そんななかではじめて原稿料をもらっての台本を書いたのがいとしこいしの漫才でした。
ラジオ大阪で「いとしこいしのニュース展望」という番組があり、毎朝両人が直近のニュース出来事を漫才に仕立てあげるといったものでしたが、何人かの台本作家の一人であった小松左京氏が降板し、その後釜で原稿を書かないかという話が来たのです。
それまで漫才は好きでよく聞いたりはしていたものの台本なんか書いたことがありませんでしたが4,5分くらいのネタならなんとかなるんじゃなかろうか、初めて自分の名前で放送台本が書けるチャンスなんだからと一も二もなく引き受けました。
ボクシングの矢尾板選手が世界タイトルをとったというニュースをネタにしての漫才でしたが、いま読んだらおそらく冷や汗ものの台本だったと思います。
いとしこいしの両人が私の拙い台本をそれなりにアドリブなど加えて面白く仕立て上げて喋ってくれたときは感動に近いものを覚えたものでした。
そのあと何本かの台本を書いていく過程で「成る程、漫才の台本というのはこう書くのか」とその都度勉強させられました。
つい最近喜味こいしさんと昔話になったときにその話をしたら「あんたが台本を書いてくれてたのは覚えてるけどどんなネタ書いてくれたかまでは覚えてまへんな」「そうかよっぽど印象に残らんネタばっかり書いてましたんやな」というと「そんなことはないよ、いろんな人に何百本ものネタを書いてもろたんやから、むしろ使い物にならんネタの方が覚えてます。少なくともその中にあんたのネタは入ってない」と妙な慰め方をしてくれました。