水屋の出入口に敷居と鴨居が付きました。
これだけで雰囲気変わりますね!
稽古場と水屋の方が6cm高いので、ここに前の端畳置いたら、スリッパ脱ぐの忘れずにできるかな?と思ったり。

貴人口前の畳は新しく、廊下幅で作ってもらいます。
 

廊下全景。水屋の出入口は柱の都合でアウトセット。
天井下に茶道具置き場を作りました。なんとか紹鴎袋棚が入るといいんですが。
 
 

貴人口にも敷居と鴨居がついており、床も柱が立ってます。
 
あとは内装ですね。
4/10完成の予定ですが、どうなんでしょう。
 
一応、4/17~21で道具の大移動を行う予定です。

 本日は旧暦二月十八日、二十四節気の第五節「清明」です。

 清明とは「清浄明潔(清らかで活き活きとした様子)」を略した言葉で、春先の躍動感に溢れる情景を意味します。『暦便覧』には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」とあります。

 花が咲き始め、枯れた草花の中から新芽が出てくるなど「復活」の印象が強い時期ですね。ちなみに、キリスト教では3月末~4月中旬ぐらいに「イースター(復活祭)」があり、これはキリストが死後三日後に復活したことを祝う祭りとされていますが、実はユダヤ教の「過越の祭」を雛形として成立したもので、時期も近いことですし、キリスト教圏で茶道を行うということにおいては、クリスマスと並んで取り込みやすいものかもしれません。

 日本では全国的に桜の開花時期にあたり、花見真っ盛り……とはいえ、近年は大分繰り上がったりするので、微妙なところですね。


 南国(九州など)では燕が渡ってきます。雨が多くなり、暖かくなったのち小雨が降り続いて寒さが戻ったりします。この戻りは、実際にそれほど寒くはないのですが、体感的に寒く感じることが多くなるため、風邪を引きやすいのもこの時期です。

 支那では、先祖供養をします。沖縄でもこの風習が残っているそうです。全国的には彼岸にこの習慣は含まれてしまい、日本ではあまりこうした行事をする習慣はありません。これは、支那の花見といえば梅で、彼岸が日本独自の行事であるため、夏になる前に墓を清めることで、先祖供養の一環となったのかと思われます。

 茶道では桜の道具が登場したり、月遅れだとひな祭りの道具立てなどが行われるのもこの時期になります。実は、炉を掘れる場所では野点も行われ、吊釜として代表的な雲龍釜の故事などを偲びます。また、旅箪笥が小田原陣中で用いられたのもこの時期です。謡曲「隅田川」に因んだ隅田川文様もこの時期のものです。梅若丸と花御前の故事から、橋(弦)、枝垂柳、渡舟が描かれます。

 和服は、雨が降りやすかったり、夜はまだまだ寒い時期になりますので、傘や上着を余分に一枚持っておくのがいいですね。袷では暑いと感じる人も多くなりはじめるので、春分を過ぎると人形仕立てにし、清明を過ぎる頃には襦袢を薄手の物に変えるなどの工夫が始まります。

 清明に相応しい御軸といえばやはり「渓水山風共清」「碧潭清皎潔」「清坐一味友」あたりでしょうか。個人的には茶掛らしい「清坐一味友」を推したいですね♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝、室町戦国期の和歌を集めた本(『室町和歌への招待』【林達也・広木一人・鈴木健一/共著】)を読んでおりまして、「あー、これは茶の湯のことを言ってるな」という和歌がありました。

 

 解説を読むと、茶の湯には触れておらず、歴史学者にもありがちなのですが、茶の湯の知識がないため「専門の世界だけで考えようとする」のですよね。

 

 室町戦国期は茶の湯全盛時代で当時の一流文化人はほぼ茶の湯に関わりがあります。

 

 和歌の大家である、三条西実隆も、武野紹鴎に手解きしているほどには茶の湯を嗜んでいます。

 

 史学的には武将や商人の繋がりなどにも茶の湯の繋がりがないと「どういう繋がりが?」というようなこともあります。これは和歌や香道というものでも似たような事象が起こります。

 

 つまるところ、和文化というのは、和の骨子が織り込まれているため、類似の世界から仮借するということが往々にして行われており、相互に影響し合って発展しているため、それだけを学んでいても駄目であろるということです。

 

 先日、志野棚を指して、「紹鴎袋棚」と仰っていた方がいらっしゃいましたが、香道の知識があれば、「それは違うだろう」となる訳です(紹鴎の袋棚は両開きの戸袋棚であり、二本柱の猿曳棚系と四本柱の引拙棚系があります)。

 

 香道では様々な種類の志野棚が再好されており、あの形を志野棚以外で称したものをみたことがないほどです。

 

 つまり、茶道は、「茶道だけを学べば良いというものではない」ということになります。

 

 そこには、歴史・和歌・漢籍・能・香道といった世界が密接に関係しており、それ以外にも諸々の和文化が関わっています。

 

 和歌を学ぶにも、歴史を学ぶにも、茶道は不可欠であると思います。

 

 

 

 物価高騰の煽りを受けて、到頭、月桑庵の月謝も値上げすることになりました。

 

 月2回で7000円です。

 

 Threadsなどをみていると、軒並み一万円を超えているとか、さらに値上げされた!なんて話がちらほらあり、弱小流派としてはこれ以上上げるのは難しいな……と思っています。

 

 その代わり、「お茶会へ行こう」を月謝を納めた方は無料にすることにしました。

 

 水屋が完成すれば、水屋の稽古やお運び、陰点てなどを稽古できますので、より皆さんに参加していただきたいですしね!

 

 月桑庵の改装工事は4/10完成予定。

 

 いよいよ来週ですよ!

 

 愉しみです♪

 結論からいえば、えんみ=塩味は、「江戸時代から使われ始めた専門用語」らしいのですが、室町時代の料理の本には「鹹味」と書かれていることから、「鹹」が読めないか知らなかった人が多数出たということなんじゃないかと。

 

 それでも、五味は「鹹味」と書かれています。

 

 実は「塩」は「鹽」の新字体と言われていますが、奈良時代から使われている俗字だそうです。

 

 さらにいうと、この俗字は日本でしか使われていません。

 

 この塩は「土」+「鹵」+「皿」で構成される漢字で、実は鹽とは別の漢字です。

 

 これは海水を塩田で結晶化して、土器に入れて運び、空気中の水分と結合してベタベタになってしまうのを土器ごと焼いて乾燥させる「焼塩」という手法をしたことにより国字ではないかと言われています。

 

 鹽とは、「監」+「鹵」の会意形声文字で、「監」が音符であり、「鹵」が部首となります。では「監」とはなんだったのでしょうか?

 

 監は「臣」+「人」+「皿」。「しっかり見開いた目」の象形と「たらいをのぞきこむ人」の象形と「水の入ったたらい」の象形が合わさってできています。「鏡(手本)に写して見る」という意味となり、「かんが-みる」「しら-べる」「み-る」という意味が生まれます。

 

 さらに「監獄」などのように用いられ「監」だけで「牢屋」のような意味が派生しています。これは、元々の皿に「区切られたもの」という意味があるため、「臣」が監視するというニュアンスを持っていたからと言われます。「人が区切られた場所に入れられしっかり見開いた目でみられる場所」となれば、当然ですが監獄ですね。

 

 この監と鹵が結びつくと、塩田の意味になります。つまり、鹽とは塩田で作られた「人工のしお」のことです。ただし、この塩田は海岸部ではなく、大陸の中で「岩塩を水に溶かして精製した」ものです。これは、岩塩には毒素が混ざっており、大陸の岩塩は砕いただけでは使えなかったからであると言われます。

 

 さて、塩に戻りますが、日本では岩塩はほとんど取れません。つまり、日本の塩は、海水を煮詰めたものが最初だった訳です。これが「土器」の土が部首となっている理由です。

 

 では最初にもどって鹹とはなにか。

 

 「鹵」+「咸」の会意形声文字で、「鹵」はしお、「咸」はひきしめる・まとめるなどの意味をもっているそうですが、ここは感に通じるものであると考えられるのです。

 

 しお気を感じることを「鹹」といい、「しお」「から-い」「しおから-い」と読みます。

 

 また鹹水(海の水から作った製塩過程で濃縮した食塩濃度の高い水)という用法もあり、鹽が陸地のしおだとすれば、鹹は海のしおだという説もあります。

 

 そうなると、鹽と鹹と塩は全く異なる字であるということになります。

 

 なので、鹹味の代用字として塩を使った「塩味(えんみ)」は不適切であり、「鹹味(しおみ)」として再度普及させたらいいのではないかと思うのです。

 

※漢語では、甘味(あまみ)は甜味(テンミ/ティエンウェイ)といい、「かんみ」とは呼ばないのも面白い違いですね。