【セキララ教師生活⑧】こうやって先生たちは消えていく | TSUKI NO URAGAWA~月の裏側~

TSUKI NO URAGAWA~月の裏側~

シンガソングライター/元小学校教員(歴12年)
ヒーラー養成スクール校長/四柱推命鑑定士

起業1か月で月商7桁、2年目で年商8桁達成
1000名以上のカウンセリング、20名のヒーラー養成

どん底から大逆転!夢を叶え続ける30代のリアルを発信

・・・すごいタイトルだ。

ああ、でも本当にその通りなんだ。

 

 

熱心な先生ほど辞めていく。

一生懸命な先生ほど病んでいく。

その理由がこの身をもってよくわかったよ。

 

ここに書かれていく内容は”わたしが感じた事実”

でもそれは”わたし主観”でしかない。

 

決して不幸自慢したいわけじゃない。

誰かを責めたいわけでもない。

(他の人からしたら違う見方、感じ方があるかもしれない)

 

ただただわたしが感じ、体験した教育現場を記す。

 

それを通じて

学校教育に関わる方々が少しでも”先生”の見方接し方がマイルドになってくれたらと願う。

そしてこうした環境下で教壇に立つ、先生たちが少しでも心のゆとりをもってすごせますように。そして、かつてこのような現場にいた”過去の自分”が癒されますように。

 

  1日17時間労働土曜日出勤

 

もうここまで書いてきたら”1日17時間労働”と聞いて

”何してたの?”って聞く人もいないだろう。

 

 

 

 

 

きっともっと過酷な仕事環境は探せばたくさんあるだろう。

決して不幸自慢したいわけじゃないんだ。

 

ただ、

 

こういう時代を生きてきたよ。

こんな世界が在ったよ。

 

それを伝えることで、この世界のどっかで報われていく人がいるんじゃないかと思って、勇気を出してかいているよ。

 

 

そしてわたしはココから世界を変えてきた。

その伸びしろが、誰かの希望になったらいいなと思う。

 

  ”うちの子が席につかないのはあなたの授業がつまらないから

 

衝撃的な言葉ですね。

多分教師生活で一番つらかった言葉だと思う。

 

この時受け持ったのは1年生。

40人いた。

 

入学間もない子たちが不安になって落ち着かないことは珍しいことではない。

だけどわたしのクラスには席につけない子が3人もいた。

これは最初に受け持ったクラスでもそうだった。↓

 

 

でも決定的な違いは

”教室にいてくれたこと”

”支援員さんがいてくれたこと”だった。

 

この学校にも支援員さんがいたが、他のクラスや学年でも日々いろいろなことが起きていて、正直全く人数が足りていなかった。

 

誰かが教室を飛び出してしまっても、運よく支援員さんがいたら追いかけてもらえた。

でも、大抵の場合は自分で追いかけるしかない。

その間クラスには大人がいない。

 

飛び出した子に追いついたとしても、すぐに戻ってきてくれるわけでもない。

気持を落ち着いてたり、話を聞いたりしながらようやく教室へとかえっていく。

 

 

 

そして大人のいない教室で、1年生が静かに待てるわけでもない。

(これは子供がわるいわけでもない。言い訳に聴こえるかもしれないけど、入学したての1年生との信頼関係をすぐに築くのも難しい。)

飛び出したこの手を引いて教室に戻ると、

ケンカをしていたり、お漏らしをしていたり。

何かしら待っている。

 

一通り対応して、出遅れすぎた授業がようやく始まっていく。

 

 

 

  保護者だって不安になる。

 

自分が親の立場になって、

”自分の子が席につけていない”こんな話を聞いたらきっと不安になるだろう。

 

だからこういう話をおうちの人に伝えるときも、とても勇気がいることだ。だけど安全上の都合もあるし、1人1人丁寧につたえた。

 

”先生、授業もあって大変なのに

うちの子が迷惑かけてごめんなさい”

泣きながらそう言ってくれる方もいた。

正直胸が痛んだ。

 

もしも自分が逆の立場だったら、こんなこと言えたかな?

すごく懐の深いお母さんだなと思った。

 

”もしも教室飛び出しちゃったときは、構わず連絡してください”

そう言ってもらえたので、学年の先生にも相談してそうさせてもらうことにした。

お母さんの理解と協力もあって、だんだんその子は落ち着いていった。

 

 

 

  わかっちゃいるけど辛いこと

 

人には色んな受け取り方がある。

だれかのせいにしなきゃやっていけないときもある。

 

そんなことを一番感じたことがこの出来事だった。

 

さっきの方と同様に別の方にも事実を伝えた。

しかしわたしの思ったような受け取り方はしてもらえなかった。

 

”うちの子が席につけないのはあなたの授業がつまらないから”

物凄い形相で怒鳴りつけられた。

今でもあの衝撃は忘れられない。

 

 

もしかしたらそうなのかもしれない。

そういう冷静な視点は大事だと思うし、例えどんなに授業が上手かったとしても向上心は必要だ。

 

だけどわたしはココに至るまで、本当に素晴らしい先生方に出逢い、

厳しい指導の下でもひたむきに実践と研究を重ね、

先生方や教育委員会、保護者の方々からも授業や学級経営は高い評価をいただいていた。

 

 

並行して音楽学校にも通っていた。

でも仕事で手抜きをしたことは一度もない。

これは一緒に組んでいた先生方もきっと賛同してくれる。

 

それくらいに一生懸命にやってきた自信はあった。

その道を死に物狂いで駆け抜けてきたから。

 

だから自分の授業のせいにされるのは

ものすごく悲しかった。

ものすごく悔しかった。

 

その後も教室中に罵声が鳴り響いた。

 

お前のせいだ!

お前のせいだ!

お前のせいだ!

 

お前が担任じゃなければこんなことにはなってない!!!!

 

わたしは怒りと悲しみ、涙を必死にこらえた。

 

 

その後の記憶を失ってしまうくらいに攻撃的な言葉の矢が容赦なく撃ち込まれた。

 

 

数時間たってさすがに職員室に戻ってこないわたしを心配して

教頭先生が来てくれた。

 

なんとかその場を沈めてくれて、その日はなんとか乗り切ることができた。

 

終わった後、更衣室へ駆け込んだ。

生まれて初めて声を上げて泣いた。

 

泣いたのか、

叫んでいたのか。

あの感情はなんだったのだろうか。

 

とにかく泣いて叫ぶことでしか納めることはできなかった。

 

 

  校長先生の言葉と対応

 

校長先生は理解してくれた。

赴任早々こんな想いをさせて申し訳ない。

 

自分もこれまでたくさんの痛ましい事例を見てきた。

正直これ以上に理不尽で痛ましいこともあった。

 

そうだとしてもこの事態は、痛ましい出来事。

どうか無理をしないで。

本当に心が苦しかったら学校を休んでも大丈夫。

 

療養休暇という道もある。

だからどうか無理をしないでください。

 

自分の状況と心境、すべてを察して理解してくれた。

そして最善の言葉をかけてくれた。

 

この言葉と対応があったから、このあとも私は教師を続けることができた。

 

色んな学校を渡り歩いて、いろんな校長先生に出逢ってきた。

偉そうなことは言えないけど、こういった緊急事態において校長先生、管理職の腕と心の器の広さが問われてくると思う。

 

もちろん子ども第一。そこは間違いない。そしてその子供を守る親も大切だ。

でも、そんな子どもを導く先生たちの心だって大切で。

こういった環境を守るのが管理職の仕事だよなと思う。

 

これができるって当たり前のようでいて、とくにここ数年、我関せず、責任逃れしてしまう軟弱な管理職が増えてしまったようにも思う。

 

子どもたちのためにも、先生が安心して教鞭をとれる体制であってほしい。

 

そういう点を踏まえても、この時の校長先生は本当に最善の対応をしてくれたと思う。

感謝します。

 

 

 

  教育委員会からも励まし

 

この事態を重く見た先生方が、クラスの実態を含めて教育委員会にも報告を入れてくれた。

1年生のクラス分けは、前年度の実態が不明瞭なためこうした事態が起こる場合もある。

 

そしてまた今回の件も、心を病む教師が増えているという観点から早めの方向と対応がなされた。教育委員会の先生が直々に足を運んでくださり、優しい言葉をかけてくれた。

 

また授業や教室環境も見ていただき

”素晴らしい実践をしているのだから気を落とさないでね”

”無理をしないでくださいね”

 

決して長い時間をかけたわけでもない。

だけど私の心は救われたんだ。

 

”この御恩は忘れません”

そしてこの5年後、わたしは本当に彼女にご恩返しをするのである。

 

 

そして悲劇はここでは終わらない。