今回の記事は、こちらの記事の内容と「関連性」があることから、その「リブログ」としています(「元の記事」もぜひ、ご覧ください)。
こちらは、「オリジナル録音」です(1964年5月録音/同年12月発売)。
詳細は不明ですが、1971年の映像だということです。
こちらは、「分割」で発売された、2020年の「大全集」ですが、今回の曲は、このセットに収録されています。
2023年、「没後30周年」を記念して、「24枚組」の、またあらたな「大全集」が発売となりました。
こちらは、その「大全集」からの「4枚組ベスト」で、「主な曲」は、概ね「収録」されていますので、「お薦め」と言えるでしょう。
(*ただし、「今回の曲」は収録されていません)
「日本盤CD」(2枚組)は、1987年、1997年に、それぞれ、「異なる編集」にて発売されました。
大変「貴重」な品なので、お求めはお早めに。
(*「今回の曲」は、やはり収録されていません)
公式サイト
これまでの記事
さて...
今回の記事は、本来であれば、レオ・フェレの「誕生日」である、「8月24日」ごろに上げるために準備をしていたものですが、「事情」により、「延期」となっていたものです。
その、フランスシャンソン界の「3大巨匠」の1人、レオ・フェレ(1916-93)は、来年、2026年にはついに、
「生誕110周年」
ということにもなるのですが、「自作の詞」以外にも、「有名詩人」の詩に、自ら曲を付けて歌ったことでも知られています。
「そのジャンル」という点では、「元の記事」にも書いている通り(今回の記事は、その「リブログ」です)、同じく、「3大巨匠」の1人である、ジョルジュ・ブラッサンス(1921-81)と「競合」する形ともなりましたが、互いに、「同じ詩」を採り上げて競うまでのことはせず、「完全な対立」にまでは至りませんでした。
...とは言え、レオ・フェレは、ブラッサンスを、「過剰」なまでに「ライバル視」したことも、やはりあったようです...。
そのレオ・フェレは、ポール・ヴェルレーヌ(1844-96)を、「あらゆる人間の中で、最も人間的な、つまり、"最良"の男」とたたえ、一方、アルチュール・ランボー(1854-91)についても、「最も知的な巨人。"大伽藍(だいがらん)"にも等しい才能」(「伽藍」は、「寺院」の建造物の総称)と評しており、「好んで」採り上げた詩人でもありました。
「バークレー」移籍(1960年)以前の1957年には、シャルル・ボードレール(1821-67)の詩による、「悪の華(les fleurs du mal)」(「原詩集」は、1857年刊行)、および、ギヨーム・アポリネール(1880-1918)の詩によるオラトリオ、「愛されざる者の歌(la chanson du mal-aime)」(「原詩」は、1913年出版)を録音していたレオ・フェレですが、その後、ルイ・アラゴン(1897-1982)の作品集を準備していた1959年には、レコード会社との契約更改がうまくいかず、結局、「失敗」に終わってしまいました。
「バークレー」に「移籍」してからも、「社長」のエディ・バークレー(1921-2005)からは、
「キャッチーな曲(売れる曲)」
を求められたということで、そのため、「Paname "パナム(「パリ」の俗称)"」や、「jolie mome "ジョリ・モーム"」(ともに、「正式な記事」を書いています)といった曲をまず、発売することにしたということです。
その上で、上記の、「アラゴン作品集(les chansons d'Aragon)」のアルバムを、「次作」として、1961年に発表したのです。
「正式な記事」としては、すでに、こちらの曲を書いています。
そう、「est-ce ainsi que les hommes vivent? "男の生き方"」ですね...。
この曲の記事(「歌詞対訳」も載せています)
その後、やはり「自作アルバム」を2枚発表した後、1964年12月に発売されたのが、今回の曲、「chanson de la plus haute tour "一番高い塔の歌"」を含む、「ヴェルレーヌとランボー作品集(Verlaine et Rimbaud chantes par Leo Ferre)」(「全24曲」)というわけですが、このアルバムは何と、
ポピュラー音楽史上「初」の、「2枚組スタジオアルバム」
とも、いうことだそうです...(「ウィキペディア(フランス語版)」より)。
その「収録曲」を、少し、挙げておくことにいたしましょう。
まずは、ランボーから...。
「les poetes de sept ans "七歳の詩人たち"」(詩: 1871年6月)
(1986年、「テアトル・リベルテール・ド・パリ」でのライヴより)
「生々しい詩」なので、「ここ」に載せるのはちょっと...(笑)。
「les corbeaux "カラス"」(詩: 1871年の初めごろ)。
「ma boheme "わが放浪"」(詩: 1870年10月)。
続いて、ヴェルレーヌの作品から...。
「元の記事」の曲、「Ame, te souvient-il? "魂よ、憶えているかい"」(詩: 1888年)。
「green "グリーン"」(詩: 1872~74年)。
(1986年、「テアトル・リベルテール・ド・パリ」でのライヴより)
「chanson d'automne "秋の歌(落葉)"」(詩: 1866年)。
(こちらもやはり、1986年、「テアトル・リベルテール・ド・パリ」でのライヴより)
この曲を紹介している記事(「歌詞対訳」も載せています)
今回の曲、「chanson de la plus haute tour "一番高い塔の歌"」の「原詩」は、1872年5月に書かれたもので、4つの詩からなる連作詩集、「fetes de la patience "忍耐の祭り"」に含まれているものです。
その翌年、1873年夏には、「改作」され、新たに、詩集「une saison en enfer "地獄の季節"」の一部として、「転用」もされましたが、レオ・フェレは、「こちらの版」にも曲を付け、歌っています。
(こちらの音源は、1963年、「下書き(マケット)」状態で録音したものを、「ランボー没後100周年」である1991年に「再加工」したもので、「最後の録音」として、フェレの死後に発表された、「同名アルバム」からの「抜粋」となります)
(参考記事)「今回記事」の曲の「詩」についても、触れられています。
(参考記事)「今回記事」の曲の「詩」についての「解説」です。
(参考記事)「今回記事」の曲の「詩」を掲載している記事ですが(「フランス語」)、「コメント欄」の「考察」もまた、大変「興味深い」ものです。
(「自動翻訳」でも、「大意」はつかめます)
それでは以下に、その「原詩」を載せておくことにいたしましょう。
この詩が書かれた当時はまさに、
ヴェルレーヌとの、「出会いと別れ」
の時期でもあり、その、「数奇な運命」を物語ると同時に、
ある意味、
最も「充実」していた時期に書かれた作品
であるとも、言えるのかも知れません...。
ありがとうございました。
それではまた...。
........................................................................................................................................
chanson de la plus haute tour(1872) 一番高い塔の歌(ランボー詩/1872年5月)
oisive jeunesse
a tout asservie,
par delicatesse
j'ai perdu ma vie
ah! que le temps vienne
ou les coeurs s'eprennent
万事に心をつながれ
無為に過ごした青春よ
繊細さゆえに
僕は人生を見失った
ああ、時よ来い
心を奮い立たせるひと時よ
je me suis dit: laisse,
et qu'on ne te voie:
et sans la promesse
de plus hautes joies
que rien ne t'arrete,
auguste retraite
僕は思った「どうでもいい」
誰にも会わなくていい
至上の喜びの
約束ごとでもなければ
何ごとも、僕を止めてくれるな
この厳かな隠退生活を
j'ai tant fait patience
qu'a jamais j'oublie;
craintes et souffrances
aux cieux sont parties
et la soif malsaine
obscurcit mes veines
僕はこんなに耐え忍んだ
もう、永遠に忘れよう
怖れも、苦しみも
すべて、空に解き放った
不健康な渇きは
僕の血管を翳らせる
ainsi la prairie(*patrie)
a l'oublie livree,
grandie, et fleurie
d'encens et d'ivraies
au bourdon farouche
de cent sales mouches
さながら、あの牧草地(*祖国)だ
忘れ去られて伸び放題
香や毒麦で
飾り立てられ
幾多の、不快なハエが
荒々しい羽音を立てながら
ah! Mille veuvages
de la si pauvre ame
qui n'a que l'image
de la Notre-Dame!
est-ce que l'on prie
la Vierge Marie?
ああ、こんな哀れな魂の
やもめ暮らしは限りがない
その心に抱くのは
我らが聖母の姿のみ
人は
聖処女マリア様に祈るのだろうか?
oisive jeunesse
a tout asservie,
par delicatesse
j'ai perdu ma vie
ah! que le temps vienne
ou les coeurs s'eprennent!
万事に心をつながれ
無為に過ごした青春よ
繊細さゆえに
僕は人生を見失った
ああ、時よ来い
心を奮い立たせるひと時よ!
*(訳注)1964年の「スタジオ録音」では、「la patrie(祖国)」と歌っています。
(daniel-b=フランス専門)







