今回の記事は、こちらの記事の内容とも「関連性」があることから、その「リブログ」としています(「元の記事」もぜひ... 別に見んでもええ...笑)
「前回記事」(2024年10月9日、「第2回」開催時)
「le moribond "瀕死のひと(そよ風のバラード)"」(1961)。
(第5回東京シャンソンコンクール フランス語部門「準グランプリ」受賞/2018年5月5日)
「fils de... "子どもはみんな"」(1966-67)。
(第12回東京シャンソンコンクール フランス語賞受賞/2025年5月6日)
「la chanson des vieux amants "懐かしき恋人たちの歌"」(1967)。
(第6回東京シャンソンコンクール フランス語部門奨励賞受賞/2019年5月5日)
「Mathilde "いとしのマティルド(マチルダ)"」(1963-64)。
(第8回東京シャンソンコンクール フランス語部門「プルミエプリ」受賞/2021年7月11日)
「Amsterdam "アムステルダム"」(1964)。
(「アミカル・ド・シャンソン10周年記念コンサート」/2022年9月29日)
「Madeleine "マドレーヌ"」(1961-62)。
(同上)
竹崎清彦さんの「facebook」
動画サイト公式チャンネル(「アミカルシャンソン」)
「ブレル財団」公式サイト
「ジャック・ブレル」がテーマの記事一覧
さて...
「10月9日」が「命日」、「4月8日」は、その「誕生日」という、「フランスシャンソン界の3大巨匠」のひとり、ジャック・ブレル(1929-78)...。
そのブレルを、「原語」である、「フランス語」で歌い、現在、その「最後のコンサート」(1967年5月16日、フランス・ルーベ)、「全曲制覇」に向け、「挑戦」を続けている、シャンソン歌手、竹崎清彦さん(「moribond1952」さん)。
「ライヴ」は、必ず、ブレルの「誕生日」と、その「命日」に行なうという「こだわり」のもと、2029年4月8日、「ブレル生誕100周年記念日」を「本番」と定め、その「完成」に、「全精力」を注いでいらしゃいます。
今回、私は、「1年半ぶりの参戦」ということになりますが、その間に、「勤務シフトが変わった」こともあって、「水曜日」は、「夜勤3連チャン」の「最終日」(「夜勤明け」)ということにもなり、まさに、「強行軍」となってしまいました...。
ですが、今回はいよいよ、超難曲、「ces gens-la "あの人たち"」(1965)、「Jef "ジェフ"」(1964)に挑戦ということで、ぜひとも、「足を運びたい」という、「強い(熱い)想い」もありました。
「直前」になって、ちょっと「体調を崩す」という「不運」もありましたが、何とか、「当日」までに、間に合わせることが出来たのは、「幸い」でした...。
今回の会場は、昨年10月9日の公演から、市ヶ谷にある、「劇空間 えとわ~る」に「変更」となっていますが、この先の公演は、すべて、この、「劇空間 えとわ~る」で行なうということです。
「劇空間 えとわ~る」公式サイト
今回は、事前に、「行きます」と明言した上での参戦で、市ヶ谷の、「街なか」を歩くのも「初めて」でしたが、やはり、「Google Maps ストリートビュー」のおかげもあって、迷うことなく、たどり着くことが出来ました。
エディット・ピアフ(1915-63)の「写真(ポスター?)」があるなど、いかにも、「シャンソンのお店」といった、「シックな印象」を受けましたが、やはり「開演前」だというのに、竹崎さん自身が「お出迎え」してくださったことには、ちょっと「驚き」も...。
「応援入場料」は2000円で、これに、「1ドリンク」を付けるのですが、
私は、あくまで、
「聴くことに集中したい」
ということで、「終演後に瓶ビール」とお願いいたしました。
(「マダム」も、とても「素敵な方」です...)
また、竹崎さんから、ご自身が栽培されたぶどうによる、大変貴重な、「記念ワイン」もいただきました。
(竹崎さんは、山梨県甲州市勝沼で、「ワイン用ぶどう」を栽培していらっしゃいます)
もちろん、帰宅後、「美味しく」、いただいたのですが、もう、ひと瓶、空けてしまいました...(もったいない...)。
(「瓶」はもちろん、「記念」に取っておきます...)
私は、今回も「特等席」(何と、「最前列」!!)でしたので、演奏の様子は、「間違いなく、よく見える」ことはたしかだったのですが、その反面、「居眠り」など、「へま」は絶対に出来ないので、「緊張」もしました...。
(来るときの「新幹線」の中では、「トンネル」の間だけ、目をつむっていました...)
そして、ついに「開演」!!
歌われた曲目は、「次の通り」です(「邦題」は、私が普段使っているものに「統一」してあります)。
第1部「春、パリ、愛を歌う 2026」
1.les prenoms de Paris パリの名前 (1961)
2.au printemps 春 (1958)
3.la valse a mille temps 華麗なる千拍子 (1959)
4.les bonbons ボンボン (1964)
5.quand on n'a que l'amour 愛しかないとき (1956)
第2部「LE DEFI de ROUBAIX ルーベ・コンサートへの挑戦5」
6.fugue フーガ (1966) *ピアノ・ソロ曲
7.le moribond 瀕死のひと(そよ風のバラード) (1961)
8.fils de... 子どもはみんな (1966-67)
9.la chanson de Jacky ジャッキー (1965)
10.la chanson des vieux amants 懐かしき恋人たちの歌 (1967)
11.les vieux 老夫婦 (1963)
12.mon enfance 子どものころ (1966-67)
13.Mathilde いとしのマティルド(マチルダ) (1963-64)
14.ces gens-la あの人たち (1965)
15.Amsterdam アムステルダム (1964)
16.Jef ジェフ (1964)
17.le plat pays 平野の国 (1961-62)
18.Madeleine マドレーヌ (1961-62)
ピアノ:アニエス晶子さん
「第1部」も、テンポが速くて、「発音が難しい曲」が並んでいますが、
今回、竹崎さんは、
やはり、
「確実に歌いきる」
ことをまずおっしゃっていたので、
「歌詞を見て歌う」
ことを、いとわない様子でもありました。
この「第1部」では、やはり今後、「第2部」で歌うことになる、「les bonbons 67 "ボンボン67"」(1966-67)の「前哨戦」として、その「オリジナル」である、「les bonbons "ボンボン"」(1964)が歌われました。
この、「オリジナル」においてブレルは、ステージでは、「大げさ(極端)」なまでに、「カリカチュアライズ」した、「ブリュッセルなまり」で歌っています。
そのため、「続編」である、「les bonbons 67 "ボンボン67"」(1966-67)では、
わざと、
「ブリュッセルなまりも取れた。
なまっているのは、テレビに出ている、ブレルくらいなものさ」
などとも歌っているわけですが、竹崎さんは、やはり、ブレルのビデオを「研究」しているようで、その「再現」に、「全力を注いでいる」様子も、見て取れました。
(追加/参考)ブレル自身の、その、「両曲」の映像をどうぞ...。
(1965年4月28日、ベルギーのテレビライヴより)
「les bonbons 67 "ボンボン67"」(1966-67)。
(1966年10月、「アデュー・オランピア1966(さよなら公演)」より)
両曲の記事(「歌詞対訳」も載せています)
「第2部」はやはり、これまでの「経験」が、肌で感じ取れるほど、「素晴らしい出来」だったと思います。
特に、「la chanson des vieux amants "懐かしき恋人たちの歌 "」(1967)は、本当に「感動」いたしました。
やはり、「歌は心」でしょう!!
そして、前回参戦時以降に加わった、「mon enfance "子どものころ"」(1966-67)もさることながら、今回はいよいよ、超難曲、「ces gens-la "あの人たち"」(1965)、「Jef "ジェフ"」(1964)に挑戦ということで、
まさに、
「最後の大きな山(峠)」
といった感じでもありましたが(竹崎さん自身、「ハードルが高い」と言っています)、この2曲はまず、「物語の流れ」を、しっかりと「把握」することが大切で、そのことが、「成否」を分けるとも、言えると思います。
「ces gens-la "あの人たち"」は、前半3節が、とにかく「皮肉たっぷり」であり、それに対して、「最終節」は、痛いくらいの「純情」と、結局は、「彼女(フリーダ)」も、「あの人たちの家の娘」ということで、最後は、「諦観」が支配してしまうという、ある意味、「とても悲しい」内容の曲です。
もちろん、「歌唱力」も、「レベル以上」のものが求められますから、今回、この曲に、「果敢に挑戦」した竹崎さんには、心から、「拍手」を送りたいと思いました。
「Jef "ジェフ"」は、「失意の友人を励ます曲」ではありますが、「注意」すべきは、極端なまでに、「投げやり」と思われる友人を励ましているものの、その「自分自身」も、いま現在は、決して、「幸福な身」ではないということです。
「まだお金はある」、とは言うものの、「まだ若くて、もっとお金があったころみたいに...」とも言っていますし、「まだカッコ良かったころみたいに...」と、現在では、すっかり「飲んだくれ」になってしまった、「自分自身」をも、励ましている曲でもあるのです...。
ブレル自身の、「アデュー・オランピア1966(さよなら公演)」から、両曲の映像をどうぞ。
(「Jef "ジェフ"」は、「Blu-ray」用の、「公式映像」です)
こちら、「伝説」のライヴ、「アデュー・オランピア1966(「さよなら公演」)」/「クノック1963」のBlu-rayは、日本のプレイヤーでも、再生が「可能」です(「日本語字幕」もあり)。
両曲の記事(「歌詞対訳」も載せています)
このような、「超難曲」に挑みながらも、竹崎さんの目は、終始、「輝き」を失うことがありませんでした。
この、「目の輝き」がある限り、この先も、「きっと大丈夫」、だとも思いました。
ブレルを「ほとんど知らない」歌手が、言ってみれば、「歌曲」のように、「美しく」歌っているのを耳にするよりは、「本気で好きな人」が、「泥臭く」、「熱く」歌っているのを目にする方が、「私」としても、とても「好感」が持てる(「共感」出来る)と思います。
(その点で言えば、私自身も、「歌ってみたい」のではあるのですが...)
「完璧」を求める向きには、どうぞ、それなりのお金を払って、そうした歌手を聴きに行かれれば良いかと思いますが、私は、こうした「挑戦」こそ、「得難いもの」だと考えています。
また、「日本のシャンソン」は、「1980年」で、時が止まっているかのようであり、「日本語でないと歌わせない」といったお店が、「ほとんど」だとも聞きます。
そうしたこともあって、私は、(ブレルの「生きざま」にも通じる、)竹崎さんの挑戦を、「応援」しているのです...。
また、今回も、その竹崎さんを、見事にサポートしてくださった、伴奏ピアニスト、アニエス晶子さんには、本当に、「頭が下がる思い」ですし、
その演奏も、
まるで、ジェラール・ジュアネスト(1933-2018)か、フランソワ・ローベール(1933-2003)が弾いているかのようだった!!
と、「直接」、ご本人にも、そうお伝えいたしました。
その後、私は何と、長年、「年賀状」でしか、やり取りすることがなかった、「シャンソン評論家」の、大野修平先生(1952-)と、直接お話する機会に恵まれ、このブログも、紹介させていただきました。
(今年の年賀状に、「見かけたら、どうぞ、お声がけください」と書いてありました...)
それから、テーブルを囲んで、メンバーで、しばしの「歓談」とも相成りましたが、やっぱり私は、ちょっとまだ、「緊張」していたかも知れませんね...。
そして何と、「帰り」は、大野修平先生も「電車」ということで、本当にご丁寧に、「都営新宿線」の駅まで「ご同伴」いただいた上、改札口で、「見送って」もくださいました。
(私自身、「市ヶ谷駅」での、「JR中央線-都営新宿線」の乗り継ぎは、何回かありますが、「東京メトロ」からの、「連絡通路」を歩いたのは、今回が「初めて」です)
本当に、大変「恐れ入って」もしまいましたが、正直、「嬉しかった」ですね...。
「次回」は、今回の、その、「裏側」について、書いてみましょうかね。
まだまだ、「書くこと」が、いっぱいありそうです。
ありがとうございました。
それではまた...。
(daniel-b=フランス専門)



