イエス様との対話 -12ページ目

「熟成」・・Weddingメッセージ

おはようございます。
また、Weddingメッセージをお送りします。
「結婚」に限らず、さまざまな試練や困難、挫折に直面するとき、思い出すと良いメッセージかもしれません。
神様の祝福が、あなたにありますように。

***イエス様からのメッセージ***

愛する人たちよ、おめでとう。 わたしの祝福はあなたたちと共にある。 
祝福、それは目には見えない。 しかし、やがてはっきりと見えるようになる。

それはちょうどチーズが熟成していくようなものだ。 
発酵のプロセスは、あなたがそこに立って眺めていても、目で見ることはほとんどできない。 
それでも発酵は進み、やがて美味しいチーズとなる。

しかしその工程のすべてが、必ずしも快適とは限らない。 
ミルクがチーズになる前には、腐った牛乳のようになる時期もある。 
しかしその工程を知る者は、その時期に投げ出したりはしない。 
むしろそれが熟成への保障であることを知っている。 
だから、そのすべての段階において期待と希望をもって臨み、美味しいチーズができるのを楽しみにする。

結婚の祝福もこれに似ている。 
その工程は、あなたたちの中に既に始まっている。 
あなたたちが意識しない時でさえも、静かに、そして着実に育っている。 

だからたとい時に嫌なことがあっても、決してあきらめてはいけない。 
どんなことがあっても、発酵の途中で投げ出してはいけない。 
愛が熟成するのを待ちなさい。 
そのために何もする必要はない。 
ただあきらめないで、待っていなさい。

あなたたちの愛は、やがて、成熟した愛になることを知りなさい。 
それを知ることによって、そのすべての場面において希望を持つことができ、また、それを楽しむことができるようになる。 

これをもって日々、互いに励まし合い、支え合いなさい。

***

ハレルヤ! アーメン!

詩篇2:5(4/4)

詩篇2:5・・主による解説(2009/11/6)
<4/4> (最終回)

***
そして主は憤りをもって彼らに語り、
激しい怒りをもって彼らを恐れ惑わせて、言われる。
***

<イエス様からのメッセージ>(前回からのつづき)

明日にも死ぬ人と議論し、その議論にあなたが勝ったとしても、
それは何の役にも立たないことをあなたは知っている。
だから、あなたの心は泣き、深く傷ついていたとしても、
微笑みながら、彼の話を聞く。
その人への愛の故に、あなただったらそうしないだろうか?

わたしも、あなたに対して、それと同じである。
それはあなたへの愛の故である。

人は、そのよわいは草のごとく、その栄えは野の花に等しい。
風がその上を過ぎるとうせて跡なく、その場所に聞いても、もはやそれを知らない。
(詩篇103:15,16)

限られた命の人間に対して、わたしはそのような憐れみで接する。
明日の命もわからない人間が、わが手の業についてどんなに非難しても、
わたしはなお、彼を憐れみ、その命をわが手に支える。

しかし力ある者、豊かな者、その権力と富により貧しいものを踏みつけ、
わたしへの子どもような純粋な信頼を奪おうとする者に対しては、
わたしは厳しく語る。

力ある者よ。権力を握り、富を増し加える者よ。
わたしの言葉を聞きなさい。
あなたが踏みにじった貧しい者たちの叫びは、わたしの前に届いている。

「神はいない。 我々が貧しい者達から奪い取っても、神は聞かず、何もすることはない」
と、安楽のベッドに横たわる者たちよ。
あなたが、「自分には災いはない」と言っているそのときに、あなたは地から断ち切られるだろう。
そしてあなたは、わたしの前に立つ。 そのとき、あなたはどうするつもりか?

だから人よ。 この世の偽りの富と力とに頼ってはならない。
わたしがあなたを知り、あなたを愛していることを知りなさい。
そして、あなたのこの世での命と、永遠の世界での命とは、
わたしの十字架に記され、わが傷ついた手の中に彫りこまれていることを知りなさい。

愛している。

(イエス様からのメッセージ、終わり)

***

ハレルヤ! 主を褒め称えます!

詩篇2:5 (3/4)

詩篇2:5・・主による解説(2009/11/6)
<3/4> (長いので、4回に分けて送信します。)

***
そして主は憤りをもって彼らに語り、
激しい怒りをもって彼らを恐れ惑わせて、言われる。
***

<イエス様からのメッセージ>(前回からのつづき)

わたしは憐れみに富み、恵み深く、怒ること遅く、いつくしみ豊かな神である。(詩篇103:8)
人がその創造主を忘れ、さらにはわたしに対して悪態をついたとしても、
そのことでわたしはその人を滅ぼすことはしない。

わたしは、人が肉に過ぎず、やがて死に、その体は塵に戻る者であることを知っているからだ。
たとい人が、天にも昇るほど高ぶり、あたかもすべてを知っているかのように振舞ったとしても、
人の命の時ははなかなく、その終わりがすぐに来ることを知っている。

あなただったらどうするだろうか?
そこに明日は、死ぬだろうという病人がいたとしよう。
もし、彼がさまざまなことを言ってあなたを非難したとしたら、あなたはどうするだろうか?

あなたの心は深く傷つき、泣きたくなるだろう。
事実、あなたの心の傷はとても深く、もしそれを見ることができるのなら、
それは血を流していることだろう。
あなたは心の中で泣いていることだろう。

しかし、あなたは彼に対してはどうするだろうか?
明日にも死ぬ人からの非難の言葉に対して、
あなたは一生懸命、自己弁護をし、彼の非難を論破しようとするだろうか?
その非難は間違っていることを説得しようとするだろうか?

否、そうはしないだろう。
明日にも死ぬ人と議論し、その議論にあなたが勝ったとしても、
それは何の役にも立たないことをあなたは知っている。
だから、あなたの心は泣き、深く傷ついていたとしても、
微笑みながら、彼の話を聞く。
その人への愛の故に、あなただったらそうしないだろうか?

わたしも、あなたに対して、それと同じである。
それはあなたへの愛の故である。

(つづく)

詩篇2:5(2/4)

詩篇2:5・・主による解説(2009/11/6)
<2/4> (長いので、4回に分けて送信します。)

***
そして主は憤りをもって彼らに語り、
激しい怒りをもって彼らを恐れ惑わせて、言われる。
***

<イエス様からのメッセージ>(前回からのつづき)

あぁ、人よ。 あなたの命を支えているものは誰か?
信じるものにも、信じないものにも、
正しいものにも、悪しきものにも、
太陽を昇らせ、恵みの雨を与え、豊かな食物を与えるのは、このわたしである。

しかし人は言う。
それは神ではない。 
天体の配置とその動きによって、自動的に起こる自然の働きだ。
・・と。

その自然を造ったのは誰か?
すべての天体を創造し、地にあるすべてのものを造ったのは、このわたしである。
わたしはあなたを創造し、自然の恵みを与え、あなたの命を支えている。

人は言う。
神はいない。 
自然は、長い長い年を経て進化してできた。
ビックバンに始まり、恒星や惑星ができ、その中に生命が誕生した。
神が自然を造ったのではない。

わたしは言う。
もしあなたが、わたしの存在を認めず、
わが手の業を顧みなかったとしても、
あなたへの愛と恵みは変わらず、わたしはあなたの命を支える。

わたしは憐れみに富み、恵み深く、怒ること遅く、いつくしみ豊かな神である。(詩篇103:8)
人がその創造主を忘れ、さらにはわたしに対して悪態をついたとしても、
そのことでわたしはその人を滅ぼすことはしない。
わたしは、人が肉に過ぎず、やがて死に、その体は塵に戻る者であることを知っているからだ。

(つづく)

詩篇2:5・・主による解説

詩篇2:5・・主による解説(2009/11/6)
<1/4> (長いので、4回に分けて送信します。)

***
そして主は憤りをもって彼らに語り、
激しい怒りをもって彼らを恐れ惑わせて、言われる。
***

<イエス様からのメッセージ>
おはよう。 あなたと話しをするこの時を楽しみにしていたよ。
ちょうど、あなたが子どもたちを共に過ごす時間を楽しみにするように、
わたしは、このひと時を楽しみにしている。

さてこの聖句について・・否・・この聖句を呼び水として、今朝の語らいをしよう。
あなたも気づいているが、わたしは必ずしも、その聖句そのものの説明をするのではない。
そうするときもあるが、わたしはしばしばその聖句を呼び水として使い、
その前後の文脈にこだわらずに、今日のためのメッセージを与える。
では始めよう。

わたしを信じない人々、
あるいは、わたしの物事のやり方を非難する人々は、
大抵、2つのことについてわたしを責める。

一つは、「聖書の神は好戦的な神」だ。
古代イスラエルの時代も、近代の大航海の時代も、
他の民族を武力で征服することを「是」とする神だ・・と、彼らは言う。
そしてこのような聖句は、彼らの非難の「裏づけ」として利用される。

もう一つの非難は、「神は、いたとしても、この世の悪や悲しみについて何もしない」だ。
「だからそんな神をどうして信じるのか?」と彼らは言う。

「世界の悪に対しては何もせず、自分を信じない人々を殺すことを肯定する神など、
誰が信じるか?」
彼らは怒りを込めて、わたしの顔につばきをする。

あぁ、人よ。 あなたの命を支えているものは誰か?
信じるものにも、信じないものにも、
正しいものにも、悪しきものにも、
太陽を昇らせ、恵みの雨を与え、豊かな食物を与えるのは、このわたしである。

(つづく)

もはや出入りできない

申命記31:2
わたしは、きょう、すでに百二十歳になり、もはや出入りすることはできない。

合同のみ言葉の学びで、このことについて少しのディスカッションになりました。

「出入りすることはできない」のだから、多分、自分で歩くことがもうできなくなったのか?
他の人が別の節を思い出しました。
「モーセは死んだ時・・目はかすまず、気力は衰えていなかった。」(申命記34:7)
英語には、気力はnatural force・・自然の力・・あるいは体力?とあります。
それなら「出入りできない」とはどういうことか?
別の人が提案をしました。 
約束の地を取るための、戦いを導くことはもうできないという意味にも取れるかもしれない・・と。

出エジプト記17:10-12にはこういう記述があります。

ヨシュアはモーセが彼に言ったようにし、アマレクと戦った。
モーセとアロンおよびホルは丘の頂に登った。
モーセが手を上げているとイスラエルは勝ち、手を下げるとアマレクが勝った。
しかしモーセの手が重くなったので、アロンとホルが石を取って、
モーセの足もとに置くと、彼はその上に座した。
そしてひとりはこちらに、ひとりはあちらにいて、
モーセの手をささえたので、彼の手は日没までさがらなかった。

そこでクラスでこう説明しました。

実際にモーセがどれほど体力があったのかはいろいろな解釈ができるけど、
どっちにしろ、この聖句では、
モーセでさえも自分自身の役割を自分だけで担うことができなかったことがわかる。
あのモーセでさえそうなら、わたしたちにはなおさら助けが必要ですね。

***

ハレルヤ!
わたしたちは、だれもわたしたちに与えられている勤めを
自分だけでまっとうすることはできません。
主よ、一緒にささえあう仲間を、主にある兄弟姉妹を感謝します。
イエス様のお名前で祈ります。 アーメン

(まだまだ続きます。)

モーセの準備期間

申命記31章のつづきです。

申命記31:1,2 (部分) 
そこでモーセは続いてこの言葉をイスラエルのすべての人に告げて、
彼らに言った、「わたしは、きょう、すでに百二十歳になり・・・

モーセはエジプトの王の娘の子として、王宮で育ちました。
そしてエジプトのすべての知識を学んだと聖書にあります。
40歳になったとき、同国民の救済を決心しましたが、そのためにエジプト人を殺してしまい。
亡命者としてミデアン(今のサウジアラビアの西側あたり)に逃げて行きました。

ミデアンの地では、次の40年間、一介の羊飼いとして生活をしていました。
80歳になったころ、神は燃える柴からモーセに語り、神の使者としてエジプトに送りました。
しかし、モーセははじめさんざん神と議論をしましたが、最終的には神に従うことになりました。

そして彼の最後の40年間は、ある意味でもっとも困難な時期であったかもしれません。
600万もの、いつも不平と不満ばかりもらす大群衆を導いて荒野を放浪したのです。

(まだまだ続きます。)

***

主よ感謝します。

ときどき自分自身のことで、がっかりすることがあります。
自分はこの年月何をやってきたのだろう。
自分の達成したことはいったい何かあるのだろうかと。

モーセもミデアンの地にいたとききっとそう思ったことでしょう。
また、40年荒野をさまよったときにも、どこにも前進していないように何度感じたことでしょう。
しかし、彼は忠実にあなたに従いました。

わたしたちは、決してあのモーセと自分の同列に置くことはできません。
モーセはあまりにも偉大です。
しかし、モーセの試練や教訓、長い準備の期間などから、
励ましやレッスンを自分のものとすることはできます。

また、若者たちのためにも祈ります。
いつも祈りますが、どうか彼らの道を備えてください。
今は、何かまだわからなくても、主よ、あなたはご存知です。
あなたの恵みにあって、彼らの道をお備えください。

イエス様のお名前で祈ります。 アーメン

「あなたがいてくれてありがとう」:Weddingメッセージ

おはようございます。
新しいWeddingカップルのためのイエス様からのメッセージを紹介します。
熟練夫婦のためにも良いメッセージと思いました。
また、いつものことですが、夫婦でなくても、ちょっと言い方を変えるのなら友人や同労者にも言えることだと思います。

「あなたがいてくれて、ありがとう」・・・って

***イエス様からのメッセージ***

愛する人たちよ、おめでとう。 わたしの祝福はあなたたちと共にある。

あなたたちは尊い宝石のようだ。 決して二つとない高価な宝石、それがあなたたちであり、あなたたちの結婚だ。 
わたしは、あなたたちをかけがえのない尊いものとして愛している。 だからあなたたちのために、わたしの命を与えた。

今、目を閉じてみなさい。 そして心の中に、考えることのできる最も豪華な宝石を思い浮かべなさい。 
目を閉じたまま、全世界の富をすべて合わせても、決して買うことのできないほど高価で貴重な宝石を思い描きなさい。 
そして、そのままで向き合いなさい。 そっとあなたの目を開きなさい。 たった今思い描いた高価な宝石が、そこにある。
そう、その人だ。 あなたと共に生きるようになるこの人こそ、その高価な宝石だ。

そして、この言葉を二人で一緒に言いなさい。

あなたがいてくれて、ありがとう
わたしとこれから一緒に生きてくれることを、ありがとう。

この言葉を忘れないようにしなさい。 毎日、このことを思い、互いに感謝しなさい。 もう一度、一緒に言いなさい。

あなたがいてくれて、ありがとう。
わたしと人生を共にしてくれてありがとう。


おめでとう、愛する人たちよ。
わたしの祝福は、あなたたちと共にある。

申命記の背景

おはようございます。

合同のみ言葉学習で、申命記31章を読んでみることになりました。
それをどう導くかはイエスさまにお任せで、
わたしは一切何も前もって準備をしていませんでした。

とりあえず申命記は、ふだんあまり紐を解かないところなので、
若者たちのために申命記の時代的背景の説明から始めました。

<申命記1:3、5>
第四十年の十一月となり、その月の一日に、モーセはイスラエルの人々にむかって、
主が彼らのため彼に授けられた命令を、ことごとく告げた。
すなわちモーセはヨルダンの向こうのモアブの地で、みずから、この律法の説明に当った。 

<説明>
イスラエルの民はエジプトから出てきたものの、
第一世代の多くは主への信頼を持っていませんでした。
いろいろな困難や試練があるたびに、主に対して不平を繰り返していました。
荒野の真中で、600万人もの人々を養うために、神様が奇跡的に与えてくださったマナについてでさえ、
「この粗悪な食物しかないのか? エジプトではもっとよい食事をしたぞ」・・のように、
エジプトでの奴隷状態から救い出されたことへの感謝も忘れ、神の祝福に対してさえも不平を並べていました。

約束に地への入り口カデシ・バルネアまで来たとき、神は言われました。
「この地に攻めて行ってそれを獲りなさい。それは蜂蜜とミルクの流れる地だ。」
(注)
  当時のパレスチナの先住民族は、子供を火に焼いて火の神モロクに捧げるというとても忌まわしい風習を持っていました。
  それ以外にも、ここでは説明しきれませんが非常に邪悪でした。

しかし当時の大人の世代は、それらの地の大きな城壁のある町や、組織的な軍隊などを見て、恐れてしまいました。
彼らは言いました。「こんなところで殺されるよりは、エジプトで奴隷だったほうがましだ!」
神は言われました。
「この民は、40年間荒野をさまようだろう。そして古い世代が死に絶えたあと、若い世代が約束の地を受けるだろう」と。

申命記はその40年間が終わり、いよいよ約束の地に入ろうとしているその直前にモーセが律法の説明をした記録です。


ついでにモーセの五書と呼ばれているものの時代を簡単に説明しておきます。
創世記:天地創造から、イスラエルの民がエジプトに下るまで。 族長たちの時代。
出エジプト記:エジプト脱出。 後半は律法です。
レビ記:エジプト脱出後、40年間の前に書かれた律法書
民数記:40年期間の話。40年の最初と最後に民の数を数えた。 ほとんど同数です。
申命記:40年の後、約束の地に入る前にもう一度律法全体の説明をした。


次回は、申命記31:1、2です。 (つづく)

***

愛するイエス様

あなたのすべての恵みを感謝します。
救いを感謝します。
すべての祝福を感謝します。

いくつかの不足や不便、試練や問題もありますが、
主よ、それらはあなたの救いの恵みと比べれば取るに足りません。
主よ、どうか、あなたの大いなる祝福から目を離し、
問題や試練の故に不平や不満を言い出さないように、わたしをお守りください。

わたしはイスラエルの民以上のものではありません。
彼らが不平を漏らしたようなことで、わたしも心に不平や不満をもったこともあります。
主よ、それがどんなにひどいものか、どうか思い出させてください。
あなたが与えようとなされている大いなる勝利という約束の地を、
自分自身の不平や不満で、受けとることができなくなってしまいませんように。

しかし主よ、わたしは自分自身を支えることはできません。
あなたがしてくださらなければ、わたしにはそれさえもできません。
主よ、そのことの故にあなたを褒め称えます。
わたしの弱さにもかかわらず、心を蝕む不平や不満にもかかわらず、
主よ、あなたの恵みの故に、ただあなたに頼ります。
あなたを褒め称えます。
あなたのみ名を崇めます。
問題を感謝します。
試練を感謝します。
いらいらしたり、がまんできなような状況もありますが、それをも感謝します。
主よ、あなたに感謝します。

愛するイエス様のお名前で祈ります。
アーメン

詩篇2:4・・主による解説

詩篇2:4・・主による解説(2009/11/5)
***
天に座する者は笑い、
主は、彼らをあざけられるであろう。
***
<イエス様からのメッセージ>

わが名を知り、わたしの恵みの救いに預かるわが民よ。
あなたとわたしとのきずなを断ち切ろうと身構える、いかなるものも恐れてはならない。
それが他の人からの不注意な傷つける言葉や行動であれ、
あなた自身の弱さや欠点であれ、
あるいは故意にあなたを攻撃する敵の声であれ、
それが何であっても、心を乱してはいけない。

主なるわたしは力強い王であって、
あなたをわが胸元に捕らえているからである。
あなたへの愛は非常に強く、
それはわたしが天国での「王の王」としての地位までかなぐり捨てて、
小さな無力な赤子として地上に来て、
あなたのために十字架に付けられるほどの愛だ。

わたしのとってあなたは、わたしの命よりも、評判よりも、
何よりも大切でいとしいものだ。
そのわたしの愛から、あなたを引き離し、
わたしたちのきずなを解き捨てようとする者たちは、
まことにお笑い種だ。

深く愛し合っている恋人の仲を裂こうとして、
誰かが地位や富を提供したとしたら、彼らはどう思うだろうか?
この世の陳腐で一時的な富によって、愛のきずなを切れると思う浅はかさを、
この恋人たちはあざ笑わないであろうか?
その様な安っぽいもので、愛に代えることができると思っているその人を、
彼らは哀れに思わないであろうか?
そのようにわたしもまた、
あなたへのわが愛のきずなを断ち切れると思っている者たちを
あざ笑い、彼らを哀れに思う。
それでもわが愛は、彼らにも向かっており、わたし内で彼らのために涙を流す。

わが民よ。
わたしの愛は永遠であり、完全だ。
何ものも、わたしの愛からあなたを引き離すことはできない。

(メッセージの終わり)

***
主よ、あなたの愛は素晴らしいです。
わたしが何者でしょうか?
あなたにそんなにも愛される価値は、わたしにはありません。
それでも、あなたはわたしを愛して下さっています。
素晴らしい愛、永遠の愛、栄光の希望です。
感謝です。 アーメン

***

だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。
患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。
(中略)
しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、
わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。
わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、
高いものも深いものも、その他どんな被造物も、
わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、
わたしたちを引き離すことはできないのである。
(ローマ8:35-39)