今回の記事は、昨年(2025年)8月17日付けの、櫻井智さん「逝去」の記事を、あらためて「リブログ」し、書いています(「元の記事」、また、「その後の記事」もぜひ、ご覧ください)。

 

 

こちらの映像は、「活動再開」の年、2019年11月のライヴの「告知」で、同年9月26日に公開されたものですが、

 

 

私が、「最後」に智ちゃんに会ったのが、その「1ヶ月半」前、「8月10日」のことで(舞台終演後に「ハイタッチ」...)、まさに、「この通り(の若さ)」でした...(当時「48歳」)。

 

 

 

現在、すべての動画が「削除」となっている、「櫻井智チャンネル」ですが、「消し忘れ」なのか、「意図的に残してある」のか、こちらの動画だけが見つかりました...。

(2020年6月16日、「ライヴ配信」)

 

 

 

 

動画サイトチャンネル

 

 

 

 

 

櫻井智さん自身の公式「X」(「現在」も、スタッフにより、「更新」されています)

 

 

 

 

最終所属事務所「FEATHERED」公式サイト

 

 

かつて所属していた(創立メンバー)、「朝倉薫演劇団」の公式サイト

 

 

 

これまでの記事

 

 

 

「メモリアルセレモニー(お別れの会)」(2025年9月27日)についての記事。

 

 

 

 

さて...

 

 

 

本当に、

 

 

 

短く」もあり、「長く」もあり...

 

 

 

の、この1年」でしたが、

 

 

 

 

あの...

 

 

 

 

 

「大衝撃の訃報」

 

 

 

 

からついに、1年」ということになりました...。

 

 

 

 

その「第一報」が、「ブロ友さん」の記事であることは、「元の記事」にも書いている通りですが(今回の記事も、その「リブログ」となります...)、何しろ、その「訃報」自体、「発表されて間もなく」のことでしたので、まさに、「寝耳に水」といったところで...

 

 

 

 

櫻井智さん(1971-2025)と言えば、西野カナさん(1989-)以前に、「唯一」、「ファンクラブ」にまで入会していた女性アーティストでもありますが、

 

 

1996年8月、初めて「ライヴ」を見に(聴きに)行き、その後「入会」してからというもの、

 

 

 

まさに、

 

 

 

 

 

「夢のような数年間」

 

 

 

 

であったということは、本当に、「誇張」でも「嘘偽り」でも、「何でもない」のです!!

 

 

 

 

「2000年代」に入ると、いったんは、「離れてしまった」ということもまた、「事実」ではありますが、

 

 

このブログを始めた2016年、その「誕生日」(9月10日)を目前にして、「突然の引退発表」(9月1日)が出されたことから、

 

 

私自身も、

 

 

 

 

 

「記事を書く」

 

 

 

 

ということで、

 

 

 

再び、

 

 

 

 

 

智ちゃんのもとへ戻った

 

 

 

 

ということなのです...。

 

 

(これこそやはり、「残るべくして残った縁」...)

 

 

 

 

しかしその後、2019年には、その「引退」は「撤回」され、「活動再開」が伝えられました。

 

 

 

そこで私は、意を決して、その、「久々の舞台公演」でもあった、「劇団ケ・セラ・セラ」(俳優、森川正太さん主宰)の第4回公演、「港町ブルース」(8月10日、「座・高円寺2」)へと、足を運ぶことにしたのです...。

 

 

 

それほど、「大きな役」でもありませんでしたが、

 

 

 

いかにも智ちゃんらしい、「個性的な役」

 

 

 

ではあったため、思わず、「大ウケ」(笑)もしてしまいました。

 

 

 

何より「嬉しかった(感激した)」のは、その終演後、「ロビー」で待つ私たちの前に、その姿」を、「現わしてくれたこと」でしたね...。

 

 

 

 

「ファンになり立て」のころは、「どキンチョー(緊張)」のあまり、「顔も見れなかった」くらい(1997年2月「バレンタインイベント」)でしたが、

 

 

このときばかりは、同じくらいの「至近距離」にもかかわらず、

 

 

 

 

「相変わらず若い」(「最初の動画」が、まさに、「その当時の姿」です)

 

 

 

 

とまで、思うほどの「余裕」があっただけではなく、

 

 

 

その後、何と、

 

 

 

 

 

「ハイタッチ」!!

 

 

 

 

までしてしまったという、その「大胆さ」...(驚)。

 

 

 

 

実際、智ちゃんの公演に出かけたのは、1999年10月、朝倉薫演劇団本公演、「深い霧のホテル」(横山智佐さんも「ゲスト出演」)以来ということでもあったのですが、

 

 

 

まさに、

 

 

 

 

 

「20年」もの空白が、一気に埋まった瞬間

 

 

 

 

でもありました...。

 

 

 

 

2024年から、2025年にかけては、「雑誌グラビア」にも登場し、「デジタル写真集」まで「発売」したということで、やはり「若い!!」と、「驚きの声」が上がっていましたが、

 

 

 

「その裏」では、実は...。

 

 

 

 

「遺作」となった、その「デジタル写真集」(2025年3月1日発売)。

 

 

 

 

2023年8月、「すい臓がん」と診断され、何と、「余命1年」という、「宣告」を受けていたというのです!!

 

 

 

 

...しかしその後、そんな、大変「苛酷」な闘病生活にあっても、それを表に出すことなく、常に「笑顔」を忘れず、がんばって「活動」を続けていた智ちゃん...。

 

 

 

昨年、本当に「久しぶり」の、「夏公演」(8月17日。「TOMO夏 '25」)を目前にして、「緊急入院」となり、公演を、「中止」とせざるを得なかった上、自身の、その、「命の炎」まで消えてしまうという、その「無念さ」を思うと、いまでも、「胸が詰まりそうな思い」になります。

 

 

 

「沈痛な面持ち」で、その「経緯」を話されていた、所属事務所代表にも、「最期」まで、「親身」になってサポートされた、その、「温かい人柄」を感じることが出来ました。

 

 

 

「メモリアルムービーLIVE」は何と、同年3月9日、実際に、「同じ会場」にて、行なわれたライヴの映像を編集したものだということでしたが、

 

 

その映像を見ていても、まったく、その「数か月後」に亡くなる方の、「姿」、「声」、「動き」とは思えませんでした...。

 

 

 

 

どこまでも「真摯」に、また、「観客にも優しい」という点で、まさに、西野カナさんとの「共通項」も感じられた櫻井智さん...。

 

 

 

 

今回は、やはり、「アニメ声優」としての「代表作」のひとつ、「マクロス7」(1994)の、「ミレーヌ・ジーナス」(from「Fire Bomber」)から、いくつか曲を拾ってみることにしましょう...。

 

 

(私自身は、本放送時には、まったく見れる状況ではなかった」ため、後に、智ちゃんを通して、この作品を知ったくらいですが、1984年7月公開の、いわゆる、「初代マクロス劇場版」は見ています)

 

 

 

 

にとっては、やはり、何と言っても「この曲」でしょう...。

 

 

「MY FRIENDS」。

 

 

「オリジナル音源」は「こちら」です。

(1995年5月21日。「日本青年館」ライヴ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは、2020年2月、香港での、イベントの映像のようですね...。

(「音響」は冴えませんが、それでも、とてもよく、歌えていると思います...)

 

 

 

 

ちなみに、「ミレーヌ・ジーナス」は、実際の歌唱シーンでは、チエ・カジウラさん(M.MEG)(女優、杉咲花さんの「母」)が歌っていましたが、上掲の「LIVE FIRE!!」(1995年5月21日開催)以前には、その事実は、伏せられていた」ようでもあります...。

 

 

 

 

同様に、上掲の、「LIVE FIRE!!」の音源をもとに作られたMVから、「突撃ラブハート」を。

 

 

こちらも、「熱気バサラ」は、「オリジナル声優」、林延年さん(神奈延年)(1968-)が、そのまま歌っています。

(「バサラ」「歌唱吹き替え」は、福山芳樹さんが務めていました)

 

 

 

そして再び、「ミレーヌ」のソロ・ナンバーから、「SWEET FANTASY」。

 

 

 

 

この動画を作られた方、アルバム、「Mylene Jenus Sings Lynn Minmay」(1995)からも、上げられています。

 

 

 

「私の彼はパイロット」。

(私自身、「アホな替え歌」を作って遊んでいたなあ...

ごく「最近」のことでもあるけど...笑)

 

 

 

 

こちらが、その、「オリジナル音源」です。

 

 

 

あわせて、「小白竜(シャオパイロン)」、「0-G Love(ゼロジーラブ)」の2曲もどうぞ。

 

 

 

そしてやはり、「愛・おぼえていますか」...。

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、こちらは、飯島真理さん(=「リン・ミンメイ」)(1963-)の「オリジナル」も、あわせて載せておきましょう...。

 

 

 

そして、そのリン・ミンメイとのデュエット曲、「Friends -時空を越えて-」(1997年11月21日発売)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思えば、まさに「同世代」で、「同じ時代」を生きて来た方が、「若く」して、「先に逝ってしまう」というのは、やはり、「とてもつらい」ことだと、言わざるを得ません。

 

 

 

ましてや、「ファンクラブ」にまで、入っていた方の「死」です。

 

 

 

今年は、「没後1周年」であり、ちょうど、「初盆」の時期とも重なります。

 

 

 

 

「8月」は、ホント、「つらい日」が続きますね...。

 

 

 

 

最後に、その、「メモリアルムービーLIVE」(同年3月9日公演の「編集版」)でも歌われていた、上掲の曲、「MY FRIENDS」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。

 

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

それではまた...。

 

 

 

 

*今回の、「千葉豪雨」に際しては、心より、お見舞いを申し上げます。

 

 

13日は、櫻井智さんの「命日」で、今年は、「初盆」にも当たりますが、その櫻井智さんも、「千葉県市川市」のご出身で、本当に、「とんだ命日(初盆)」となってしまいました...。

 

 

また、謹んで、亡くなられた方々のご冥福をお祈りしたいと思います。

 

 

 

合掌...。

 

 

 

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MY FRIENDS

 

 

恋をするように 声を重ねれば KISS

あたしのHEARTは ここにあるよいつだって.....

 

だけどOh! 君の 輝く目は何を

さがし続けるの? Oh! MY FRIENDS

 

君と走り出す 夢の続く星へと

見つめあえば ほら 何もかも叶うから.....

 

涙も見せない強気なあたしの Oh! FACE

何を言われても平気でいられたはずの.....

 

近ごろのあいつ 不安になるくらい

遠くを見つめて Oh! MY FRIENDS

 

君とさがしてた 未来の地図をもって

走り続けたら たどり着くはずだから

 

夢をつかむまで 走り続ける事さ

感じれば夢は ここにあるはずだから

 

君と走り出す 夢の続く星へと

見つめあえば ほら 何もかも叶うから.....

 

 

(daniel-b=フランス専門)