ギャラリー御倉さんから、はがきが来ております。

 

 今週末は、池袋東武ですね。

 今回はどんないいものがありますでしょうか!

 10/4~10/10(月)までだそうです!

 

 桂月堂さんも来ていらっしゃるので、直しに出したいもの預けたいのですが、水屋ができるまでは大蔵省が同意してくれないからなぁ……。

 

 皆様も是非お出かけください♪


 ちなみに私は日曜日に伺う予定です!

 月桑庵には、3種類の水引があります。



赤い花をつける【水引】。

白い花をつける【銀水引】

そして、白い花びらの先が赤くなる不思議な変種。

 元々ミズヒキは上から見ると赤く、下から見ると白い様子から紅白の水引のようだということで【水引】と呼ばれるようになったもの。

 それが、上から見ても紅白になっている変種ができてしまったのは、何故かというと、銀水引の隣に水引を置いていたら、いつの間にかこうなっていたのです。

 慌てて他の銀水引を植え替え、他の場所に移したので、銀水引は無事に残っていますが、この変種は定着して毎年白い花びらの先が赤い花を咲かせています。

 紅白がランダムに混ざる水引を【ゴシキミズヒキ(五色水引)】と言うそうですが、ランダムに混ざっている訳ではないので、違いますよねぇ〜。

 離れてみるとピンク色に見えるので【桃水引】と呼んでいますが、【石竹水引】の方がいいかも?(笑)
 

 

 面白い茶杓を見つけたので入札しましたら、あまり有名でなかったのか、落札できてしまいました。 

 

「昭和己卯九月三重愛国婦人会代表として近藤華香女史が支那派遣軍慰問之際持帰りたる竹を以て茶杓を作り記念とせむ 応需 長嘯庵 花押」

 と蓋裏にあります。

 筒には

 

「大場鎮之竹」

 

 と書かれておりまして、これは上海郊外の大場画のことと思われます。

 

 横山宗顕は大正15年に『茶道第一歩』、昭和11年には『茶道裏之桟』、昭和15年には『茶道秘録』を出版しています。『茶道秘録』の目次などを見ると裏千家の方のように見えます(行之行台子とか貴人点という言葉があるので)。

 

 別名は聡軒。

 

 実はこの方が銘をつけた馬盥茶盌を持っておりまして、セットで使うのにちょうどいいかなー?と思った次第です。

 

 使うのは来年の7月になりますねぇ~♪

 私は流派の改革をずっと考えていて、Evernoteにまとめています。

 受け入れられやすい形にして、いくつかの段階を経て最終形態になるように練り直しています。

 

 改革の骨子は【「許状」と「免状」の分離】です。

 これは許状が「習うことを許す書状」であるのに対して、免状が「禁止されているものを免ずる書状」であることを明確にすべきと考えたからです。

 

 許状で教えていいとするのではなく、許状は習うことのみを許し、免状によって教えていいとする組織の在り方です。

 

 免状を取得するには筆記試験と実技試験を行い、合格しなければ教える資格を与えません。

 

 これはあくまで資格を与えるのであって、流派から離れたら教えを伝えることは禁じられます(当たり前ですが)。

 

 詳細は書きませんが、この二柱を軸にして、教える内容も明確にし、他流との違いを明確に分かってもらうことも大事にしていかないといけません。

 

 大きな流派と違い、何をしなくても弟子が増える訳では無いので、内実を高める努力を怠ってはならないと感じています。

 家元制度を嫌う方や、疑問を持つ方が結構いらっしゃるのですが、そういう方々にわかりやすい方法が「サブスクリプション」なのではないか?という風に感じました。

 

 サブスクリプションというのはなにか?といいますと……商品やサービスを所有・購入するのではなく、一定期間利用できる権利に対して料金を支払うビジネスモデルを指します。 英語圏では新聞、雑誌の定期購読などで古くから用いられている言葉です。

 

 日本語では「定期購読」と訳されていますが、これは誤訳で「一時利用契約」というのが正しいかと思います。

 

 つまり、契約している期間のみそれを利用できる――ということになります。

 

 これを茶道に当てはめると、月謝は師匠に対する稽古をつけていただくことに対する謝礼の月極払いですので、意味が違いますが、○○会などという団体に所属して年会費を払っていますよね?あれが、このサブスクリプションにあたります。

 

 そのサブスクリプションのグレードをアップさせるのが許状(または免状)で、年会費は変わらない(流派によっては一般会員と教授以上で金額が違うこともあります)が、教えていい内容が変わるということですね。

 

 では、この会派を辞めて年会費を払わないということはどういうことになりますでしょうか。

 

 流儀の教えを利用して教えていいという契約のようなものですから、「自分が身についてる内容を教えるからそういうものは不要」というのとは違います。

 

 そもそも、家元に「教えていい」という認可を頂いて教えているのですから家元制度を否定し、家元を否定するのであればその流儀を教える資格を喪失することになります。

 

 これを回避するには、家元株を入手して(大金を納めて)流派を立てるか、全く違う流儀を打ち立てるかしかありません。

 

 現代風に言えばこの家元株を入手するというのは、フランチャイズ的なサブスクリプションとして流儀の教えを提供する権利を買うとでも理解してもらえればと思います。

 

 これを支払いもせず「家元」を名乗るのは、不自然な気がする訳です。 家元制度を否定するにしても、まずは制度に則り、独立してから組織の在り方を変えるべきで、反旗を翻して無料でサブスクリプションを利用し続けるのは逆搾取ではないでしょうか。 先人への敬意が足りないとも思えます。

 

 家元制度というのは、江戸時代に始まったサブスクリプションであるという理解、如何でしょうか。


 私が教授になったとき、長老格の宗匠がおっしゃいました。


「教授は教えてこその教授。但し、教えるのを辞めるとき、看板は借り物だから家元に返すべき」


 なるほど!とその時にも思いましたが、こうしてサブスクリプションではないか?と考えると、よりしっくりいたします。