそうですねぇ~。

 Twitterの創作畑で話したことが、茶道教室のことにも通じるものがあるので転記します。

 

 昨晩、激論(大声出して失礼しましたm(_ _)m)が繰り広げられましたが、「手段の目的化は本来の目的を損なう」からこそ駄目なんですよ。 

 

 例として挙げると、茶道界でよく言われるのが「人を集めるためにカジュアル化しなくては」です。これ茶道教室を初めて大体多くの人が言いますね。

 

 ですが、 ちょっと待て。それは何のための集客です?

 

 茶道教室の集客は、本来、次世代に茶道を【正しく】受け継ぐためのものであるはずです。

 

  それなのに、何故、茶道を【カジュアル化】しようとするのでしょう??

 

 それでは本末顛倒ではありません? 

 

「正しく茶道を伝えるため」に始めた茶道教室の集客が、「茶道教室の維持や自分が先生で居続けるため」の集客に変わってしまっているんです。

 

 そして、手段が目的化したことにより、本来の目的を毀損しています。 

 

 カジュアル化というのは、家元がこうしましょうとしていることではないので、「教室主が勝手にやっていること」です。「◯ーブル茶道」とかいうのもそうです(卓上で喫茶することはなんら問題ないし、それなら「点茶法を教えればいいだけなのになんで別の名称が必要なのか理解不能」)。

 

 投稿サイトにおける「ランキング上位を獲る」を目指して作品を書くことも同じことです。 

 

 どんな人でも、投稿サイトに作品を出したということは、誰かに「読んでもらいたい」からなんですよね。

 

  その上で共感してもらいたい。

 

 できれば「面白いと言われたい」と思っているかと。

 

  けれど、読まれない。

  埋もれる。

 

 その結果、 「読んでもらうためにはランキングに載らなきゃ!」という思考になる。そして、そのために「読まれている人気ジャンルはなんだ?流行りの文体は?どんなキャラがみんな好き? 」となっていきます。

 

 ちょっと待て! 

 それ、あなたが本当に書きたいものですか?

 

 元々、読まれなかった作品を書いた動機を忘れていませんか?

 

  私は、各作品に「書いた動機」があります。

 

 特に「数寄の長者」は強烈なとある作品のアンチテーゼでした。 それは「利休にたずねよ」という商業作品です。前に、小説を読んで「なんと嘘ばかりか! 茶道を安っぽく描きやがって!」と投げた作品です。

 

  それが映画化するというので観に行きました。 

 

 小説以上に内容は酷かったですね。筋書きや構成というものが悪いわけではありません。 悪かったのは時代小説ばりの創作でした。

 

 しかも、まともな茶道家なら、当時の茶の湯を全く知らない人が書いたのが直ぐに分かるほどの酷さです。

 

 「これが史実だと思われたらたまらん!」と、まずは勢いで書き始めましたが、自分も全体の流れを通した歴史をすべて知ってる訳ではないことに気付きました。

 

  では、どうしたらいいのか?

 

  先ずはどう書くかを考えました。そして「利休の生まれた年から死ぬまでの『室町時代そのもの』を書こう」と決めたのです。 

 

 それは、「利休のことだけを書いても何故そう考えるようになったのかを読者に伝えることは難しい。その当時の空気感や習俗というものを詳らかにしていくことで、自然と利休の考えを理解できるようにしよう!」ということです。

 

  なので、この作品は「歴史小説愛好家のための作品ではない」のです。 茶道を習っている人が、当時の茶の湯の実態を知り茶道の理解を深めるための作品なんですね。

 

  それはひいては和文化を好きな人にも受けるかも知れませんが、私の目的はそこじゃない。

 

 だから、ランキングに載ったら嬉しいし、色んな人に読んで貰えるのも嬉しいですが、目的を見失って、ランキングに載るように内容や文章を変えてしまったら、ブレてしまいます。

 

 目的を大きく毀損します。

 

 このことから、皆さんにメイキングターゲットの解像度を高めた方がいいですよ!と言い続けて居るのです。そこが明確になっていれば、ランキングやPV、★やいいね!の一つ一つに一喜一憂することはなくなります。

 

 この思い、分かって頂けたら幸いです。

 

水屋の出入口に敷居と鴨居が付きました。
これだけで雰囲気変わりますね!
稽古場と水屋の方が6cm高いので、ここに前の端畳置いたら、スリッパ脱ぐの忘れずにできるかな?と思ったり。

貴人口前の畳は新しく、廊下幅で作ってもらいます。
 

廊下全景。水屋の出入口は柱の都合でアウトセット。
天井下に茶道具置き場を作りました。なんとか紹鴎袋棚が入るといいんですが。
 
 

貴人口にも敷居と鴨居がついており、床も柱が立ってます。
 
あとは内装ですね。
4/10完成の予定ですが、どうなんでしょう。
 
一応、4/17~21で道具の大移動を行う予定です。