「10月9日」は、シャンソン界の「3大巨匠」の1人、ジャック・ブレル(1929-78)の「命日」となります。そこで今回は、数多い彼の作品の中でも、「最高傑作」との呼び声も高い名作、「j'arrive "孤独への道"」(1968)をご紹介しましょう。
1966年、キャリアの「絶頂期」に、ステージからの「引退」を発表したブレルでしたが、これは、「芸能活動全般」からの引退という意味ではなく、それまでの、「忙し過ぎた日々」からの「解放」ということでした(とは言っても、残っていた「契約」の関係で、翌年5月までは、ステージに立ち続けましたが...)。
この後は、映画に出演したりもしましたが、歌手としては、「プチ充電期間」といった感じとなりました。1967年初めに発表されたアルバムは、まだ、「ステージ活動」を精力的にこなしていた最中に書かれた作品ばかりではありますが、明らかに、「作風の転換」が見て取れます。
ベートーヴェン(1770-1827)の場合と同じように、「後期」とも呼べる、この時期の、これらの作品なのですが、これまで「外」に向かっていたその「力」は、「内の方」を向くようになり、「自身の内面」を見つめた「哲学的」な作品が、その「大半」を占めるようになってくるのです。
その「ピーク」とも言えるのが、この、「1968年」のアルバム「j'arrive "孤独への道"」です。
7月21日付けの、下の記事にて紹介した、「regarde bien petit "ごらんよ坊や"」も、このアルバムからの曲で、今回紹介するアルバムタイトル曲「j'arrive」とは、「双璧」を成す「大傑作」とも言える作品です。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12294335670.html
この2曲に共通する特徴として、内面からにじみ出る「凄み」というのがまさにあると思いますが、この年に書かれた作品のほとんどは、このように、「重くて巨大」な作品で、聴く者を「圧倒」します。ただ、それだけではなく、「素晴らしい感動」、「生きる(ための)力」を感じることもまた、「確かなこと」であり、これこそが「巨匠」と呼ばれる所以でもあります。
例えば、こちらの曲、「l'eclusier "水門守"」も、とても好きな曲ですが、「水門」を守り続ける年老いた男が感じた、それぞれの季節ごとの「出来事」、「思い」を、「鋭い視点」で、克明に描き出しています。まさに、「画家さながら」の「リアルさ」です(この曲も、近いうちに、正式に採り上げてみたいと思います)。
かと思えば、「Vesoul "お前の言いなり"」(原題の「ヴズール」は地名で、フランス、「オート=ソーヌ県」の県都です)や、「comment tuer l'amant de sa femme quand on a ete eleve comme moi dans la tradition "復讐"」のように、「ブラックユーモア」の極みのような作品もあります。
これら、2つの作品群の「中間」に位置する作品としては、昨年6月5日付けで正式に紹介し、今年6月12日付けでも紹介した、「la biere "ビールの匂い"」があります。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12167617631.html
さて、「j'arrive "孤独への道"」に話を戻しましょう。
この時期のブレルでよく言われる話が、
「ブレルは、"がん"に侵されたその苦悩からこの曲を書いた」
というものです。
この説は、実際には「否定」されていますが、この、実に「真に迫った」曲を聴くと、そう思ってしまってもおかしくはありません。
ブレルが、「肺がん」の診断を受けたのは、この6年後、「1974年10月頃」のことです。
オリヴィエ・トッド(1929-)著の「ブレル伝」(1984年、原題「Jacques Brel une vie」)によれば、ブレルは、次女フランス(1953-, 「ジャック・ブレル協会」の創設者でもあります)が運転する車に乗車中、突然、「je meurs! je meurs!(死にそうだ!)」と、苦しみだしたということです。
この車には、9月に、先に「がん」で世を去った、親友で「秘書」の、「ジョジョ(ジョルジュ・パスキエ)」(1924-74)の妻、アリスも乗っており、その突然のことに、彼女は「涙した」と書かれています(459ページ)。
ブレルが手術を受けたのは、その後、「11月16日」のことです。
これらのことからも、ブレルが、1968年当時に「がん」であったということは、「事実ではない」ということになるのですが、本国でも、ミュージカル「ラ・マンチャの男」(自身の翻訳による「フランス語版」)上演中の、1969年2月初めに、「弱り」、「やせ細った」ために、公演を数日「中断」せざるを得ないことがあったことから、「"白血病"ではないか」とも噂されました。この話題が、様々な新聞(雑誌)紙上をにぎわせたことから、いつしかこれが「一人歩き」したような感じもしますが、実際には、「生ガキの毒」による「肝機能障害」だったと、「ブレル伝」には書かれています(339ページ)。また、これらのことは、マルク・ロビーヌ(1950-2003)の著書「le roman de Jacques Brel」(1998年)にも、まさに「その通り」に書かれています。
「死」をテーマに書かれた作品は、そう珍しいものではなく、1964年に発表された「代表作」の1つ、「le dernier repas "最後の晩餐"」をはじめ、数多くの曲が、「ステージ」でも歌われています。ですが、明らかに「痩せた姿」がテレビでも流されたことから、「重病説」が流れた時点で、「がん」という「噂」が立ったとしても、決して不思議なことではないでしょう。
名曲「j'arrive」は、まさに、そういった「憶測」を呼んでも「おかしくはない」くらい、「深刻な曲」だとも言えるのです。
当時は、ブレルの「新曲の話題」としては、先述の「Vesoul "お前の言いなり"」の方が「上」であり、テレビでも歌われ、レコーディング風景の撮影も行なわれました。その後、数多くの「カバー」も生まれました。
参考までに、テレビで歌われたときの映像も載せておきましょう。ブレルの真後ろにいるアコーディオニストが、あの、マルセル・アゾーラ(1927-)ですが、その「マルセル」に、「chauffe! chauffe!(熱く! 熱く!)」と声を掛ける様子もよく分かります。
「j'arrive」は、極論すれば、本国では、それほど「目立っていない曲」であったかも知れないのです。
1973年、自身の監督・脚本による映画第2作目として制作した「le Far West "西部"」のオープニング主題曲として、この「j'arrive」が用いられました。しかし、その「意気込み」にもかかわらず、この作品は「失敗」に終わり、以降、「映画制作」の道からは退くことにもなったようです(ちなみに、「第1作目」というのが、1971年に、バルバラと共演した「Franz "フランツ"」です)。
この曲「j'arrive」のタイトルは、日本では、「孤独への道」と訳され、すでに「定着」しています。
しかしながら、この「原題」は、実は「日常語」で、「今行くよ」ということです。「早く来て」への「返答」だと言えば分かりやすいでしょう。もちろん、「私は到着する」の意味もありますが、普通に使う分には、ほぼ「ない」と言えるでしょう。
しかし、ここで「今行くよ」と言っている「場所」とは、「すぐには行ってはいけないところ」です。
先述の、「le dernier repas "最後の晩餐"」(1964)よりも、はるかに「シンプル」ながら、歌われている内容は、はるかに「切実」です。
詞は、もちろんブレル自身が書いていますが、曲は、ジェラール・ジュアネスト(1933-)との「共作」となります。この曲は、こうして書かれた数多い作品の中でも特に「傑出したもの」と言うことが出来るのですが、「編曲・指揮担当」の、フランソワ・ローベール(1933-2003)が率いる「フルオーケストラ」の「重厚壮麗な響き」は、唯一、ここに最初に挙げた、「オリジナル録音(スタジオ盤)」でしか聴くことが出来ません。ジェラール・ジュアネストとは「夫婦」であり、ブレルの「才能」を、「最初に信じた」、偉大な女性歌手ジュリエット・グレコ(1927-)ですら、実際の公演では、「小編成バンド」での演奏を余儀なくされています。
この、ジュリエット・グレコ盤が、ブレル盤と「双璧」を成す「唯一のもの」と言いたいところですが、私は、セルジュ・ラマ(1943-)が、ブレルの死を受けて、その「直後」である「1979年」に録音したアルバム「Lama chante Brel "ラマ、ブレルを歌う"」のバージョンも「捨てがたい」と思っています。当時は、「神格化」されたブレルのカバーは、一種「タブー」のような感じすらありましたが、「トリビュート」が「一般化」した現在では、もっと、「再評価」が成されてもよい1枚だと思います。
ブレル自身の歌唱には、本当に「凄み」を感じます。ジュアネストとの「曲」も、ローベールの「編曲・指揮」も、すべてが「至高の到達点」にあると思います。まさに「最高傑作」です。
以下に歌詞を載せておきましょう。
この曲の歌詞というのは、従来、日本では、正しく伝えられていないところもありました。
今回、もっとも信頼出来る「歌詞対訳」として、1982年に発売された、「ザ・ベスト・オブ・ジャック・ブレル」(アナログ、「L25B-1025」)の、永瀧達治先生のものをお借りしましたが、その後に出版された「歌詞集」など、諸文献を参照して、より、「実際の歌」に近くなるよう、若干の「修正」を加えさせていただきました。
その箇所とは、各節の「末尾」です。当時の「歌詞対訳」は、次のように表記されていました。
mais j'ai jamais rien fait d'autre qu'arriver
だが 私は行くこと以外 何もしなかった
他にあるものとしては、「n'ai-je jamais...」ですが、「メ」と「ネ」の聞き違いによるもので、本国の「オリジナル盤」ですら、この表記になっています。ただ、この場合ですと、意味的には、事実上、下に挙げたものと「同じ」になります。要は、「j'ai」が、「疑問形(倒置)」の「ai-je」になっている、ということです。
私は常々、この曲を、葉加瀬太郎さんのヴァイオリンで聴きたいなあ、と思っていました。「ソロ」でも、「伴奏」でも。誰かが歌われる機会があるのならばぜひ!!
葉加瀬さんは、まさに、この曲が発表された「1968年」の生まれだと言うではないですか!
ぜひ、検討していただきたいと思います。
大変長くなりました。
それではまた...。
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de chrysanthemes en chrysanthemes
nos amities sont en partance
de chrysanthemes en chrysanthemes
la mort potence nos dulcinees
de chrysanthemes en chrysanthemes
les autres fleurs font ce qu'elles peuvent
de chrysanthemes en chrysanthemes
les hommes pleurent les femmes pleuvent
菊から菊へと
我々の友情が船出する
菊から菊へと
我々の恋人たちは死の絞首台へ
菊から菊へと
他の花には構うこともなく(他の花はそれぞれに咲き)
菊から菊へと
男たちは涙して 女たちは泣く
j'arrive, j'arrive
mais qu'est-ce que j'aurais bien aime
encore une fois trainer mes os
jusqu'au soleil jusqu'a l'ete
jusqu'au printemps jusqu'a demain
j'arrive, j'arrive
mais qu'est-ce que j'aurais bien aime
encore une fois voir si le fleuve
est encore fleuve voir si le port
est encore port m'y voir encore
j'arrive, j'arrive
mais pourquoi moi pourquoi maintenant
pourquoi deja et ou aller
j'arrive bien sur j'arrive
mais ai-je jamais rien fait d'autre qu'arriver
行くよ 今 行くよ
だが もう一度だけ
このやせた体を太陽に晒したかった
夏まで 春まで 明日まででも
行くよ 今 行くよ
だが もう一度だけ
河がまだ河であり
港がまだ港であることを見たかった
そこにいる 私自身を見たかった
行くよ 今 行くよ
だが なぜ私が なぜ 今すぐに
なぜ もう時期なのか そして どこへ
行くよ もちろん 行くとも
だが私は 行くこと以外に 何も出来なかったのだろうか
de chrysanthemes en chrysanthemes
a chaque fois plus solitaire
de chrysanthemes en chrysanthemes
a chaque fois surnumeraire
菊から菊へと
そのたびに孤独はつのり
菊から菊へと
そのたびに誰かがはぐれる(余る)
j'arrive, j'arrive
mais qu'est-ce que j'aurais bien aime
encore une fois prendre un amour
comme on prend le train pour plus etre seul
pour etre ailleurs pour etre bien
j'arrive, j'arrive
mais qu'est-ce que j'aurais bien aime
encoure une fois remplir d'etoiles
un corps qui tremble et tomber mort
brule d'amour le coeur en cendres
j'arrive, j'arrive
c'est meme pas toi qui es en avance
c'est deja moi qui suis en retard
j'arrive bien sur j'arrive
mais ai-je jamais rien fait d'autre qu'arriver
行くよ 今 行くよ
だがもう一度だけ
列車に乗るような恋をしたかった
孤独を紛らわすため(もっと孤独になるため) 他所へ行くため
安らぎのために
行くよ 今 行くよ
だがもう一度だけ
きらめく星を満たし
恋に焦がれて焼けつくし
心を灰にしたかった
行くよ 今 行くよ
君が早く行きすぎた訳でもない
既に 私が遅れているのだ
行くよ もちろん 行くとも
だが私は 行くこと以外に 何も出来なかったのだろうか
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