ネイル。

 

 近年、女性が主に使っているネイルは大まかにいうと2種類に分類されるそうです。

 

・マニキュア
・ジェルネイル

マニキュア

 この内、マニキュアはニトロセルロースを主成分とし、酢酸エチルなどの有機溶剤で溶いたもので、乾燥すると被膜を形成します。

 

 ニトロセルロースは硝酸繊維素、硝化綿とも呼ばれる物質で、非常に燃えやすい性質があります。

 

 酢酸エチルは酢酸とエタノールが脱水縮合したエステルで、有機溶媒として用いられることが多いです。引火性は低いですが、ニトロセルロースが主成分のマニキュアでは引火性を抑えることができません。

 

 エステルとは有機酸または無機酸のオキソ酸と、アルコールまたはフェノールのようなヒドロキシ基を含む化合物との縮合反応で得られる化合物のことです。

 

 つまり、マニキュアは有機化合物で、付着すると引火しやすいという性質を持ちます。これは茶道具にとって、一番付着してほしくない物質です。


 更にいうと、炭手前などで炭が撥ねて火の粉が飛んできたときが恐ろしい。燃える爪など見たくないです……。この恐怖はポリの袴や着物と同じです。


ジェルネイル

 ジェルネイルはウレタンアクリレート(ポリマー/オリゴマー)を主原料とし、粘度調整剤(フィラー)、光重合開始剤、モノマー(希釈剤)などが含まれ、UV/LEDライトで硬化します。

 

 樹脂なので、用意に削れ、陶器などの器膚にふれるとその目に入ってしまい、取れなくなります。

 

 こういうものが付着すると、器から取れなくなるということが問題な訳です。

 

 可燃性の付着物なんて考えるだけで恐ろしいです。

 

 ネイルチップ

 つけ爪(ネイルチップ)はアクリル樹脂ですから、プラスチックのようなもの。

 

 案外硬いので、漆器の表面などを傷つける可能性が高いですし(目に見えなくても)、荒れ肌の焼締めなどではチップ側が削れて樹脂の粉末が中に入り込む可能性もあります。

 


まとめ

 料理人がこうしたものをしないのと、茶道で禁止されるのは近しいものがあります。

 

 なのでこれらを許可するというのは「柔軟性」では決してない!ということを改めて記事にさせていただきました。

 

購入元:ヤフオク
購入額:★★☆
 
 正月休みの間にスペースでおしゃべりしながら入札したら落札できてしまった茶盌です(笑)
 
 元々、この手の茶盌が欲しかったので、ま、いっか!と(笑)
 
 三好粉引は三好長慶が所持したところからの銘ですので、鬼萩の覗きがあるものは「鬼十河」という銘にしましたから、こちらは三好之虎(実休)に因んで「物外(ぶつがい)」という銘にしようと思います。
 
 物外は三好実休の軒号である「物外軒」に因みます。この言葉は「物質界のほか。形ある物以外の世界。世事を離れた所。俗世間の外。」という意味を持ちますので、「そこにある形ではなく、そこに込められたその心を見よ」という意味になりますでしょうか。
 
 なかなか含蓄のある銘になりましたね。
 
 三好実休は武野紹鷗に茶の湯を学び、津田宗達と親しく、その他今井宗久、北向道陳、千利休とも交流が有る大名茶人でもあります。
 

 長慶が和歌・連歌に傾倒したように、茶の湯に傾倒し、名物を五十も持っていたと『山上宗二記』に記されており、武人で数寄者とされた唯一の人でもあります。

 
 敬虔な法華宗の信徒でもあり、日珖に帰依し、堺北荘の妙国寺の開山に寄進をしており、主君氏之を弑した五年後から実休を名乗っています。
 
 利休の茶の湯において、彼の影響は限定的とはいえ、少なくないものが有ると思えるのです。

 

 

 Threadsでこういう記事が上がっており、びっくりしました。茶道の先生の娘さんらしいのですが、「ネイルOK?!」とかなり驚きました。

 

なので、「そちらの教室の外では辞めてほしいです。ネイルもピアスも、ヘア飾りも。柔軟性はそういうところで発揮するものではありません。何故、駄目なのか考えていただきたいですね。」とレスしましたら、なんと……

 

「承知いたしました🙇🏼もちろんそちらには行きません、ご安心ください🙇🏼」

 

 という返事。いや、そういうことじゃないのよ。その後のレスには返事はないので、ミュートされたか無視されたかでしょうねぇ。

 

 そこで、こういう記事を投稿。

 

 これにいくつかコメントをいただきましたが、その中に「私はこちらの記事で先入観がつきました」というコメントが。

 

 そこには「掃除・片付けが苦手」「上から叱られたり・説教されるのが嫌」という言葉があったので、「それは向いてないからやらない方がいいですよ」と返しました。

 

 掃除・片付け、好きじゃなかろうがするものですし、先生が間違いを指摘したり、指導したりするのは当たり前です。それが嫌!というなら、別に茶道をする必要はないと私は思います。

 

 そういう人は、自分で点てて飲んでいればいいんです。美味しく点てられるようになるかは知りませんが。

 

 茶道とは習い事です。

 師弟の道です。

 

 稽古場を掃除したり、自分の使う道具を準備したり片付けするのは「当たり前」です。苦手だからやりたくないなら習えません。

 

 私なんかも別に掃除好きじゃないし、片付けは生活の中ではあまり上手にできる方ではありません。ですが、稽古場は掃除しますし、茶道具は小まめに片付けます。

 

 習慣になっているからです。

 

 さて、話を戻しまして、ネイル。

 

 何が駄目かというと、上に付けている被膜がそもそも駄目。これで茶盌にふれると、擦過痕が残り、釉薬に薬品が付着してしまいます。そしてこれが意外と取れない。

 

 つけ爪などはもっとアウト。というかつけ爪なら外してきてくださいね。

 

 付けていただいたコメントの中には色々と頷くものがありましたが、茶道というのは「外見を飾らず、中身を磨く」ためのものです。

 

 外見を飾りたいなら、茶道は辞めておいたほうがいいです。 自分の勝手な考えで、茶道の決まりを変えてもいけません。これは先生であってもです。

 

 私は嫌われても、煙たがられても、こうしたことをしっかり言える先生であり続けたいと思います。

 美味しくなければ、お茶(抹茶)じゃない。

 

 甘くないければ茶の湯じゃない。

 

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「すみません。皆さんにお聞きしたいことが。

茶道というのは、いつから俗物根性丸出し、道具自慢したいだけの成金趣味になったのですか?

そして、一部の茶道家の職人を見下す態度が我慢ならないので、全てに当てはまらない茶事を作ります。」

 

 という投稿がありました。

 

 コレに対して、非常に面白いコメントが並んでいます。

 

 その中のコメントで、足利家を成り上がりと捉えているものがありましたが、足利氏は最も源氏の嫡流に近い家として、全国の御家人から尊敬を集めていた家で、鎌倉時代、北条氏でさえ(反乱しないように)気を使っていた一族です。

 

 つまり成り上がりではないので、成金にはなり得ない訳です。

 

 また、足利義政は侘数寄の源流たる侘びを文化の中枢に据えた人物でもあり、当時、王朝趣味が主流だった和歌の世界で、万葉集の侘びた叙情を好んだことから、武家社会に侘び数寄が受け入れられる素地を作ったといえなくもありません。

 

 ほかには、「茶道は元々茶の湯を通じて心を清め禅の精神を養うことを目的とした文化」という主張がありました。

 

 現在主流である千家が「禅の精神性を強調している」のは確かですが「元々」ではなく、それは江戸中期以降の話です。

 

 そもそも千利休の家は法華宗であり、利休個人が大徳寺に寄進したり受戒しているだけであり、禅宗に帰依している訳では無い点もよくよく考えなければなりません。

 

 また、茶事というのは、禅宗の精進料理から発展したと考えられていた訳ですが、実際には精進料理も本膳料理の省略形であり、そこから派生したものである訳で、特に禅の影響が有ったわけではないのです。

 

 主にこの省略を形式化したのが禅宗であっただけであり、室町後期~江戸前期までに茶の湯は禅宗の影響が強いとは言い切れないのです。

 

 それは、茶の湯の担い手である商人が浄土宗・浄土真宗、そして法華宗の信徒が多かったからです。

 

 禅の影響が強くなったのは江戸中期に白隠がでてからのことであり、わかりやすい禅が民衆に受けたことで、茶の湯の精神骨格として取り入れられていったという研究もあります。

 

 そもそも、茶の湯の歴史は将軍家の威信回復のためのランキングから始まっています。

 

 席次を争い、いい道具(価値の高い道具)を鑑賞し、それを下賜されるために寵を競った訳です。

 

 その後、侘数寄が生まれ、戦国の商人たちに広まり、奈良流(珠光流ではなく)の正統は足利義輝の同朋衆となっています。

 

 禅が強調されるようになった江戸中期は文化的に華美になっていた時代ですから、時勢の中で己を見失わないようにしようという潮流が民間にあったのかも知れません。

 

 但し、江戸期を通じて主流は武家茶・大名茶であり、唐物主体の茶の湯であったことも事実です。江戸期は唐物の絶対数が不足し、中興名物などが取り上げられるようになったことでもそのことが分かります。

 

 現代になって、唐物という言葉を「舶来品」と混同する茶道家が増えていることも、残念なことではありますが、言葉を厳密に使っていかないと、間違えることが多いです。

 

侘茶は「唐物が使えない(持っていない)ので国焼だけで行う茶の湯」であり、侘数寄は「侘びた唐物と国焼を取り合わせて行う茶の湯」であり、両者は隔絶しています。

 

 千利休は侘び数寄の人であり、侘び茶の人ではなかったというのが、私の主張するところです(侘び茶を興すのは千宗旦)。