さて今回は、再び「ジャック・ブレル」です。
今年「没後40周年」という「節目の年」を迎える、シャンソン界の「3大巨匠」の1人、ジャック・ブレル(1929-78)は、「10月9日」が「命日」ですが、先月「4月8日」が「誕生日」でもありました。来年は、「生誕90周年」ということにもなりますから、先月の特集に引き続き、「10月」、来年「4月」にはまた「特集」を組みたいと思っています(それまでは、「単発」でいくつかの曲を紹介してみたいと思います)。
今回は、前回の特集からの流れで、「ブレルとベルギー」をテーマにお送りしますが、このテーマでは、一応、「最終回」ということにしておきましょう。
https://ameblo.jp/daniel-b/themeentrylist-10096189787.html(これまでの記事一覧)
今回紹介するのは、「最晩年」の作品、「mai 40 "1940年5月"」(1977)。
この曲について書いてみたいと思います。
ブレルは、1978年10月9日、パリ郊外の病院で亡くなりますが、直接の死因は「肺血栓」でした。
この4年前の1974年10月に、移動中の車中で突然苦しみだし、病院にて診察を受けたところ、「肺がん」という診断が下されました。翌11月には、肺を切除する手術を受けています。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12317203293.html(詳細はこちらの記事より)
ブレルはその後、愛用のヨット「アスコイ」号を操りながら、残りの人生を考えていたということですが、1976年には、南太平洋のマルケサス(マルキーズ)諸島を「終焉の地」と定め、その主島であるイヴァ・オア島に居住して、地元の住民のためにつくしました。
この頃のブレルは、「表舞台」からはすっかり遠ざかり、人々の間にも、「あきらめムード」のようなものが漂っていました。ところが、1977年8月の後半に、ブレルは密かにパリに戻り、新曲を録音した「デモテープ」を手に、ジェラール・ジュアネスト(1933-)、フランソワ・ローベール(1933-2003)のもとを訪れていました。
以降、すべての作業が、「極秘」に行なわれましたが、ブレルの体調面を「不安視」する、社長エディ・バークレー(1921-2005)との間の「空気」は「良くなかった」と言います。事実、ブレルは、「呼吸するための肺」が「1つ」しかない状態であり、9月から始まったレコーディングも、せいぜい、「1日2曲」が「限界」だったようです(これらは、オリヴィエ・トッド著の「ブレル伝」に書かれています)。
そのレコーディングは、9月5日から始められ、完了したのは10月1日のことでした。
12曲を収録したそのアルバム、「les Marquises "遙かなるマルケサス(マルキーズ)諸島"」(現在の「通称」です。元のタイトルは、単に「BREL」となっています)は、11月17日に発売され、「一大センセーション」を巻き起こしました。もっとも、そのうちの1曲、「voir un ami pleurer "泣く友を見る(涙)"」は、ジュリエット・グレコ(1927-)に捧げられ、彼女が先にレコーディングしました。そして、10月18日からの、「テアトル・ド・ラ・ヴィル」でのリサイタルで披露されています。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12239903423.html(「泣く友を見る(涙)」の記事)
さて、これまでもいくつかの記事で書いていますが、このアルバムの録音の際に、5曲の「未発表作品」が存在していたことは、割り合い早くから、ファンの間では知られていました(現在では、同時に録音された2編の「モノローグ」でさえも、聴くことが「可能」となっています)。
ブレルは、このアルバムを「最後」とするつもりはなく、「来年(パリに)戻ってきた時にもう1枚作る」と「明言」していたということです。そのために、「2枚組」とすることなく、これらの曲は「残されたまま」となりました。
ブレルによれば、
「たぶん、もう1度見直すことになるだろう。いくつかは、違う曲に差し替えるつもりだ。これらは、"下書き"に過ぎないとみんな思っているよ。...(中略)...つまり、ローベールとジュアネストがそれらをもう一度聴いて、場合によってオーケストレーションを追加したりしてみないことには、これらの曲を出すわけにはいかない」(リシャール・マルサン氏談。ジャック・ヴァサール氏の著書「オランピア劇場からマルキーズ諸島へ」より)
ということで、3人は、これらの曲の「手直し」を考えていました。しかし、ブレルが亡くなったことにより、それは果たされることなく「終わって」しまいました。以降、これらの作品は、「封印」されたも「同然」となり、一般に聴けることは「もうないだろう」とも思われていました(歌詞のみは、その後の出版物、「全作品集」に掲載されました)。
ところが、2003年、ブレルの「没後25周年」を機に、これらの5曲は、ついに「解禁」となりました。
「デジタル・リマスター」による、最新の「全集」の発売に合わせ、アルバム「les Marquises」の「補遺」として、収録されることになったのです。加えて、「2枚組ベスト」には「全5曲」、日本盤でも発売のある「1枚ベスト」にも、このうち「2曲」が収録されることになり、これも大いに「話題」となりました。
もっとも、これら5曲のうち、「2曲」は「完成作品」とみなされていました。しかし、当然、「2曲」だけでは「アルバム」としては成り立ちませんし、それだけ「シングル」として出しても、「では、残りの曲は?」ということにもなったのでしょう。そのため、「レコード」としては「未発表作品」の扱いのままでしたが、そのうちの1曲は、何と、「映画」の中で「使用」されるという「幸運」に恵まれたのです!!
それが、今回紹介している曲、「mai 40 "1940年5月"」なのです。
フレデリック・ロシフ監督(1922-90)による「ドキュメンタリー映画」、「Jacques Brel(ジャック・ブレル)」(1982)は、「知る人ぞ知る」、貴重な作品であると言えます。
次の映像は、実際にこの曲が使われた映画の場面からのものです。
こちらは、当時の「ニュース番組」からのものと思われます。
この映像からでも、「Amsterdam "アムステルダム"」(1964)(映像は1966年のオランピア劇場公演より)に引き続き、「la biere "ビールの匂い"」(1968)(紹介済み)の「第1稿バージョン」(0分38秒頃)も聴けてしまうという、「超貴重」なフィルムです。この「第1稿」から、「mon pere disait... "父の想い出"」(1967)が「分化した」という話も書きました。
「mai 40 "1940年5月"」とは、言うまでもなく、当時の「ナチス・ドイツ」の「ベルギー侵攻」(5月10日)が始まった時のことです。
1962年に発表された曲「Bruxelles "ブリュッセル"」について、ブレルは、「私は、ここで、1900年のブリュッセルを描いた。私の子ども時代のブリュッセルでないのは、あまり好きになれなかったし、たいして語ることもないから。はっきり言うと、ブリュッセルでもボルドーでもどこでもよかったんだ」(永瀧達治訳。アナログ盤の「大全集」解説より)とも話していましたね。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12368472271.html(「ブリュッセル」の記事)
今回のこの曲では、本当に、その「苦い思い」が、「生々しく」語られています。
「音楽面」では、ルフラン(リフレイン)でも歌われているように、当時の「ビッグバンド」が「再現」されています。
この際ですから、他の4曲もここに載せておきましょう。
もう1つの「完成作品」と言われるのが、この「la cathedrale "カテドラル"」です。「日本盤ベスト」にも収録されています。
「大聖堂」を「船」に見立て、世界を旅する、「雄大」な作品です。
こちらの曲「l'amour est mort "愛は死んだ(過ぎ去りし恋)"」(ジェラール・ジュアネストとの共作)も、「日本盤ベスト」収録の曲です。
「la chanson des vieux amants "懐かしき恋人たちの歌"」(1967)に「近い」曲だとも言えます。
「sans exigences "要求もなしに(何気なく)"」(フランソワ・ローベールとの共作)は、ピアフの「ベルリンの男」の記事でも紹介しました。
この曲だけ、「オーケストレーション」がなされておらず、音質も「悪かった」ということですが、「21世紀のリマスター技術」により、見事によみがえりました。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12209222919.html(参考:「ベルリンの男」の記事)
こちらも、フランソワ・ローベールとの共作で「avec elegance "優雅さをもって"」です。この作品には、別のアレンジで、「もう1つの録音」が存在すると言われていますが、残念ながら、そちらは公表されていません。
ブレルは、1978年の7月28日に再びパリに戻りましたが、これは「再手術」のためでした。
前年、「レコーディング」のためにパリへ戻った時とは「別人」のように「やせ衰えていた」と言います。
やはり、この「レコーディング」が、寿命を「縮める」結果となってしまったのでしょうか。
いずれにしても、とても「残念」なことだと思います。
CDのブックレットの巻末には、フランソワ・ローベールとジェラール・ジュアネストの連名でコメントが添えられています。
「次のタイトル、"avec elegance"、"sans exigences"、"l'amour est mort"は、ブレルと私たちが修正を望んだものの、それをするに至れなかったものです。それが、これらの作品をこれまで公表出来なかった理由なのです」
そう語るフランソワ・ローベールも、12月14日、この「新全集」発売から程なくして亡くなりました。「70歳」でした。
しかし、ブレルとの「最後の仕事」を無事終えることが出来たことは、フランソワとしても、とても「幸福だった」のではないでしょうか。
もしかすると、ブレル本人の手によって「抹消」されていたかも知れないこれらの作品...。
「生き残った」ことは、大変「幸運」だったとも思います。
「本人」としては、「まだ修正の余地はある」と感じていたのでしょうが、私たちにしてみれば、これだけでも充分、「宝物」のように思えます...。
それでは、「mai 40 "1940年5月"」の歌詞を、以下に載せておくことにいたしましょう。
「生々しい」表現もありますが、その点はご容赦ください。
次回記事も、ブレル関連の曲となる予定です。
長くなりました。
それではまた...。
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mai 40 1940年5月
(refrain)
on jouait un air comme celui-ci
lorsque la guerre s'est reveillee,
on jouait un air comme celui-ci
lorsque la guerre est arrivee
(ルフラン)
人々はこのような音楽を奏でていた
「戦争」が目を覚ましたときに
人々はこのような音楽を奏でていた
「戦争」が起こったときに
moi de mes onze ans d'altitude,
je decouvrais eberlue
des soldatesques fatiguees
qui ramenaient ma belgitude
les hommes devenaient des hommes,
les gares avalaient des soldats
qui faisaient ceux qui ne s'en vont pas
et les femmes,
les femmes s'accrochaient a leurs hommes
(au refrain)
「伸び盛り」だった11歳の僕
その僕が、あっけにとられながら見ていたのは
くたびれた兵隊たちが
僕の思う「ベルギーらしさ」を取り戻していたことだった
「男たち」は、単に男たちとなり
駅という駅は、兵士たちを飲み込み
それが「別れ」をも生み出していた
そして女たちは
女たちは、夫たちを離そうとはしなかった
(ルフランへ)
et voila que le printemps flambe,
les canons passaient en chantant
et puis les voila revenant
deja la gueule entre les jambes,
comme repassaient en pleurant
nos grands freres devenus vieillards
nos peres devenus brouillard
et les femmes,
les femmes s'accrochaient aux enfants
(au refrain)
そして、「燃え上がった」その春
大砲は、歌いながら通り過ぎていき
それからまた戻って来たけれど
すでに、頭は足の間にあった
それが、「泣く」ように通り過ぎていったので
僕らの兄たちは「老人」となり
僕らの父たちは「霧」となった
そして女たちは
女たちは、子どもたちを離そうとはしなかった
(ルフランへ)
je decouvris le refugie,
c'est un paysan qui se nomade,
c'est un banlieusard qui s'evade
d'une ville ouverte qui est fermee
je decouvris le refuse,
c'est un arme que l'on desarme
et qui doit faire chemin a pied
et les femmes,
les femmes s'accrochaient a leurs larmes
(au refrain)
僕は、「難民」を見つけた
それは、放浪する農夫だった
それは、郊外から抜け出して来た人だった
「開かれた町」だったが、すでに閉ざされていた
僕は、「脱落者」も目にした
武器を取り上げられ
歩いて道を行かねばならない人を
そして女たちは
女たちは、涙に暮れていた
(ルフランへ)
d'un ciel bleu qu'a l'habitude,
ce mai 40 a salue
quelques Allemands disciplines
qui ecrasaient ma belgitude,
l'honneur avait perdu patience,
et chaque bourg connut la crainte,
et chaque ville fut eteinte
et les femmes,
les femmes s'accrocherent au silence...
いつもより「青かった」あの空
あの「1940年5月」
「統制された」ドイツ人たちが
僕の思う「ベルギーらしさ」を踏みにじっていた
「名誉」は「忍耐」を失った
町という町は、「恐怖」を知り
都会の灯は消えた
そして女たちは
女たちは、口を閉ざしてしまった...
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