一生こじらせ女子道。
Amebaでブログを始めよう!

結婚って、素敵なことなんだけど、、、

結婚生活はとても楽しかった。
仕事をお互いする中で、
疲れて帰宅するとき、家のあかりがついていることに気づいたとき。

「ただいま」といえば「おかえり」という声が帰ってくる幸せ。

彼のために早く帰りたいと思えること。

何気なくみているテレビで笑うこと。

失敗した料理も笑って食べられること。

本当に、本当に一人で生きていたときには感じることがなかった幸せ。この先、一人で生きていくんじゃないかという不安とたたかっていたあの頃。それに比べらた雲泥の差。

幸福感に包まれていた。

でも、それと同時に
「こどもはいつなのかな?」という漠然とした思いも。

結婚式終わってからかなぁ?
新婚旅行は海外にしたから、帰ってからかなぁ?ハネムーンベイビーでもいいなぁー。

そんなことを私一人で漠然とした考えていた。

そして、いざ、すべてのイベントを終えた後、自分の中で「そろそろこどものことを考えてみてもいいかな。」と思えたとき、ふと思った。

あれ。
わたしたち、全然してないじゃん。
しかも、したとしても旅行のときだけ。

排卵日が都合よく土日の旅行にくるわけがない。そんな夫婦生活なのに、子作りなんかできるわけないじゃん。

このときは、それでも、まだ、
なんとなくタイミングが合う日がくるかな?くらいに思っていた。

日常に飲み込まれる

そもそも私達は積極的ではなかった。
んー、違うな。私が積極的ではなかった。
んー、これも違う。私は心の中ではそばにいたい、近づきたい、抱きしめてもらいたいと思っていた。

でも、それが一切言えなかった。ほんとは、ほんとはいつも抱きしめてもらいたいと思っていたのに。いつも彼任せ。それでも恋人期間はそれでもよかった。

でも、夫婦になるとそれではだめだったんだと、いまになればわかるし、過去の自分に言ってやりたい。

ちゃんと伝えとけ、ほんとの気持ちを、願いを、自分の欲を。

きっと、彼には積極的ではないようにうつっていたのだろう。彼もそこまで貪欲というわけではなかったけど、恋人同士なら予定を合わせて旅行にいったり、泊まりにいったりしているわけで、自然と流れはできる。

でも、夫婦になると一緒にいることが日常になる。今までの非日常が日常に飲み込まれる。どちらかが積極的でなければ流れができない。

私は心は積極的だけれど、それを言葉にする練習を恋人時代にしてこなかったつけがきた。
もう、言えなくなったのだ。

こうやって思い返せば、夫婦になった瞬間から今の私までの道のりができていたようにも思う。

赤点を受け入れられるか。

今日も我が家には軽快な足音。
軽快というよりは騒音に近い音。
時にリズミカルに、
時に不規則に。

子ども特有の天真爛漫な足音が響いている。
そう、我が家には子どもがいる。
もうすぐ3歳になる子ども。

主人も子どもを可愛がっているし、
家事もしてくれる。
先日も外に遊びにいく計画を立ててくれたし、旅行の下調べや予約をしたり、ご飯を作ってくれたりもする。本当に助かっている。

この人でよかった。
この人の子どもを産めてよかったと心から思う。
点数なんて主観でつけるのはおこがましいのだか、
あえてつけるとすれば
なんの躊躇もなく
90点はかたいだろう。
残りの10点分はもちろん不満じゃなく、
これからののびしろに期待するという余白。よく学校の先生がつかうやつである。

でも。

もしも
もしも夫婦の点数をつけるとすれば

今のわたしは何点をつけるのだろうか。

心の中に答えはもっているきもする。でも、答案用紙の右上に自己採点の結果を書く勇気はない。
書いてしまったら間違い直しをしなくてはいけないから。

早くお直しをして、
青100点にしたいのに。

今まではそこに向き合うのが
怖かった。

何がいけないの?
私のどこがいけないの?
どうしたらいいの?

それとももう
わたしなんていらないの?

私達は
娘を宿すきっかけになったあの日以来、
触れていない。

今も手の届く距離にいるのに、
あの熱を帯びた接触はできない。