次は立礼席。表千家看月庵の磯野碩昌先生が御席主です。
入ってすぐに「え!?」と思ったのは、立礼卓の上に「棚が載っている」こと。
このタイプの立礼卓の右側に
三木町棚が載ってるんですよ。
看月庵では「江岑棚」と呼ぶのだそうですが、一般的には背の高い方が「三木町棚」、背の低いほうが「江岑棚」といいます。
いやぁ、立礼卓に棚載せるんだーと思いましてお尋ねしたところ「ウチではいつもやるんですよ」とのこと。
こういう畳の立礼卓なら分かるんですが、初体験で、面白かったです。
表千家看月庵は、如心斎の門人・中村宗鷗を祖とする流派で、宗鷗は別名・仙悦。
五代・中村碩鷗が中興し、碩鷗棚という三木町棚にもう一段棚が付いたような小棚があります。
碩鴎棚は三重棚、二重棚、江岑棚(三木町棚)、米棚など複数の棚の稽古ができるように考案された小棚で、米棚を使うことから江戸千家との交流があったと思われますね(そもそも、初代が不白と同門)。
色々ご質問いたしましたら、流儀の歴史を教えて下さいました。途中途絶したこともあったようですが(戦争で焼けてしまって)、お弟子さんたちが呼び戻されて、今のお家元家が続いているのだとか(当代のお家元は席主先生の兄嫁にあたるそうです)。ウチの流派の皆様も、もうちょっと見習っていただいて、お家元家が安心して茶道に邁進できる環境づくりをしませんとね。
こうした流派がなくならないよう、是非お弟子さんが増えていただきたいですね。
水指は胴締めの瓢形と仰っていらっしゃいましたが、どちらかというと繭形。実はこれを繭だと思ったので、花入にはいっていた山葡萄を桑の実じゃないかと勘違いしたんです。花はまだまだ修行の身ですなぁ~。
お軸や花入など、お家元の物や近しい方のものだそうなのですが、申し訳ないのですがあまりピンと来ず(知らないからなので、もっと勉強します)。
香合の方はいろは歌が書かれているとのことでした。
こちらの御席はやはり、立礼卓で棚ものをするということが大きなポイントだったと思います。
これから先、こういう御席が増えても面白いと思うのですよ(正直単に立礼卓だけでの点前は単調でつまらないので)。






