リーかあさま記念館のブログ -80ページ目

背景を変えてみました

このブログご覧いただきありがとうございます。
 
背景を変えてみました、コンウォール・リー女史頌徳公園に咲いている4種類の花です。 メインはマーガレットにしてみました、地蔵坂を登りきった所にかつてあった”平和館”の前で咲いてます、
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これを素材にして今ご覧になっている背景にしてみました。
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時々背景も変えてみようと思います。
 
 
今日の草津温泉は晴れてます、朝のリーかあさま記念館です
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リーかあさま記念館は本日も開館しております
     10:00 ~ 15:00 です! お待ち申し上げます。
 
 
               (担) バルナバ★うっP- でした

その境界はどこだったのか?・・・・草津温泉秘話!!

明治~大正~昭和の戦前まで草津温泉にあった、ハンセン病者たちが生活した湯之沢集落、その地図の拡大図をリーかあさま記念館に展示してあります。 こちらです 昭和15年です、湯之沢集落消滅の一年前ですね 昭和7年から始まった国立療養所栗生楽泉園への移転も一番華僑の時期だったのではないでしょうか?
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この地図は 写真集・コンウォール・リー女史物語(中村茂監修)の最終頁見開きでに紹介されてます。
 
同じく湯之沢集落の地図、こちらは風雪の紋に紹介されています。
この地図はいつ頃でしょうか? 聖バルナバ医院は現在の中和工場の場所にある、至る栗生楽泉園の文字も見える ということは移転開始の昭和7年以降と考えられます。
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写真中央より左に二箇所「上町トノ境界門柱」がみえます。
この門柱は草津町民が暮らす通称 上町 とハンセン病者が暮らす湯之沢集落で通称 下町 との境に建てられたものです、 一応ここを境に出入り禁止のうたい文句はあったようですけどあってないに等しい門柱だったようです、なぜならわき道、細道が無数にありなにより上町・下町の住民たちの交流があったからと思います。
 
 
本日はこの「上町トノ境界門柱」二箇所のうち下側を探してみます、キッチリここと確定できませんことご了承ください。
中村茂著:喜びの谷にその名が度々登場する「地蔵坂」の始まりと考えられます、その「地蔵坂」下から見るとこんな感じです、この坂のなかで一番急勾配な場所なので見上げてしまいます、道路を挟んで大蔵と高松の看板が見えるあたりでしょうか?
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この付近まで行ってみます
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地蔵坂から湯之沢集落を見下ろします。
歩行者用に階段がある、いかに急勾配なのか分かると思います
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この道はコンウォール・リー頌徳公園へと続いております。
湯畑からリーかあさま記念館にいらっしゃる方是非このコースからもお尋ねください、道は当時から四方八方にありますので迷子にならぬようにお願いいたします。
 
今日の草津温泉は雨です、リーかあさま記念館は本日日曜日の為12:00~15:00開館しております皆様のお越しお待ち申し上げます。
 
 
                                      (担) バルナバ★うっP-  でした
 
 
 

シリーズ③・・・・・・今日は何~の日?

こんにちは! リーかあさま記念館解説員のバルナバ★UっP-です。
 
今日は何の日?シリーズ③です、本日6月21日は二件あります。
 
★いち
・・・・・・・・・・さかのぼること112年前(明治35年)の今日はコンウォール・リー女史(以下:リー女史)の三歳上の兄「ネヴェル」が亡くなった日です。 生前撮ったリー女史とのツーショット、右が兄ネヴェルです リー女史2~3歳? ネヴェル5~6歳でしょうか? (この写真リーかあさま記念館に展示しております)。
 
兄ネヴェル享年48歳。 リー女史45歳、母76歳の時でした(父はすでに他界しております)。
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兄ネヴェルが女装しているのは当時英国では良家の男児は身代金目当てに誘拐されることがあったため幼いころ女装することが多かったそうです(参考文:中村茂著・写真集コンウォール・リー女史物語)
 
 
★に
・・・・・・・・・今から86年前の昭和3年
聖フランシス館開設、場所は”栗生”、現在の国立療養所栗生楽泉園発祥の地です(楽泉園はいろいろな地区が開園前ありました)、写真は見たことありませんが見つけたらアップいたします。  前出の中村茂著:写真集コンウォール・リー女史物語P24でみつけました。
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こちら、昭和6年8月閉鎖です、国立療養所栗生楽泉園の設置(昭和7年開園)が決まり閉鎖されたのでしょうか? 短命でした!
聖フランシス館は男子ホームでした。
 
当時リー女史は男性ホームの設置にはあまり積極的ではなかったのです、理由は・・・・・
①男性は女性より自力で生きていける力がありそういう機会にも恵まれている。
②資金も十分でなかった。
 
しかし、ハンセン病者として辛苦をなめていたことは男性病者も同じであり、男子ホームの声が高まっており設置したのです(参:男子ホームの第一号は大正8年4月に設置されてます)
 
 
草津温泉の静かな森の中にあるリーかあさま記念館、明日は12:00に開館15:00閉館です、皆様のお越しお待ち申し上げます。
 
 
                               (担) バルナバ★うっP-   でした。