日曜日、お茶会へ行こうをいたしました。

 

 今回は毎年のことですが、重陽と十三夜の両方をテーマに春の詩である『春山夜月』の五言律詩から「掬水月在手」をあえて秋に用いています。

 

 気がつく人は気が付きますが、薄茶の苫屋棗(裏千家淡々斎好み)を用いていますので、「見渡せば花も紅葉もなかりけり裏の苫屋の秋の夕暮れ(新古今和歌集・藤原定家)」という和歌を体現してもいます。

 

 紅葉の道具は使わず、対句の「弄花香満衣」が見当たらないことに掛けている訳ですね。

 

 名残を意識した道具組み、如心斎が織部の瓦板を使い始めたときに組み合わせた大講堂釜小と鉄道安風炉を組ませて、あえて志野の敷瓦にして、近づいた冬を感じてもらえれば……とも思いました。

 

 今まで葭棚は炉で使っていましたが、やはり名残のものだなぁ~ということで、この時期に移動させ、炉の時期には有楽斎好の自在棚を買おうと思っています。

 

 蔦紅葉の時期でもありますので、中置きの細水指は蔦文、濃茶の建水は蔦蔓の意匠があしらってある(本歌は本当の蔦が巻き付けてあるそうです)吉野鮓桶建水を使いました。

 

 茶入の仕覆をその内、定家緞子にしたいものです。

 

 来月からは炉に変わります。 

令和六年九月十一日 甲辰年甲戌月庚戌日

床 軸 掬水月在手 真言宗随心院門跡三十五世玉島実雅筆
  花入  宗全籠 十代栗田元竺作
  花   残花
 
 釜 大講堂釜 龍敏堂造
  風炉 鉄道安風炉
  屏風 網代裏銀腰張
  敷瓦 志野

濃茶
 棚 葭棚
  水指 溜塗 釣瓶 波多野匠斎作
  茶器 青備前 火襷肩衝茶入 村上昭義作
   仕覆 江戸和久田金襴
  飾棗 真塗 鷲棗
  茶盌 主 布志名 白楽 土屋雲楽作
     替 黒楽 佐々木松楽作 御題 水
  茶杓 安住樂風作 千少庵作矢瀬写 銘 八瀬
   蓋置 煤竹 天節
   建水 吉向 栗茶内釉鉄鉢 吉向陶苑造
 菓子器  飴釉 武蔵野 萬福堂 吉村楽入作
 菓子司  松茸 武州板橋 梅香亭
 御 茶  神楽殿 山城宇治 山政小山園詰

薄茶
棚 焼杉 大板中置
  水指 仁清写 蔦文 森里陶楽作
  茶器 三島 油滴 二代浅見与し三作
   仕覆 浜千鳥 京仕立 
  飾棗 苫屋棗 淡々斎好
  茶盌 主 色楽 古都の夕景 吉村楽入作
     次 赤膚 萩釉 大塩正人作
  茶杓  鼈甲 銘 久世
   蓋置 黄瀬戸 瓢透 野田東山作
   建水 吉野鮓桶 淡々斎好写 邦斎作 
 菓子器  朱塗 三脚盆 利休好写 木下昭斎作
 菓子司  金団羊羹  自家製
      和三盆   洛中烏丸 亀屋則克
      馬卡龍芳露 武州鹿浜 すぷらうとじゃぱん
 御 茶  四方の薫 城州宇治 山政小山園詰



薄茶三客以下
      数 織部 ゆがみ 桂山作

 現在主流派の千家各流使われている棚物の内、台子を除くと最も古いものが紹鷗袋棚なので、武野紹鷗が棚物開祖と認識されています。


 ですが、鳥居引拙が紹鷗袋棚に足の付いたものを溜塗で好んでおり、紹鷗袋棚はつまみと襖紙とを替え、足を無くし、塗りを春慶塗にしたのものなので、正確には武野紹鷗が棚物開祖とは言えません。


 しかも、この引拙棚は点前座で用いられていたらしく、点前も残されています。


 さて、この引拙棚よりも前に、珠光好と伝わる棚があります。それが「笈棚」です。


 石州流さんに伝わる石州好の笈棚とは全く形が違うようで、代用品として桑小卓を用いているのだとか。


笈棚石州好


 引拙棚に足があることや、笈厨子の形状から鑑みると、どうも地板のない棚のような気がいたします。


 聞けば『茶道正法眼図之書』に真塗であったという記述があるということなので、その書物を見てみたいのですが、どうも翻刻されておらず、古書として流通した形跡があります。



これは現代の笈型。


こちらが昔の笈。

 ああ、なるほど、これは桑小卓に似ています。聖脚【ひじりあし】というそうですが、外に反っていく脚が特徴的です。


 下の渡りの部分が中板になった訳ですね。


 これの竪板を取り払い、真塗にして香炉卓として床飾りの中央卓にしたと考えると納得です。


 石州流さんの笈棚珠光好の飾り方を教えていただけたら、『茶道正法眼図之書』で確認の後、笈棚珠光好写を作ってみたいものです。


 志野棚を桑で好んだという志野宗信は珠光の弟子ですので、この笈棚を桑で好んでいたかも知れませんね。


 それに矢筈の地板を付けたのが仙叟ではないかと。


 笈棚は中央卓として使われたと考えると千家さんの伝承と噛み合いますし、鳥居引拙が棚物開祖ということになるので、ひとまず中央卓ということにしておきたいと思います。



 今日は旧暦九月十三日、甲辰年甲戌月庚戌日。

 十三夜です。

 これは「後の月」や「後の名月」と呼ばれる催しです。この「後の名月」は日本独自の風習で、一説には宇多法皇が、九月十三夜の月を愛で「無双」と称したことに因んで、醍醐天皇が延喜十九年に観月の宴を催し、これが風習化したものだと言われています。

 十五夜は芋を供えることが多いことから「芋名月」などと呼ばれ、十三夜は栗や豆を供えることから「栗名月」や「豆名月」と呼ばれています。

 また、江戸時代の遊里では、十五夜と十三夜の両方を祝い、どちらか片方の月見しかしない客は「片月見」または「片見月」で縁起が悪いと遊女らに嫌われました。これは二度目の通いを確実に行うための誘い文句で、十五夜に有力な客を誘って十三夜にも通わせるという風習だったといいます。験を担ぐ傾向が強い江戸時代ならではの風習ですね^^

 十三夜は満月に届かぬ月になりますので、欠けたのではなく、これから満ちる不完全さを愛でるということで、日本人らしい名月かと思います♪



 この十三夜こそ、「掬水月在手」の軸が相応しいと思います。

 

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「抹茶は甘い飲み物です」

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 お抹茶に抱くイメージってどんなものがありますか?
 お茶会ってどんなところでしょ?
 茶道ってどんなことしてるんでしょ?

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 実は、お茶会って愉(たの)しいところなんです!

 一般的なイメージだとしゃべっちゃいけないみたいな感じですかね?

 でも、本当はそんなことなくて、正客と亭主の会話の邪魔をしなければ、話していいんですよ。雑談はダメですけどネ(笑)

 そして、抹茶はとても甘い物なんです。

 苦い抹茶は「安い抹茶」とか「点てる人が下手」ということ。上手な人は甘い抹茶を点てられます。

 さらに、自分たちだけのために用意された小さな美術館として、日本の伝統工芸に身近に触れられます。陶器、漆器、指物、竹工、金工、羽細工、鋳物、織物、染物、建築、造園、書や香などが所せましとそこにあります。

 そして着物で出掛ける場所としてこれほど相応しい場所もありません。

 月桑茶道教室では、そうしたお茶会へ行くための心構えや喫(の)み方、お菓子の頂き方など、様々なシチュエーションで体験いただけます。

 ご興味ございましたら是非お出掛けください(*˘︶˘*).。.:*♡

 コロナ対策は手洗いの徹底、マスクの着用にて各自お願いいたします。当日発熱の方はご参加をお断りすることがございます。予めご了承ください。
 

 11月10日は旧暦十月十日、丁度十日夜です。今回は炉開きの設えをいたします。通常はお茶事をしておりますが、人の集まりが少ないため、お茶会へ行こうをすることにいたします。

 

 

 また、会終了後はおしのぎがございます。

 お時間の許す方はお召し上がりくださいm(_ _)m

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 濃茶 水指棚 即中斎好
 薄茶 三重棚 覚々斎好


 定員5名(別途手伝い枠3名)
 

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■日時
 令和6年11月10日(日)
 濃茶:13:00~14:30
 薄茶:15:00~16:30
 

 開始15分前までにお越しください。
 時間はあくまで目安です。時間通りに終わるとは限りませんのでご理解ください。
 茶事終了後、お時間のある方はお残りください。簡単な酒席がございます。
 

※濃茶【こいちゃ】
 本来のお茶。一般的に思い浮かべる抹茶よりもどろっとして濃い抹茶。菓子は上生菓子を添える。
 

※薄茶【うすちゃ】
 一般的に抹茶といわれると思い浮かべる抹茶。菓子は干菓子または半生菓子を三種以上添える。
 大寄せでは上生菓子にてお出しすることも多いです(笑) 
 

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■会費
 5000円(濃茶・薄茶)
 会費は当日封筒に入れてお出しください。
 

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■参加方法
下記予約ボタンより予約をお願いいたします。

 

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■申し込み締め切り
 定員になり次第募集終了です。
 また、菓子の都合もありますので、一週間前には締め切らせていただきます。ご注意ください。
 加えて、キャンセルもそれまでの受付とさせていただきます。キャンセル料は全額お支払いいただきますので、ご了承ください。


■ご新規さまへのお願い
 当日キャンセル後、ご連絡取れない方が多いため、ご新規さまにつきまして会費の事前振込をお願いすることになりました。何卒ご協力おねがいいたします。


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■服装
 洋装OKです。
 ただし、できるだけゆったりとした【外出着】でお越しください。ジーンズやミニスカートはお控えください(できるだけ膝丈より長いもの)。カジュアルすぎる物はお避け下さい。
 男性は七分裾などの短いものはNGです。
 また、当会はお稽古会ですので、お着物の場合は小紋、浴衣、絣など普段着や紬などの普段着・お洒落着(無紋の訪問着)でOKです。
※通常のお茶会は色無地紋付以上の礼装となります。

 

■ご用意いただくもの
・懐紙【かいし】
 お菓子を頂いたりする際に用います。
 

・菓子切り【かしきり】
 菓子を着る金属や竹などでできた楊枝です。金楊枝ともいいます。
 

・扇子【せんす】
 茶道用の扇子です。礼をする際などに必要です。五寸、五寸五分、六寸、六寸五分があります。
 

・帛紗【ふくさ】
 茶道用の帛紗。点前をする際に亭主が腰につけ、道具を清めるのに用います。
 ※習われている方以外は不要です。
 

・小帛紗【こぶくさ】または出し帛紗【だしぶくさ】など
 茶盌(ちゃわん)が熱いときや道具を拝見する際に用います。濃茶には必須です。
 ※お貸しいたします。
 

 以上のものにつきましては、
 ・薄茶席の方はできるだけお持ちください。
 ・濃茶席の方はお持ちください。
※ご用意のない場合はお貸しいたします(未経験の方)。
 

・替え白足袋または白靴下
 足袋カバーをお脱ぎいただいても構いません。洋装の方は履き替えていただきますので、必ずご持参ください。
 

・封筒
 会費は封筒に入れてお名前をお書き添えの上、ご持参ください

 

 

 

 本日は旧暦九月九日、甲辰年甲戌月戊申日、重陽の節供です。


 別名菊の節供でもあります。

 茶道でも馴染み深い「陰陽」と「五行」ですが、これらは十干十二支にも関わっています。
 十干とは太陽が十個あって、毎日違う太陽が昇り十日で一巡すると考えられていた商民族の思想です。王族が十氏族あったとされ甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の王族があったといわれています。

 十日で一巡することを旬といい、一か月が丁度三十日であることは月の満ち欠けによりますが、三旬してひと月になるという符合は面白いと思います。

 五行は五惑星に相当するといわれ、、水星・金星・火星・木星・土星と符合します(というよりも、符合して名づけられたと考える方が正しい)。

 この十干、陰陽、五行は元々別の思想でしたが、徐々に結びつき、春秋戦国時代には陰陽五行説として定着します。

 十干と陰陽・五行は簡単に結びつきます。五行を陰陽に分ければ十干となりますので、自然な流れでしたが、十二支の方は月との結びつきによります。一か月は三旬ですから、陽の旬と陰の旬が交互に来ると考えると、月はもともと陰陽に結びついています。月も平均29.5日ですから、陽月と陰月に分けて30日と29日の月が生まています。これが五行と結びついて年を示す暦(六十年)が一巡するようになります。太陰暦は354日で、月平均29.5日、つまり陽の月と陰の月があることになります(奇数月が陽の月で29日、偶数月が陰の月で30日)。

 これは日にも振られ、360日で一巡しますので若干ずれます。ですが、実際には公転日数は365.2422日ですので、一年ごとに太陽の動きとは徐々にずれて行きます。正確には月の公転日数による一年は354.3671日で11日ほど短くなります。このため、三年に一度閏月を置いて暦を修正します。

 さて、数字に陰陽があり、同じ数字が重なることを重陽といって、古くは凶事の日として祓いをしたものですが、いつしかそれが祀りとなり、祝いの日とされるようになっていきます。元日を除いた三月三日(上巳)、五月五日(端午)、七月七日(七夕)、九月九日(重陽)と、一月七日(人日)を合わせて五節供と言います。ここにも五行の思想があります。面白いのは十一月十一日は数えられないのですね(笑)

 これは、十干の外の数字であるからとも言われます。

 さて、重陽の四節供がいつごろから祓いから祀りに変わったのかは、正確に分かってはいませんが、孟嘗君の故事から、既に戦国時代には祝い事と一般にとらえられていたことが解ります。ただし、貴人たちは本来の意味から凶事を祓う意味として執り行っていたことも窺えます。

 本来は四節供すべてが重陽なのですが、上巳・端午・七夕と呼ばれるようになり、重陽という言葉は九月九日を指すようになったのも春秋戦国時代と考えられています。上巳が桃の節供、端午が菖蒲の節供、七夕が梶の節供と呼ばれるように、重陽も菊の節供と呼ばれます。

 重陽の節供に因んだ席では、菊花酒(菊の花弁を散らした酒)を振る舞ったり、秋雛をしたり、長寿を祝うために「茶是長寿友」の掛軸を用いたりします。ちなみに、明治以降十六八重表菊は使用が禁じられ、皇室の紋として「菊の御紋」と呼ばれます。弁数を減らした十五菊、十四菊、十二菊や十菊、などが用いられ、代紋とされています。

 相応しい掛軸としては「茶是長寿友」「采菊東籬下」「秋菊有佳色」あたりでしょうか♪