リーかあさま記念館のブログ -58ページ目

ベルトランが残したもの・・・・・・・

草津温泉にある静かな森、コンウォール・リー頌徳公園からのかつて存在した湯之沢集落が一望出来る場所に「頌徳碑」という石碑がひっそりと建っている。この碑は生まれ変わった「聖バルナバ医院」建設にあたり巨額な寄付をした松本留吉を記念して建立されたものである。画面中央あたりにその医院はあった。
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うっそうと茂った森を少し進むとすぐに視界は開ける、右の大きな白い建物がかつて医院があった場所である。青空が少しだけの今朝の湯之沢上空です。
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ズームインすると巨大な建物であることがわかる。聖バルナバ医院も巨大な建物であった。
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さて、コンウォール・リー女史(以下:リー女史)が行った救済事業=聖バルナバミッション、それより以前救済事業を行おうとした人がいる。
 
「神山複生病院」第三代院長のベルトランである、本日はこのベルトランが草津温泉&湯之沢に残していったものの紹介です。
 
ベルトランはこの人です
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湯之沢開村から10年、暗黒の時代に入り始めたころベルトランは来草し病者の救済事業をしようと決意。湯之沢に一大病院等を作ろうとした。
 
早速、草津温泉と湯之沢の3箇所の土地を購入した(湯之沢については最も下部の民有地であったろう)
 
建築のためにも5箇所に立ち木の巨材のやまを作った。
 
             しかし
 
湯之沢住民、草津温泉をも巻き込みこの計画に反対した。
 
ベルトランは”時の熟すのを待つより他はなし!”と判断、複生病院へ帰った。
 
10年後、ベルトランはこの地での事業を断念し、土地は旅館に譲った。
 
やがて、リー女史が訪れ湯之沢にも覚醒の時がきた。
 
               そして
 
ベルトランが購入したこの土地の上に聖バルナバ医院が建設されたのである。
 
そして木材は”白旗の湯” ”滝の湯”の建築用材として寄付をしたのである。
 
本日の文書なかなか結論まで長文となりました、失礼いたします。
 
 
リーかあさま記念館の前の楓が赤くなりました、記念館は間もなく10時に開館します、皆様のお越しお待ちいたします。
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                  (担)バルナバ★うっP- です
 
 

シリーズ⑭今日は何の日?・・・治らい薬発売!!

風雪の紋(楽泉園自治会発行)の年表欄にちいさな記事があった。
 
1906年(明治39年)9月19日湯之沢部落の酒井順天堂「特効丸」発売。
 
湯之沢で治らい薬を開発販売していた話は聞いたことがある、さっそく調べてみるとこの特効丸はどうやら金液「コロイド金」という名前のようです。
 
開発した方の名前はわかりませんけど、明治21年に謄写版を考案した人のようです。
 
この方、来草の度にコンウォール・リー女史(以下:リー女史)の元を訪れておりこんなこと言ってました
「なんとか治らい薬を発見したい!」っと口癖に。
 
この特効丸は
明治39年9月群馬県認可
成分は大風子外4種類
 
    その後
 
昭和3年2月群馬県認可
成分は大風子外8種類となったのです。
 
大風子とは?
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                  画像参考:国立療養所栗生楽泉園資料館
 
さて、この特効丸の効き目は・・・・・
 本日は108年前のお話でした、発売当初のリー女史は英国におりました。
 
 ※ 文中現在使われていない用語が含まれておりますが、当時を表現するために使わさせていただきました。
 
 
 
本日の草津温泉は快晴です。
リーかあさま記念館へご来館ありがとうございます。相変わらず道がわかりにくく迷ったとのご意見いただいております、案内板がないため遠路来て頂いて大変申し訳なく思っております。
 
本日は、草津温泉と楽泉園の国道からのご案内をさせていただきます
 
この国道”すすらん通り”と言いますが地元では”楽泉園通り”と呼ぶ人がほとんどです。
 
まずは草津バスターミナル方面からです
車で1分弱で大きな右カーブ。
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真ん中の電柱に”草津聖バルナバ教会”の案内板が見えます ここ左折してすぐに右折してください ここから道激狭っ!です 
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逆側です、楽泉園方面からです バス停”清水畳店”が見えてきます。
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画面中央の電柱に
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聖マーガレット館の案内板が見えます、ここ右折してすぐにまた右折します道激狭っ!です運転注意です。
 
駐車場はございます。
 
では、本日も10時から15時まで開館しております、お待ち申し上げます。
 
              (担) バルナバ★うっP-  でした

湯之沢への序曲だったのか?来日後8年間東京での働き

リーかあさま記念館ではコンウォール・リー女史(以下:リー女史)の年表を掲げてます。
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今日は、リー女史が50歳~58歳までの東京での活動の紹介です。
年表ではこの部分です。
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来日間もない頃の写真は、記念館内に展示しております。
 
英国教会福音宣布教会派遣の宣教師としてリー女史は来日しました。
所属:日本聖公会南東京地方部
活動内容:伝道活動(海員伝道含む)
     女子寮でも働く、英語の教師、ハ病院慰廃園も訪れた
活動期間:8年間
活動地域:東京・神奈川・千葉
活動教会:多数
 
この東京での活動の写真が「写真集・コンウォール・リー女史物語」にも紹介されております、記念館で1000円で販売しております。
その中から2枚紹介いたします
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ここでの活動は満たされない日々であった
 
             それは
 
若き日ウィルキンソン牧師からの教えとどこかちがう?・・・何かがちがう?
 
           そんなリー女史の元へ
 
         湯之沢から宿沢薫がやってきた
 
              まだ、序曲
 
      揺れた彼女の心は湯之沢へと変わっていく
 
              それは
 
           その先に待っている
 
   クライマックスに向かって・・・・・
 
 
 
今日の草津温泉の空はどんよりしてます、
リーかあさま記念館の上空に少し空が見えるだけ、正午に向け天気予報では晴れる予定です
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                      今朝早朝の写真です
 
 
間もなくリーかあさま記念館はOPENします
本日も10時~15時です、ご来館ください。
 
 
                (担) バルナバ★うっP- でした