今日は旧暦九月十三日、壬寅庚戌甲午。

 十三夜です。


 これは「後の月」や「後の名月」と呼ばれる催しです。この「後の名月」は日本独自の風習で、一説には宇多法皇が、九月十三夜の月を愛で「無双」と称したことに因んで、醍醐天皇が延喜十九年に観月の宴を催し、これが風習化したものだと言われています。

 十五夜は芋を供えることが多いことから「芋名月」などと呼ばれ、十三夜は栗や豆を供えることから「栗名月」や「豆名月」と呼ばれています。

 また、江戸時代の遊里では、十五夜と十三夜の両方を祝い、どちらか片方の月見しかしない客は「片月見」または「片見月」で縁起が悪いと遊女らに嫌われました。これは二度目の通いを確実に行うための誘い文句で、十五夜に有力な客を誘って十三夜にも通わせるという風習だったといいます。験を担ぐ傾向が強い江戸時代ならではの風習ですね^^

 十三夜は満月に届かぬ月になりますので、欠けたのではなく、これから満ちる不完全さを愛でるということで、日本人らしい名月かと思います♪

 

 この十三夜こそ、「掬水月在手」の軸が相応しいと思います。

 横山宗顕の茶杓を手に入れまして、ヤフオクを眺めておりましたら、「横山宗樹」の名前があり、落札してしまいました。

 



 横山宗樹は裏千家業躰長で、平成28年に亡くなられたようです(淡交平成28年7月号に訃報掲載)。

 

 こうした祖父と孫、親と子、師と弟子という組み合わせは、個人的にとても好きで、「繋がり」という絆を強調させるようでいいですね。

 

 横山宗顕の馬盥茶盌から始まったこの繋がり、このあたりで打ち止めにしておきましょう(笑)

 

 キリがありませんからね!

 

 それにしても、茶杓を見比べまして、あまり作風が似ていない感じです。

 


↑横山宗顕作

↑横山宗樹作

 ただ、宗樹業躰のお父様は数寄者だったそうで、銘の付け方が、私好みでしたwwww<景色から銘が連想できます

 

 来年の晩夏にはこちらの茶杓を使いましょう!

 

 少しずつ、茶杓も増えております。

 これでようやく23振り。

 まだまだ足りないですなぁ。

 日曜日の「お茶会へ行こう」で、宗静先生が、お正客さんに質問しました。

 

「仕覆を返された(表裏ひっくり返した)のですがどうしてですか?」

 

 私は気がついてなかったのですが、たしかにお詰めに流れてきた茶入・茶杓・仕覆の順に並んでいると「留めが茶入を向いている」のです。

 

 ん?

 

 私が間違えたのか?と一瞬思ったので口にしますと、宗静先生が静かに首を振ります。どうやら違うようです。

 

 当流だと、お詰めに流れてきた拝見の道具は

 

 茶入・茶杓・仕覆

 

 の順にお詰めさんの左膝外縁内に並べるのですが、その時、仕覆の留めは外(茶入とは逆側)を向いています。ところが、流れてきた仕覆は反対の茶入側に留めが来ています。

 

 こうすると、仕覆を扱わないと亭主に返すことができなくなりますので、外(上座に留めが向いたまま)のままにしています。

 

 そこで、理由をお聞きしたということなんですね。

 つまり、ここが「流派の違い」です。

 

 表千家さんでは、拝見の際に茶入が先に流れていくため、茶入に対して留めを向けて拝見を回すのだそうです。なるほど、たしかに置き合わせるときは、留めが茶入を向くように置きます。

 

 ただし、当流では「仕覆は稀少な裂地であり、できるだけ触らない(ダメージになるようなことは避ける)」という考え方のため、仕覆の向きを変えて留めの向きを合わせることが多いです。

 

 仕覆の平置き(平点前の際に釜付に留めを向ける際)も、折り方を変えずに向こうに底を向けて置きつけます。

 

 こうした、小さなことにも差異があるというのは、面白いなぁ……と思った次第です。

 

 表千家はこうでしたが、裏千家や官休庵、藪内流などはどうなのでしょうね。

 日曜日は「お茶会ヘ行こう」でした。


 いつもいらしてくださるOさんとWAさんをお迎えしての会です。この一年ほど、ほぼ欠かさずいらしてくださる、有り難いお二人ですm(_ _)m


 もうお二人ほど来てくださると、場も賑わうのですがねぇ〜(苦笑)


 今回は届いたばかりの横山宗顕業躰の茶杓をお出ししました♪


 そして、WAさん、いつもお花をありがとうございます! 今回は残花なのでいつにも増してふんだんなお花を持ってきてくださいました!


 お陰で宗全籠もみすぼらしいことにならずに済みました。重ね重ねありがとうございますm(_ _)m


令和三年九月七日 壬寅庚戌戊子

床 軸    掬水月在手 真言宗随心院門跡三十五世玉島実雅筆
  花入  宗全籠 粟田元竺作
  花   残花
 
 釜 大講堂釜 龍敏堂造
  風炉 鉄道安風炉
  屏風 網代裏銀腰張
  敷瓦 織部

  水指 志野 細 浅井礼二郎作
  茶器 油滴 三島 浅見与し三作 笠井宗裕贈
   仕覆 浜千鳥緞子 雁に見立てて
  茶盌 主 箕面 紅葉 松田箕山作 銘「孝養」
     次 赤楽 古都の夕景 吉村楽入作
  茶杓  横山宗顕作 銘「大塲鎮之竹」
   建水 春慶 面桶
   蓋置 染竹 天節
 菓子器  備前 四方鉢 田坂宗津遺愛
 菓子司  松茸 武州板橋 梅香亭
 御 茶  神楽殿 山城宇治 山政小山園詰

 棚 寿棚 煎茶箪笥
  水指 仁清写 蔦文 森里陶楽作
  飾棗 春秋棗 即中斎好 岡本陽斎作
  茶盌 主 布志名 白楽 土屋雲楽作
     替 黒楽 佐々木松楽作 御題「水」
     替 赤膚 萩釉 大塩正人作
     数 阿漕 三島 福森十浦作
  茶杓  安住樂風作 千少庵作『矢瀬』写 銘『八瀬』
   建水 吉向 栗茶内釉鉄鉢 吉向陶苑造
   蓋置 煤竹 天節
 菓子器  青漆内朱高坏 岡田漆園作
       而妙斎宗員花押
 菓子司  五郎島金時芋 加州金沢 かわむら
      彩果の宝石  武州大宮 トミゼン
      わらび餅   城州大原 玄印
 到来物  有平糖 城州紫野 紫竹庵
 御 茶  四方の薫 城州宇治 山政小山園詰
                  以上

 本日は旧暦九月九日、壬寅庚戌庚寅、重陽の節供です。


 別名菊の節供でもあります。

 茶道でも馴染み深い「陰陽」と「五行」ですが、これらは十干十二支にも関わっています。
 十干とは太陽が十個あって、毎日違う太陽が昇り十日で一巡すると考えられていた商民族の思想です。王族が十氏族あったとされ甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の王族があったといわれています。

 十日で一巡することを旬といい、一か月が丁度三十日であることは月の満ち欠けによりますが、三旬してひと月になるという符合は面白いと思います。

 五行は五惑星に相当するといわれ、、水星・金星・火星・木星・土星と符合します(というよりも、符合して名づけられたと考える方が正しい)。

 この十干、陰陽、五行は元々別の思想でしたが、徐々に結びつき、春秋戦国時代には陰陽五行説として定着します。

 十干と陰陽・五行は簡単に結びつきます。五行を陰陽に分ければ十干となりますので、自然な流れでしたが、十二支の方は月との結びつきによります。一か月は三旬ですから、陽の旬と陰の旬が交互に来ると考えると、月はもともと陰陽に結びついています。月も平均29.5日ですから、陽月と陰月に分けて30日と29日の月が生まています。これが五行と結びついて年を示す暦(六十年)が一巡するようになります。太陰暦は354日で、月平均29.5日、つまり陽の月と陰の月があることになります(奇数月が陽の月で29日、偶数月が陰の月で30日)。

 これは日にも振られ、360日で一巡しますので若干ずれます。ですが、実際には公転日数は365.2422日ですので、一年ごとに太陽の動きとは徐々にずれて行きます。正確には月の公転日数による一年は354.3671日で11日ほど短くなります。このため、三年に一度閏月を置いて暦を修正します。

 さて、数字に陰陽があり、同じ数字が重なることを重陽といって、古くは凶事の日として祓いをしたものですが、いつしかそれが祀りとなり、祝いの日とされるようになっていきます。元日を除いた三月三日(上巳)、五月五日(端午)、七月七日(七夕)、九月九日(重陽)と、一月七日(人日)を合わせて五節供と言います。ここにも五行の思想があります。面白いのは十一月十一日は数えられないのですね(笑)

 これは、十干の外の数字であるからとも言われます。

 さて、重陽の四節供がいつごろから祓いから祀りに変わったのかは、正確に分かってはいませんが、孟嘗君の故事から、既に戦国時代には祝い事と一般にとらえられていたことが解ります。ただし、貴人たちは本来の意味から凶事を祓う意味として執り行っていたことも窺えます。

 本来は四節供すべてが重陽なのですが、上巳・端午・七夕と呼ばれるようになり、重陽という言葉は九月九日を指すようになったのも春秋戦国時代と考えられています。上巳が桃の節供、端午が菖蒲の節供、七夕が梶の節供と呼ばれるように、重陽も菊の節供と呼ばれます。

 重陽の節供に因んだ席では、菊花酒(菊の花弁を散らした酒)を振る舞ったり、秋雛をしたり、長寿を祝うために「茶是長寿友」の掛軸を用いたりします。ちなみに、明治以降十六八重表菊は使用が禁じられ、皇室の紋として「菊の御紋」と呼ばれます。弁数を減らした十五菊、十四菊、十二菊や十菊、などが用いられ、代紋とされています。

 相応しい掛軸としては「茶是長寿友」「采菊東籬下」「秋菊有佳色」あたりでしょうか♪