いずれにしても昭和30年代にテレビの世界は驚異的な飛躍を遂げました。

受信台数も一年で百万台の割合で増えていきました。866台からスタートした受信台数が数年後の昭和53年には500万台を突破し、さらには、早くもその年にはカラー放送が開始されるまでになったのです。

いろんなジャンルでの人気番組が続々誕生しました。

力道山の空手チョップが炸裂するプロレスや野球、大相撲の中継、アメリカからのテレビ映画では「ハイウエイパトロール」(31年)「名犬リンチンチン」(31年)「アイラブルーシー」〔32年〕、「ローハイド」(34年)。ドラマでは「事件記者」(33年)、同じ年に「私は貝になりたい」(テレビ東京)が放送され芸術祭賞を受賞し話題になりました。

「月光仮面」がスタートしたのも昭和33年、今からみればおよそ安っぽいオートバイににまたがった大瀬康一扮する月光仮面が、およそダサいマントをひるがえして走る姿に子供たちはテレビの前に釘付けになったのでした。

その他「私の秘密」、「光子の窓」「七人の刑事」など数え上げだしたらきりがありませんが、テレビという新しいメディアは試行錯誤を繰り返しながらつぎつぎにいろんな人気番組の花を咲かせた、それが昭和30年代だったのです。